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山本昌邦のビッグデータ・フットボール by 山本昌邦

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第2回「ホタルとナマズ」(後編)
by 山本昌邦

指導者・解説者の山本昌邦が、データを基にサッカーを徹底分析するコラム「山本昌邦のビッグデータ・フットボール」。第1回の掲載では、11月のオランダ戦とベルギー戦の日本の展開をズバリと的中させた。2013年最後にお送りする第2回のテーマは、そのオランダ戦とベルギー戦。後編では日本の絶対的ダブルボランチに風穴を開けるニューカマーについて検証する。
データ提供:Football LAB

 11月の欧州遠征の後、Jリーグの試合で山口螢(C大阪)のプレーをチェックしたが、明らかに自信をつけている様子が見て取れた。思考のスピードが速くなり、相手の長所、味方の状況を織り込みながら、スペースの管理が行き届くようになってきた。代表で欧州組にもまれることで「努力に満足するのは二流、結果を出して一流」というプロ意識にも一層の磨きがかかるようになったのだろう。

 図5は山口のパスの方向と距離を遠藤保仁(G大阪)、長谷部誠(ニュルンベルク)と比べたものだが、シンプルに前に入れたり散らしたりできるのはプレッシャーに強いということ。相手の寄せの鋭さを鋭さと感じずに前に向ける。そういう資質が磨かれたのは一つには香川真司(マンチェスター・ユナイテッド)や乾貴士(フランクフルト)、清武弘嗣(ニュルンベルク)ら今は欧州組となったC大阪の先輩たちと一緒にプレーした経験が肥やしになっているからではないだろうか。今、名前を挙げた先輩たちはサイズやパワーで勝負するアタッカーではない。ボールが欲しいタイミングはマークを外した一瞬である。「今、ここでくれ」。そういうニーズに応えられないとボランチとしての信頼感はいつまでたっても築けない。今、一緒にプレーする柿谷曜一朗(C大阪)もタイプとしてはそういう受け手である。そういう厳しいけれども恵まれた環境が山口にボールを前につけるタイミングと精度を磨かせたような気がするのである。

 山口の台頭は明らかにチームを活性化した。ボランチのレギュラーである遠藤や長谷部にとっても歓迎すべきことだと私は思う。

 遠藤はまぎれもなく今の代表チームの大黒柱だが、その遠藤のオランダ、ベルギー戦の後半登場からのスーパーなプレーを見れば、ニューカマーの出現が心に火をつけたのは明らかに思える。ゲームのコントローラーという枠に収まらず、パス・アンド・ムーブを繰り返してベルギー・ゴールににじり寄って見せた。

 収穫したイワシを漁場から港まで鮮度を保って持ち帰るために、イワシの中に一匹のナマズを放り込む手法があると聞いたことがある。紛れ込んだ異分子(ナマズ)に対してアラートな緊張感がイワシたちに生じ、それが結果的にグループ内の鮮度を保たせるというのだ。ホタルをナマズ扱いしてはファンに叱られそうだが、彼がチーム内に突如生まれたポジション争いのシンボルになっていることは間違いないだろう。ホタルが輝きを増すほどに代表チームだけでなく、彼がプレーするJリーグも再評価される。イワシの群れとしては、むしろこちらの方が大きいかもしれない。

 山口にとって惜しまれるのは上げ潮のところで2013年のシーズンが終わってしまったことだ。このままシーズンが続けばさらに伸びたように思う。

 ま、それは言っても仕方のないこと。感覚は忘れても、一度登った山の頂上からの景色は覚えているものだ。新しいシーズンが始まり、山に登り始めたら、つかんだ感覚を思い出してくれるだろう。

やまもと・まさくに
1958年4月4日、静岡県生まれ。日本代表コーチとして2002年の日韓W杯を戦いベスト16進出に貢献。五輪には、コーチとしては1996年アトランタと2000年シドニー、監督としては2004年アテネを指揮し、その後は古巣であるジュビロ磐田の監督を務めた。現在は解説者として、書籍も多数刊行するなど精力的に活動を続けている。

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