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山本昌邦のビッグデータ・フットボール by 山本昌邦

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第4回「ブラジルの日本代表を見通す」(前編)
by 山本昌邦

日本代表のブラジルW杯開幕戦となるコートジボワール戦まで、あと3日。決戦を前に指導者・解説者の山本昌邦が、データを基にサッカーを徹底分析する。
データ提供:Football LAB

 W杯ブラジル大会が目前に迫っている。5大会連続出場の日本代表は国際サッカー連盟(FIFA)への23人の出場登録を規定どおり6月2日済ませた。メンバーは5月12日に発表されたものから変更はなかった。攻撃的な人選にこめられたアルベルト・ザッケローニ監督の意図を過去の日本代表と比べながら考えてみた。

■パスが語るもの

 ザッケローニ監督がブラジル大会で目指すものは明白だ。岡田武史監督に率いられ、海外で開かれたW杯で初めてベスト16に進んだ4年前のチームとは異なるスタイルで「日本サッカー、ここにあり」と世界に示すことだ。

 では、前回南アフリカ大会の日本代表とはどんなチームだったのか。図1をご覧いただきたい。2010年W杯のパス成功率ランキングである。これによると日本の順位は下から数えた方が断然早い、29位(69・1%)である。出場32チームの中で日本より下はホンジュラス、ウルグアイ、ニュージーランドしかない。

 1試合平均のパスの本数にいたっては32チーム中最下位(284本)、平均支配時間は29位(22分3秒)、平均支配率は31位(40・3%)と、こちらも軒並み低い。グループリーグで戦ったカメルーン、オランダ、デンマークにこれら4項目で日本が上回った数字は1つもない。相手に主導権を握られながら球際に強い選手を集めて対抗、粘り強く攻撃を食い止め、少ないチャンスをモノにして勝ち上がっていったわけである。

 サッカーの面白さは、パスの成功率や本数、ポゼッションの数字(支配時間、支配率)が低くても、勝ち負けは別であることだ。南ア大会ではウルグアイ、パラグアイ、日本が60%台のパス成功率でベスト16に勝ち上がった。とはいえ、パラグアイは平均支配時間や平均支配率になると10位代に上昇するから、4項目すべて30位前後だった日本の勝ち上がりはウルグアイと並んで異色といえた。
 
 南アフリカの大会が終わった後、日本に迎えられたザッケローニ監督は公約に掲げたW杯出場以外に、こういう数字を改善する仕事も託されたと思っている。和の精神を重んじながら粘り強く戦う日本人の美質は残したまま、もっと相手陣内に踏み込んでゴールを果敢に狙うスタイルを定着させてほしい。そういうオーダーを受けて就任したのだと思う。
 
 成果は確実に出ているようだ。W杯と同レベルとまではいかないが、各大陸王者が一堂に会して戦うコンフェデレーションズカップのデータを見ると、数字は明らかに改善した(図2)。プレW杯として昨夏、ブラジル各地で行われた同大会で日本は3戦全敗(得点4、失点9)でグループリーグを敗退したが、パスの成功率と本数、平均の支配時間と支配率は南アの時より格段に良くなっている。

 試合別に見るとイタリア戦は特に良かった(図3)。ザッケローニ監督が「日本の良さが出た試合」として常にイタリア戦を挙げるのもうなずける。パスの成功率(82・1%対76・4%)、パスの本数(546本対369本)、支配時間(31分対24分)、支配率(56・4%対43・6%)と、すべての項目で日本はイタリアを上回った。同じボールの支配でも自陣でだらだらボールを回すだけでは胸を張れないが、イタリア戦は自陣よりも敵陣での所有が55・4%と上回った。初戦で敗れたブラジル戦は敵陣でのボール所有は39・2%だったから、イタリア戦は相当踏み込んで戦ったことになる。

 本番のW杯でもザッケローニ監督はこういう数字をいかなる対戦相手にも刻む気でいる。自分たちが主導権を握って戦う。そう意図して選んだ23人といえるだろう。

 私自身、今から、日本のパスやポゼッションにまつわる数字は今回のW杯でかなり改善されると予想している。しかし、そのことと勝てるかどうかは別問題だということも重く認識している。他でもない、前回南アの日本がそれを証明している。

 南アのW杯で優勝したスペインはすべての試合でポゼッションの数字が相手より上だった。そのスペインに決勝で敗れたオランダもスペイン戦以外はすべてポゼッションの数字は相手より上回った。だから主導権を握ることの大切さは分かる。

 しかし、そんなスペインでもゴールは量産できなかった。スペインの総得点8、総失点2は歴代優勝チームの中でどちらも最少だった。得点力より決定力を研ぎ澄まし、1試合平均の失点を0・29に抑えて優勝をもぎとったのである。各国で行われている通常のリーグは毎試合得点2、失点1という数字をキープしていけばリーグ制覇は可能といわれているが、W杯ではこれが半減しても勝てる、しぶといチームに仕上げなければ優勝などおぼつかないのである。

 選手たちが優勝を宣言する日本にそれだけのしぶとさ、固さがあるかどうか。

 W杯に出ると、ポゼッションサッカーという理想を追求するチームの足元を救う輩が必ず待っている。イタリアやウルグアイはその象徴だろう。

 南ア大会で準決勝まで進んだウルグアイのパス成功率は68・2%の31位と日本より低いけれど、平均支配時間は23・51分で26位、パスの本数(344本)と平均支配率(44・2%)は25位と順位を上げていく。そしてボールを自陣敵陣のどちらでキープしたかを見ると、ウルグアイは敵陣でのボール支配率が37・2%で17位に上昇する。パスの成功率は落ちても、ボールを回収したらシンプルに最前線の強力FWに当ててゴールに迫る。占有率よりも前線がボールを持つ回数を増やす。見てくれより、いかに相手を脅かすかに注力する。そういうチームが手ぐすねを引いて日本を待っているのがW杯である。

やまもと・まさくに
1958年4月4日、静岡県生まれ。日本代表コーチとして2002年の日韓W杯を戦いベスト16進出に貢献。五輪には、コーチとしては1996年アトランタと2000年シドニー、監督としては2004年アテネを指揮し、その後は古巣であるジュビロ磐田の監督を務めた。現在は解説者として、書籍も多数刊行するなど精力的に活動を続けている。近著に武智幸徳との共著『深読みサッカー論』(日本経済新聞出版社)がある。

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