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山本昌邦のビッグデータ・フットボール by 山本昌邦

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第6回「ハリルホジッチの目指すもの」~守備編~
by 山本昌邦

3月に初陣を飾ったバヒド・ハリルホジッチ日本代表監督。新指揮官が目指すスタイルとは、いかなるものなのか。W杯アジア2次予選まで1か月あまりとなったいま、指導者・解説者の山本昌邦が、データを基に徹底分析する。今回は全3編に渡ってお送りする。
データ提供:Football LAB

※「攻撃編」はこちら
※「選手編」はこちら

 バヒド・ハリルホジッチ監督を迎えて船出した3月27日のチュニジア戦、31日のウズベキスタン戦で守備はどうだったのか。

 スコアは2-0、5-1と快勝だったけれど、気になった点もあった。その中で最も私が問題にしたいのは「被シュートの多さ」である。

 表5のように、チュニジア戦は相手のシュートを3本に抑えた。先発で起用された永井謙佑川又堅碁 (ともに名古屋)、武藤嘉紀 (F東京)ら若いFWが前から積極的に守備をしたし、後半の半ば過ぎからチュニジアは明らかに長旅の疲れと時差ボケでガス欠を起こした。日本の守備がそれほどの脅威にさらされなかったのは相手のパワーダウンに助けられた部分が大きかった。

 それに比べてウズベキスタンは、27日に韓国で親善試合をしてからの来日でコンディションに問題はなかった。アジア杯は日本と同じくベスト8で負けたけれど、W杯ロシア大会アジア予選で日本を脅かすライバルの一つであることは間違いない。実際、アルベルト・ザッケローニ監督の時代にはW杯ブラジル大会アジア予選を2度戦い、1分1敗と勝てなかった。強化試合の相手として申し分なかった。

 そんな相手に日本はわずか開始6分で青山敏弘 (広島)のミドルシュートで先制した。これが口火になって展開は活発になり、日本は再三シュートチャンスをつくりだした。
後半、ハリルホジッチ監督は戦い方に手を加えた。追いつこうと前に出てくるウズベキスタンをあえて自陣に引き込み、カウンターでの加点を狙ったのである。

 後半、岡崎慎司 (マインツ)、柴崎岳 (鹿島)、宇佐美貴史 (G大阪)、川又が立て続けにゴールを決めて、その狙いは達せられたかに見える。しかし、私には日本が奪った後半の4ゴールよりも、相手に打たれたトータル18本のシュートの方がよほど気になった。
被シュートが、ペナルティーエリア(PA)の外から「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」式に打たれたものならまだいい。実際は18本のうち、PAの中から打たれたシュートが10本もあった。18本のうち、セットプレー(CKとFK )絡みから発生したものが12本というのも残念。18本中、枠内シュートが3本というウズベキスタンの精度の低さに助けられたが、これでは試合をしっかりコントロールしていたとはいえないだろう。

 監督やスタッフにすれば「公式戦じゃないし、チームづくりに着手して日も浅い。相手のセットプレーを分析し対策を立てるまで手が回らなかった」と言い訳をしたいところだろう。W杯予選のような公式戦になれば、もっとシビアにやるから大丈夫だと。
本当にそうだろうか。

 そもそも、アジアではボールを支配して戦うことが多い日本はシュートを打たれること自体そう多くはない。表5は14年以降の日本が戦った19試合の被シュート数の一覧だが、1月のアジア杯では相手のシュート数を5本までに抑えていた。ボールポゼッションで相手を楽々上回り、自陣に攻め込ませる回数を減らせば、シュートを打たれる回数も減らせる。ザッケローニ、ハビエル・アギーレ時代はそれこそ「攻撃は最大の防御」を地で行っていたわけである。
一方、18本というウズベキスタン戦のシュート数は、W杯ブラジル大会のコートジボワール戦(23本、●1-2)に次ぐもの。アジア勢にこれだけ打たれるのはめったにないことである。
先制した後、自陣にブロックを築き、逸る相手にカウンターを浴びせて効率よく加点するのは、南米勢などが得意とすることで理にはかなっている。日本が世界で戦うことをイメージしたとき、最初からこれをメーンの戦術にするつもりでハリルホジッチ監督もいるのだろう。しかし、攻め込ませてもゴールに関しては火種の段階でしっかり消化することが大事。シュートを18本も打たれては火種を管理しているとはいえない。

 今後も相手や状況に応じて、自陣に相手を引き込んで戦うことを選手にやらせるのなら「攻めさせても打たせない」というしたたかな守備力を備える必要がある。そういう意味で私が特に気になるのは間合いだった。先ほど、相手のシュートの精度のひどさに助けられたと書いたが、それは本当に相手の精度が低かっただけで、日本のDFがしっかり間合いを詰めたり、体を寄せてシュートを邪魔したふうでもなかった。

「今の、W杯なら決められていたな」

 ブラジル大会を現地で取材した残像と照らし合わせ、そんなふうに感じたシュート場面が何度もあった。

 ハリルホジッチ監督もそこは重々承知のようである。日本サッカーの問題点として球際の甘さを指摘していると聞く。私に言わせれば、これはもう育成の段階から出ている問題であり、長年にわたって口が酸っぱくなるほど個人的には言い続けてきた問題でもある。DFからの球出しが大事なのは分かるけれど、育成の段階でDFにパス回しの練習ばかりさせるのは本末転倒。DFにとってパスが出せることは大事だが、相手のFWを徹底的に封じ込める、何も仕事をさせない技術と気迫を磨くことの方がもっと大事だろう。そこが育成段階から長じてJリーガーになっても、ずっとおざなりになっているから、間合いの甘いDFが代表レベルになってもぞろぞろと出てくるのだろう。

 間合い、寄せの甘さはPA周辺ではシュートブロックの緩さにつながり、失点へと直結する。
ヘディングの練習だってもっとしないとダメだろう。ウズベキスタン戦の日本は自陣での空中戦で21回競り合って勝率は33・3%しかなかった。引いて守ってカウンターという戦法を日本が採用すれば、攻めあぐねた相手はやがてロングボールをゴール前に入れてくる。それを跳ね返す力がないとゴール前でくぎ付けにされて、やがて決壊するだろう。ウズベキスタンに3回に1回しか空中戦に勝てないようでは、世界の舞台に立ったとき、本当に心もとない。

 W杯の南アフリカ大会で日本がベスト16にたどり着けたのは中澤佑二 (横浜FM)、田中マルクス闘莉王 (浦和)にゴール前で跳ね返す力があったことが大きかった。ピッチに立つ全員のシュートブロックも体を張って見事だった。こういう能力、胆力、感覚をロシア大会に向けてチームとして備える必要がある。

 ハリルホジッチ監督は、W杯ブラジル大会ではアルジェリアを率い、決勝トーナメント1回戦でドイツと延長戦にもつれ込む大熱戦を演じて一躍、脚光を浴びた。アルジェリアのW杯中のスタッツを調べたとき、目を引いたのが32チーム中6位にランクインしたタックルの回数(90分換算)だった(日本は24位)。

 有効なカウンターを仕掛けるには相手の攻撃の途中でボールを奪う能力をもっと高める必要がある。ただ前に立っているだけ、間合いを開けて、パスやシュートを好きに打たせてしまう選手は遅かれ早かれ、チームから去ることになるだろう。球際の強さはDFだけではなく、チーム全員に求められる資質になるだろう。


やまもと・まさくに
1958年4月4日、静岡県生まれ。日本代表コーチとして2002年の日韓W杯を戦いベスト16進出に貢献。五輪には、コーチとしては1996年アトランタと2000年シドニー、監督としては2004年アテネを指揮し、その後は古巣であるジュビロ磐田の監督を務めた。現在は解説者として、書籍も多数刊行するなど精力的に活動を続けている。近著に武智幸徳氏との共著『深読みサッカー論』(日本経済新聞出版社)がある。

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