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スポーツライター平野貴也の『千字一景』 by 平野貴也

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「スポーツライター平野貴也の『千字一景』」第1回:20回目の挑戦(海自下総・室田親子)
by 平野貴也

 育成年代のサッカーを中心に、Jリーグから自衛隊サッカーまで取材する平野貴也氏によるゲキサカ新コラム、「スポーツライター平野貴也の『千字一景』」です。試合で活躍した選手に加えて、縁の下でチームを支える選手、コーチングスタッフ、マネージャーなどサッカーに関わる人たちの中から平野氏が毎週、“ホットな”「サッカー人」をクローズアップ。写真1枚と1000字のストーリーで紹介させてもらいます。第1回は全国自衛隊サッカー大会から「20回目の挑戦」。

 挑戦すること19回、夢破れること19回。自衛官の室田智弘は、挑む度に跳ね返されて来た。彼ら自衛官にとって1年に1度の晴れ舞台となるのが、全国の基地・駐屯地で活動するチームの日本一決定戦「全国自衛隊サッカー大会」だ。室田は、海上自衛隊下総基地チームの選手として、監督として、コーチとして、優勝を目指し続けてきた。しかし、常に巨大な壁が立ちはだかった。最多17度の優勝という輝かしい成績を持つ「絶対王者」海上自衛隊厚木基地マーカスだ。室田は、何度、彼らに進路を阻まれたか分からない。優勝という目標は、打倒マーカスを意味するものでもあった。

 2015年4月26日、味の素フィールド西が丘で行われた第49回大会の決勝戦、15年ぶりの決勝進出を果たした下総の相手は、やはりマーカスだった。「20度目の正直」に挑む室田は、コーチとしてベンチに腰を下ろした。試合は拮抗した展開。攻勢に出るのはマーカスだが、下総は統率の取れた守備で粘った。前半はスコアレス。悪くない展開だった。後半もスコアは動かない。だが、選手層の厚いマーカスが選手交代で活性化するのに対し、下総は連戦の疲労や王者の圧力によって、カウンターアタックの破壊力も削ぎ落され始めていた。室田は「相手の意表を突くシュートしかない」と考えていた。

 その時だった。後半26分、長身FW坂本純也が空中戦で競り勝ったボールが、センターサークル付近で待ち構えていた若き背番号10の足下に渡った。ターンと同時に視線を上げたが、前方に味方の姿はない。しかし、室田の思いが通じたのか、ストライカーは大胆な決断を下した。ゴールまで40m近くあるにも関わらず、右足一閃。加速するようにホップしたボールは、瞬間的に準備の遅れたGKの手をすり抜けるようにゴール左へ突き刺さった。

 スコアラーとしてアナウンスされた名前は、室田悠貴。父に憧れて入隊した、室田智弘の長男だ。奇跡の一撃は、父が長年果たせなかった夢の扉をこじ開けた。1-0。試合終了のホイッスルが鳴ると、チームの誰もが両手を突き上げて喜んだ。歓喜の輪の中に、室田親子の姿があった。悠貴は「クソマグレ! とにかく嬉しい。親孝行ですかね」と若者らしく、興奮気味に語った。悲願のタイトルを引き寄せた息子を見た室田は「親孝行? そうですね。これが一番忘れられない思い出になるのではないかと思います」と言って破顔した。40mを突き抜けた奇跡の一撃には、親子の物語が詰まっていた。

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