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山本昌邦のビッグデータ・フットボール by 山本昌邦

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第7回「シンガポール戦で露わになったこと」(前編)
by 山本昌邦

6月、ついにバヒド・ハリルホジッチ監督率いる、日本代表のロシアW杯予選がスタートした。しかし結果は、ホームで迎えた初戦を格下相手に0-0。東アジア杯開幕を前に、指導者・解説者の山本昌邦が、データを基に徹底分析する。
データ提供:Football LAB

攻撃を単調にしたクロスの大放出

 2018年にロシアで開かれるW杯に向けて船出した、6月16日のシンガポールとのアジア2次予選で日本代表はスコアレスドローという予想外の結果に終わった。ホームの埼玉スタジアムでどうしてこんなことになったのか。

 アルベルト・ザッケローニ監督体制移行、シンガポール戦までに日本の無得点試合は13あったが、4分9敗という数字が示すように、対戦相手はそれなりの実力者だった(図1)。アジアでも韓国、北朝鮮、ウズベキスタンが相手であり、シンガポールに31本ものシュートを浴びせて無得点というのはやはり尋常ならざる事態といわざるをえない。

 試合全体の基本スタッツをシンガポール戦の5日前に行われたイラクとの親善試合と比べてみた(図2)。シュート数は22本から31本に増えたが、枠内シュートは11本と12本で大差なかった。明らかな違いはパスの総数で476本から634本に増えた。正確には「増えた」というより「増やさせられた」なのだが。パスの増加は逆に1タッチパスの減少をもたらした(201本→189本)。パスの中で1タッチパスが占める割合は42・2%から29・8%に減少。要はシンガポールが築いた城壁の外側でボールを持たされ、横パスを無駄につながされた、ということだろう。

 数ある基本スタッツの中で今回特に私が気になったのはクロスの増加である。イラク戦の18本から42本に増えたのである。

 このデータが示すところは明らかだろう。試合の残り30分、シンガポールは敵陣でパスを2本以上つないで攻め込む回数はゼロになった。図3は61分以降のシンガポールの各選手の平均プレー位置を示すものだが、まさにベタ引き状態。防戦一方に追いこんだ日本はゴールをこじ開けるだけだった。その手段として最も使われたのがクロスだった。

 図4はシンガポール戦における日本のクロスを15分刻みで時間帯別に分けたものだ。5本前後で推移していたものが、最後の15分になって一気に14本に増えたことが分かる。ノーマルに攻めても無理と判断したのか、日本が「らしくない」力攻めに傾斜していったことが分かる。

 そういう展開になることをハリルホジッチ監督は見越していたのだろう。左サイドバック太田宏介(F東京)に対し「今日は君の日だ」と気合いを入れていたという。格上の日本に対してシンガポールが多数防御に走るのは火を見るより明らか。引いて真ん中を固めた相手を崩すにはサイド攻撃が最も有効。だから「太田よ、ガンバレ」ということだったのだろう。

 試合がいつもの展開と違ったことは、相手ボールを奪ってからシュートに至るまでに要した時間を分類したデータでも一目瞭然だ。シンガポール戦までの3試合、ハリル・ジャパンは相手ボールを奪ってからの逆襲で24本のシュートを放ったが、本数で一番多いのは「10秒以内」の11本。4得点はすべて「20秒以内」にあげたもので、21秒以上かかるとシュートは7本あるもののゴールは奪えていなかった。ハリルホジッチ監督の「縦に早く」が見事に実践されていたわけである。

 しかし、シンガポール戦は逆に21秒以上かかったシュートが一番多い7本で、全体の41・2%を占めた。それまで一番多かった10秒以内は5本。攻撃は確実にスローダウンさせられた。

 引いて、中を固められたら、サイド攻撃。これはサッカーの定石である。そこまでは分かる。問題はサイド攻撃の方法である。サイド攻撃、イコール、クロス攻撃、では決してないはずである。なのに、シンガポール戦の日本は時間の経過とともにクロス攻撃一辺倒になってしまった感がある。

 クロス攻撃にも質の高低がある。図5はシンガポール戦とイラク戦のクロスがリリースされた位置の違いを示したものだ。シンガポール戦の日本は右サイドの本田圭佑(ミラン)がいい形でペナルティーエリア内の危険な位置に潜り込んでいたことが分かる。ここからのラストパスに合わせることができたらゴールの確率はうんと高まる。が、左サイドはペナルティーエリアの縦のラインとタッチラインの間から太田がクロスを上げることがもっぱらだった。

 選手別に見ると、左サイドバックの太田は13本、右サイドバックの酒井宏樹(ハノーファー)は6本のクロスを上げたが、いずれも発射位置が浅く、単調なために相手に跳ね返されることになった。中を固められたから外に回る、回ったそばからイチ、ニのサンでクロスを上げる、では、まさに相手の思うつぼ。想定したとおりに攻めてきてくれるのだから、シンガポールの選手たちは集中力を保ちやすかっただろう。

 思うに、監督のオーダーに忠実な日本の選手に「今日は君の試合日だ」などという暗示は逆効果になることが多い。ただでさえ、任務を遂行する気持ちが強い日本の選手はそれ一辺倒になりがちなのだ。

引いた相手はサイドで起点をつくれ

 では、シンガポールのように、引いて、中を締める相手にはどういう攻撃が有効だったのか。私なら、もっとサイドに起点をつくる動きをさせたと思う。そして横や斜めからくさびのパスを入れさせた。

 くさびのパスというと、バイタルエリアに縦に入れるパスばかり連想しがちだが、実はそうではない。バイタルエリアを横からパスやドリブルで突く、という攻略法もある。

 この試合でいえば、宇佐美貴史(G大阪)がサイドで起点をつくって、その前や後ろを太田が追い越していく。右なら本田のキープを生かして酒井宏がオーバーラップを仕掛ける。太田や酒井宏が使える状況なら使えばいいし、そういう動きをおとりにして自ら中に切り込んでもいい。

 中にカットインする選手はそこからシュートに走りがちだが、シュートと見せてバイタルに落ちてきたFWとワンツーをするのもいい。横のくさびを受けるFWが、ゴール前で構えるCBを引っ張り出してDFラインにギャップが生まれたら、そこに別の誰かが入っていく。FWに食いついたCBというのは素早く背後に出されたパスに対応しづらいものである。

 文字にすると難しそうに見えるけれど、サイドに起点をつくって、相手の守りを横に引き延ばしてから間隙を突くのは日本代表もザッケローニ監督の時代にはよく試みていたことである。ちなみに、ザッケローニ監督のチームもアジア勢には引かれることが多かったが、21秒以上かかっても奪ったゴールがW杯アジア予選で74点あった。攻めを遅くされた時の解答を、あのチームはそれなりに持っていたということだろう(図6)。

 サイドバックもただ縦に走るだけでなく、時には中でボールを受けてもいい。サイドで起点になる選手が前後で入れ替わってもいい。要は相手の予測を裏切るアクションをもっともっと繰り出せば良かったのである。攻める側が大胆さを出せば、守る側は選択の幅を広げざるをえない。逆にゴール前を固める相手に1にクロス、2にクロス、3、4がなくて5もクロスでは、球筋は読めるし、守る側はプレーの選択の幅を狭めてそこにエネルギーを注ぎ込むことができる。いわゆる「はめた」状態に持ち込める。そういう状態に相手をさせてしまったことがスコアレスに終わった最大の原因だったように思う。

後編はこちら


やまもと・まさくに
1958年4月4日、静岡県生まれ。日本代表コーチとして2002年の日韓W杯を戦いベスト16進出に貢献。五輪には、コーチとしては1996年アトランタと2000年シドニー、監督としては2004年アテネを指揮し、その後は古巣であるジュビロ磐田の監督を務めた。現在は解説者として、書籍も多数刊行するなど精力的に活動を続けている。近著に武智幸徳氏との共著『深読みサッカー論』(日本経済新聞出版社)がある。

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