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山本昌邦のビッグデータ・フットボール by 山本昌邦

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第9回「世界モードの戦いを見せたU-23日本代表」(前編)
by 山本昌邦

96年のアトランタ大会以降6大会連続となる五輪出場権を獲得した、手倉森誠監督率いるU-23(23歳以下)日本代表。2016シーズンのJリーグ開幕を目前に控え、指導者・解説者の山本昌邦がデータを基に、遠藤航(浦和)ら若きサムライたちの“武器”を徹底分析する。
データ提供:Football LAB

アジアの延長線上に見据える世界

 今年8月、ブラジルのリオデジャネイロで開かれる夏季五輪で男子のU-23日本代表は、前回ロンドン五輪の4位を上回る成績が期待されている。リオの地でどんな戦いを見せるのか注目されるが、1月のアジア最終予選(U-23アジア選手権)の戦いぶりからある程度、類推できるように思う。

 高いボール支配率をベースに試合を優勢に進め得る「アジア」での戦い方と、五分五分ないしは劣勢の流れの中で相手の隙を巧みに突かなければならない「世界」での戦い方の落差が男子ではしばしば問題になる。引いた相手を崩すアジア仕様の戦い方はとりあえず脇に置いて、カウンターを武器とする世界仕様に切り替えなけなければならない。そのモデルチェンジが必ずしもうまくいかない、というわけである。

 手倉森監督に率いられた今回の五輪代表はそういう落差に悩むことはなさそうだ。表1はロンドン五輪のアジア最終予選と五輪本番、リオ五輪アジア最終予選の試合ごとのボール支配率を示したものである。関塚隆監督が指揮を執ったロンドン五輪のチームも対アジア(平均59.8%)から対世界(47.2%)でボール保持率を10%以上落としている。開幕戦のスペイン戦などは32.4%しかなかった。その劣勢の中からCKから大津祐樹(柏)が1点をもぎ取って勝ったわけである。

 ロンドン五輪の代表がメダル圏内まで駒を進められたのは劣勢を念頭に置いて堅守速攻に特化したメンバー編成で臨んだからだった。前線に快足の永井謙佑(名古屋)を置いて猟犬のようにボールに追わせ、永井より後ろの選手も高い守備意識を持って厳しくボールにアプローチした。奪ったボールはすかさず前へ。そういう戦いを関塚監督は徹底させた。

 手倉森ジャパンはそういう割り切りをアジア予選の段階からすでに持っている。1月の最終予選のボール保持率の平均値は49.7%で、関塚ジャパンの対アジアの平均値より約10%も低い。これは戦う相手の力を認めた手倉森監督がボール保持率で相手を上回るようなサッカーをハナから志向していなかったことを意味するように思う。さらにレベルの高い相手が待ち受けるリオ五輪ではボール保持率はさらに下がるだろう。

 しかし、そのこと自体を悲観することはない。むしろ、アジアでの戦いの延長線上に世界での戦いを置いて、ブレのない姿勢を貫けるとポジティブに考えればいい。モデルチェンジの必要はなく、アジア予選の戦い方を攻守ともに踏襲し、さらに研ぎ澄ませばいいのである。

浦和の遠藤が示すリオ五輪代表の武器

 それでは支配率が低い中で結果を出すには何が必要か。一つはパスの精度がある。特に守から攻へ切り替えるときの起点になるパスの精度をさらに追求する必要がある。

 現在のU-23代表は相手のパスをインターセプトする回数が多いという長所があるが、インターセプトという行為自体を縦パスにできたら相手の守備を崩せる可能性はより高まる。そういう意味で私が注目し、期待もしているのがボランチの遠藤航(浦和)だ。アジア最終予選でタイ相手に鈴木武蔵(新潟)が先制点を決めた際の、短く横から来た浮き球のパスをワンタッチで前に送り込んだアシストに遠藤の良さがよく表れていた。

 このシーンに限らず、遠藤にはワンタッチで、かつ、前線に送るパスが非常に多い。表2はアジア最終予選におけるパスの中でワンタッチが占める多い選手をランキングにしたものだ。遠藤の比率は58.1%と堂々の1位だ。同じボランチの大島僚太(川崎F)の43.8%、原川力(川崎F)の35.6%と比べても突出して多い。

 90分で換算したパス数の多さはチーム2位の50.8本(1位は岩波拓也=神戸の53.3本)。それだけ多くボールに触りながら無難につなぐことばかり考えず、前に送り出す意識を高く持っていることはパスの前方比率がチーム3位(52.8%)であることからもうかがえる。

 パスを受けたらシンプルに前に。そういう遠藤の良さを示すデータとして、守備から攻撃への切り替えの際に、ワンタッチの縦パスで敵陣にいる味方につなげた回数をランキングにしても遠藤は14回でやはり1位だ(表3)。90分換算になおしても一番多い(2.7回)。守から攻への切り替えを速くして縦に速くボールを動かして隙を突いていく手倉森ジャパンのチームカラーと、そういう遠藤のスタイルが非常にマッチしているわけである。テニスで相手の弾丸サーブをカウンターで切り返すリターンエースという高度な技があるが、遠藤が持っている感覚はそれに近い気がする。

 タッチ数を少なくして裏へ、裏へと人もボールも動いて背後を崩す。ここはチームの強みとしてさらに磨きをかけたいところだろう。

 この遠藤と岩波、植田直通(鹿島)の両CBでつくるトライアングルの安定感はこのチームの一番の良さでもある。アジア最終予選での遠藤のタックル数、シュートブロック数はチーム1位だ。また、植田のグループリーグでの自陣での空中戦勝率は約80%と高い勝率を誇った。準々決勝以降は強敵相手に数字を落としたが、五輪でCBの自陣空中戦勝率が8割を超えるようなら期待できる。ブラジルのW杯でアルゼンチンのエセキエル・ガライ、ウルグアイのディエゴ・ゴディンら一流のCBはそういう数字を残していた。

 チーム全体として見たとき、初戦の北朝鮮戦ではディフェンシブサードでの反則を多発しセットプレーで苦しむ悪循環に陥ったが、その後の試合では同ゾーンでの反則数を減らしてピンチの数も減らした。そうやって意識を切り替え、実践できるディシプリンもこのチームが成長したところだろう。

 夏本番まで、所属クラブの試合にどんどん出て実戦経験を積み、試合勘をさらに磨き込んでもらいたい。

※後編はコチラ


やまもと・まさくに
1958年4月4日、静岡県生まれ。日本代表コーチとして2002年の日韓W杯を戦いベスト16進出に貢献。五輪には、コーチとしては1996年アトランタと2000年シドニー、監督としては2004年アテネを指揮し、その後は古巣であるジュビロ磐田の監督を務めた。現在は解説者として、書籍も多数刊行するなど精力的に活動を続けている。近著に武智幸徳氏との共著『深読みサッカー論』(日本経済新聞出版社)がある。

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