beacon

SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

このエントリーをはてなブックマークに追加

[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:「最高の基準」との邂逅(関東一高)
by 土屋雅史

 ひとしきり言葉を交わした後、鈴木友也に「イチフナ凄かったね」と改めて声を掛けると、「凄かったです。やっぱり凄かったです。日本一はこういうレベルなんだなと思いました」と少し笑いながら言葉を紡いだ。その笑顔が苦笑いだったのか、それとも強い相手とやり合えた喜びだったのかはわからない。ただ、この70分間が関東一高の選手たちにとって、『最高の基準』になったことだけは間違いない。

 昨年度の準決勝でも対戦した両雄のリターンマッチとして注目を集めていた、全国高校総体2回戦の関東一対市立船橋高。高校年代の最高峰に位置する高円宮杯プレミアリーグでも、EASTで首位を走っている市立船橋を相手に、東京を連覇で抜け出してきた関東一はあるテーマを持ってこの一戦に臨む。もちろん勝利を目指すことは大前提とした中で、「上に行くことも大切だけど、自分たちの一番の目標は選手権なので、そこに向けた自分たちの現在地を測るという意味でも『臆せずに自分たちのやるべきことをしっかりやろう』と言っていた」と石井賢哉。「総合力で言えば間違いなく今は日本で一番強いチーム」と小野貴裕監督も評する強豪との対峙から、肌でそのレベルを体感したいという意欲を携え、イレブンはピッチヘ駆け出した。

 ゲームは5分も経たずに、その構図が明確になる。攻める市立船橋と、守る関東一。朝岡隆蔵監督をして、「ここに点取り屋がもう1人いたら90パーセントくらいです」と言わしめる完成度を誇った市立船橋は、ボランチの金子大毅が最終ラインの中央に落ち、その両脇に広がった原輝綺杉岡大暉のCBコンビも「どっちかが必ず関わりに行こうということを言っている」という指揮官の命を受け、時にはサイドを駆け上がって攻撃参加。そのリスク管理を託された高宇洋阿久津諒のセントラルMFも最前線まで顔を出すこともあり、アタックと回収を繰り返しながら、圧倒的にボールをポゼッションし続ける。ただ、「相手がボールを持って攻めてという時間が長いというのはわかっていたこと」と鈴木が話したように、当然それは関東一も想定済み。左右に揺さぶられながらも、ある程度我慢しながら粘り強くスライドを繰り返し、局面では体を張った好守を披露。昨年の準決勝をピッチで経験している石島春輔も「前半はある程度自分たちも守備で耐えられたので、それは良かったと思います」と振り返るなど、思ったよりも攻撃に出る回数こそ制限されたものの、守備面では手応えのある35分間を過ごし、前半を何とか無失点で切り抜ける。

 それでも「一瞬隙を与えてしまった」(石井)瞬間を、優勝候補は見逃してくれない。後半9分に右サイドを綺麗に崩され、先制点を許してしまう。「中盤がだんだん振られ始めて、みんなそれに意識が行き始めて、中がちょっと空いちゃってというのがあった」と鈴木。前半から動かされ続けたことに加えて、灼熱の気候も運動量と判断力を奪っていく。追い掛ける展開になっても、関東一の攻撃のギアは上がらず、終盤は堤優太重田快とジョーカーを次々とピッチヘ送り込み、システムも変えて必死の抵抗を試みたが、流れの中から掴んだ決定機はゼロ。アディショナルタイムは「『なかなかやり込んでるな』という感じだった」(小野監督)徹底したサイドでのキープでその大半を消費され、0-1というスコア以上に力の差を感じる敗戦を突き付けられる格好となった。

 足りなかった部分は明確だ。「自分たちでボールを繋げず、高い位置でサッカーができなかったですし、コーナーキックも取れなかったです」と石島が話し、「ある程度持たせると割り切った半面、持ちたい時でも持てなかったという多少のストレスというか、どう進めていくのかというのは甘かったなと思います」と石井も口にした通り、ほとんどボールを保持することができなかった。それは「相手にとってやりづらさを感じさせる部分で、『ウチに対してどうしていいかわからない』ということではなくて、『自分たちがうまく行かない』ということでしか彼らにストレスを与えられなかった」と小野監督も認めている。当然東京ではどのチームと対戦しても、ほとんどのゲームでボールを持ち続けられるだけに、トレーニングも含めてボールを持てない時の打開策を積み上げていく必要がありそうだ。

 また、昨年の準決勝は出場停止で欠場を余儀なくされた鈴木は、実際にピッチに立ってみて、自分と同じポジションを務めるプロ注目の2人との差を痛感した。「相手のCBは見ている所も蹴る球の質とかも全然違うし、あっちはプロに行くということで、日頃から意識が違うのかなと。ゲームの中に入ってみて、改めて相手は後ろの選手のレベルが高いなと感じました。あとは去年は少しポゼッションもできていたのに、今年は全然できなかったですし、中にいざ入ってみるとスピード感も全然違っていたので、そこは一番悔しかった所です」。世代屈指のタレントと相対してみないと、わからないことはたくさんある。個々のスキルアップでも、まだまだ改善の余地があるということも同時に理解したことだ。そう考えると、日本一を目指してきた彼らはこの夏の広島で、『最高の基準』を手に入れたとも言えるだろう。

 とはいえ、少し私の予想と違っていたこともあった。「去年と今年のどちらも『全然無理だ』という感じは正直なくて、守れる所はしっかり守れていたので『勝てたかもしれない』とは思いました」(石島)「正直完敗とは思っていなくて、やっていた感覚の中では『行けないことはない』と思っていました」(石井)「相手の攻撃に対する守備もできていたので、守備に関しては引けを取らないとは思っています」(鈴木)と三者三様に確かな手応えも口にしている。率直に言って、ただ外から見ていた私は失礼ながら、彼らは想像以上の力の差を痛感させられただけかと思っていたが、実際にはやり方次第で勝利に届くかもしれないという感覚をピッチ上で得ていたのだ。はっきり言って外からどう見えたかなんて、彼らにとっては何の関係もない。“外”からどう見えようと、“中”にいた彼らが何を感じたかがすべてである。

「色々と収穫もありましたし、自分もチームもまだまだ全然ダメだということがわかりました。でも、全国で強いチームとやれた感覚は自分の中に残っているし、そこは絶対に忘れないで冬までの時間を過ごしていきたいと思っています」と試合直後の石井の目線はもう次へと向いていた。ここからの彼らは「『最高の基準』を超えるためにはどうするべきか」をすべてのベースに置いて日々を過ごすはずであり、それこそが最大の収穫になり得るはずだ。「アイツらも相当感じたものがあると思いますし、本当に日本一にチャレンジするんだったら、本当に何かを変えないといけないですよね」と小野監督。言うまでもなく、この日に感じた想いを生かすも殺すも自分たち次第。そして『最高の基準』との差をどれだけ縮められたかを確かめるための舞台はもう、夏の全国4強を経験した昨年の先輩たちでも届かなかった、関東一にとって初めてとなる“冬の全国”しか残されていない。

(写真協力=高校サッカー年鑑)

TOP