beacon

SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

このエントリーをはてなブックマークに追加

[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:遅れてきた“27番”のデビュー戦(関東一・小野凌弥)
by 土屋雅史

 大勢の記者に囲まれた1年生GKから少し離れた所で、「今までベンチやスタンドから試合を見ていたので、自分があのピッチでやっていると思うとちょっと不思議な感じです」と27番は小さく笑う。後半からの出場ながらビッグセーブを連発し、一躍脚光を浴びる格好となった北村海チデイ。そんな彼同様にほとんどトップチームでの公式戦出場経験を持っていなかった27番の右サイドバック(SB)が、関東一高の選手権初勝利に大きく貢献した事実も見逃してはいけないだろう。

 初めて挑む全国の舞台を目前に控え、関東一を率いる小野貴裕監督は悩んでいた。ここ最近右SBで起用してきた矢越隆晟が負傷離脱。左右のSBをこなせる佐藤大斗を右に回す構想も、左SB候補の根本佑がインフルエンザに罹ったことで頓挫する。もう1人のSB候補も捻挫で出場は難しく、3バックへのシステムチェンジも頭をよぎったが、そもそもワイドを任せられる選手がいなくなってしまったのだ。この苦しい台所事情の中で、指揮官の頭の中にある選手の存在が浮上する。その選手とは「元々はセンターバックの控えなんですけど、かなり良くなってきていたのはわかっていたので」という小野凌弥。かくして「SBは人生で初めて」という2年生に、“右SB”という白羽の矢は立てられた。

 そもそも人生で初めてのSBにトライする上、今までトップチームでの公式戦出場は1試合もない。「若いのを使っちゃうのは全然怖くないというか、使っちゃう時にこっちが思い切ってやらないとダメなので」と決断した小野監督も豪胆だが、その指揮官と同じ名字を持つ17歳もなかなか肝が据わっていた。「一昨日の夜は色々なことを考えてまったく寝れなかったですけど、昨日はあっさりすぐ寝れちゃったんですよね」と楽しそうに笑う。さすがに試合直前は少し緊張していたものの、整列してピッチヘ入場する頃には「ここに来ちゃえばやるしかないので、本当に『やるぞ』という感じになっていた」そうだ。小野監督も「試合前の受け答えも目が“すっ飛んで”いなかったので、ちゃんと目が据わった状態で話せていました」と証言する。高校選手権の開幕戦という大舞台で、小野凌弥のトップチームデビュー戦が幕を開ける。

 彼に与えられた任務は、「相手のキーマンと言われていた」と自ら説明する野洲の7番を背負った高取誠隆を抑えること。「ハイサイドにずっと張っているので、石島君とうまく連携を取りつつ、ボールを見ながらしっかり守備していました」と振り返った小野凌弥は「スーパー上手かったです」と苦笑しながら評した高取へ懸命に食らい付く。何度か剥がされるシーンはあったものの、小野監督も「僕から遠いサイドになってしまったので、その時だけが心配だった」前半で、「オープンに広げられた時に1対1の対応を見て、『ああ、今日は行ける日かな』と。あそこで離されなかったので良かったなと思います」と“右SB”の出来に一定の手応えを掴んでいた。

 ハーフタイムを挟むと、相手の7番の勢いは少し減退する。「『あまり上がらなくていいけど、守備はしっかりやれ』と言われていた」“右SB”のプレーにも安定感が滲む。劣勢を強いられる中で、逆に守備に軸足を置けたことも功を奏したかもしれない。チームは小野凌弥と同じ2年生の重田快がPKを獲得し、これをキャプテンの冨山大輔がきっちり沈めて先制。以降は前述した通り、急遽出場した北村が衝撃的なセーブを連発し、終わってみれば完封勝利。その1年生GKの陰に隠れる格好となったが、「ケガした矢越君の分も自分が埋めようと思ってしっかりやりました」という27番のパフォーマンスが、関東一の新たな歴史を切り拓く開幕戦勝利に貢献したことは、しっかりと書き記しておきたい。

「僕は凌弥も今日で自信を付けた1人だと思います」という小野監督の言葉を受け、「今日で自信は付いた?」と尋ねると、新米“右SB”は「付きました」と短く、それでいて力強く言い切ってみせた。「アイツとは普段から仲が良いので」と笑った先輩の景山海斗からも「今日のアイツには凄く満足です」と合格点をもらったが、勝利の感想を「素直に嬉しくて、もっと3年生たちとサッカーができると思うと、次に向けて頑張ろうと思います」と語った直後に、「今日はあまり良くなかったかなと。相手が上手かったというのもあったんですけど、背後も取られていたので、次回は自分のサイドは絶対にやられないように気を付けます」とすぐさま付け加えるなど、反省も欠かさない姿勢が頼もしい。

「今日は結構守備に意識が行ってしまったので、次は攻撃にも少しずつ参加できたらいいなと思います」と小野凌弥が見据える1月2日。開幕戦で誰もが想像しなかったであろう1年生GKがさらっていった主役の座に、“2試合目”の右SBが就く可能性も決してゼロではない。

(写真協力『高校サッカー年鑑』)

TOP