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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:「ピッチの上で、ピッチの外で、スタンドで」(駒澤大高)
by 土屋雅史

 フクアリのスタンドを赤く染めた大応援団に深い静寂が訪れる。「その瞬間は単純に悔しいという気持ちよりも、本当に申し訳ないという気持ちが強かったです」とキャプテンの高橋勇夢はタイムアップの時を振り返る。ピッチの上で、ピッチの外で、そしてスタンドで。自らの持ち場で戦っていた95人の3年生はそれぞれ、最上級生として時には喜び、時には苦しんできたこの1年間を思い出していた。

 最後は優勝に輝いた東福岡高に惜敗したものの、全国8強まで駆け上がったのは昨年度の高校選手権。ほとんどの主力メンバーが残り、大きな期待を背負ってスタートした今シーズンの駒澤大高。2月のTリーグ開幕戦は3-0と快勝を収めたが、大野祥司監督の表情は晴れない。「選手権が終わった後は見ていてもモチベーションが高かったですけど、何日も経つとまた元に戻っていて(笑) それの繰り返しだと思うんですけどね」。間違いなく例年以上のベースは築かれていたが、個々の能力の高さゆえにチームとしてまとまるという、例年の“駒澤らしさ”が見えてこないことに指揮官は不安を覚えていた。

 3月。関東一高にリーグ戦で1-3と逆転負けを許し、新チームの公式戦初黒星を喫した試合後、大野監督は「新3年は凄く良い子たちなんですよね。1人1人はそんなに怒られることはないんですけど、チームのためにみんなで声を出してまとまろうとかがなくて、怒られないように怒られないようにという感じの子たちなので、今年は言うとシュンとなっちゃうんですよ」と首をひねる。さらに指揮官を悩ませたのが相次ぐケガ人の離脱だ。試合を見に行くたび、“負傷者リスト”に新たな名前が加わっていく。松葉杖を突きながら、寂しそうに会場を後にしていく選手の姿を見送ったのも一度や二度ではなかった。代わりに出場することになった3年生たちの活躍で関東大会予選を制し、関東大会でも優勝を果たしたが、その勢いも続かない。全国切符を懸けた総体予選の準決勝では関東一に0-1で敗戦。相手のエースに目の前で決勝点を叩き込まれた佐藤瑶大は、試合後の整列時も涙が止まらなかった。直後のリーグ戦でも黒星が続き、シーズン初の公式戦3連敗。全国制覇を掲げたチームの士気はどん底まで落ちてしまう。

 そんな状況に危機感を感じた大野監督は「中心を作らなくては」という想いから、例年であれば選手権予選の前に言い渡していたキャプテンを、7月末に指名する決意を固める。夏合宿での部員全員による投票を経て、高橋が268人を束ねる大役に選ばれた。「『組織はリーダー以上にならない』とよく亀田(雄人)先生に言われるんですけど、その言葉が凄く自分の中で響いているので、それを常に意識してやるようにしています」と覚悟を決めたキャプテンを頂き、新たな気持ちで日々のトレーニングに向かっていたチームには、それでもなかなかまとまる雰囲気が出てこなかったが、2度の自主的な選手ミーティングをきっかけに、ようやくプレー面でもメンタル面でも向上の色が見えてくる。8月末のリーグ戦では4-1で快勝を収め、約2か月ぶりの公式戦勝利を飾ると、直後にやはりリーグ戦で対峙した関東一を無失点に抑えて0-0のドロー。小さくない起伏こそあったものの、夏休みの約1か月半は駒澤大高にとって1つのターニングポイントとなった。

 連覇を義務付けられた選手権予選。5-0で快勝を収めた準々決勝には印象的なシーンが2つあった。1つは誰もがチームのエースと認めながら、ケガに苦しんできた矢崎一輝のゴールだ。シーズン当初は背番号にこだわっていた彼も、長い離脱期間を経て、その心境に変化が訪れていた。「最初の方は“10番”にこだわっていたんですけど、番号とかじゃなくて自分が結果を出し続ければ、みんながそうやって認めてくれるので、点を取ってチームが勝てればそれで良いなと思います」。後半に“11番”を背負った矢崎がチームの4点目を決めた瞬間、それまでの3点以上にスタンドが盛り上がったのは、彼の想いを応援席も共有していたからだろう。

 もう1つは試合終盤に途中出場で椿原悠人が登場したシーン。「ずっと下のチームにいて、そこから這い上がってきた選手」(大野監督)だという椿原は、ロングスローという武器を磨き上げていた。彼がタッチラインに立つだけで歓声が沸き、素晴らしい飛距離の出る放物線を見て、また大きな歓声が沸く。「本当に努力家で、自分が出るためにロングスローを磨いたんでしょうね。あのぐらい飛べばベンチに入れておく価値はありますから」と指揮官も評価する椿原へこの日一番の声援を送る応援席に、今シーズンの駒澤大高がようやく獲得しつつあった“一体感”を見た気がした。準決勝を4-0、決勝を2-0で制したチームは東京制覇を達成。東福岡へのリベンジと一番高い所を目指す舞台へと、帰還することに成功する。

 高松商高と山梨学院高を相次いで撃破し、昨年度に続いて再び辿り着いた全国の準々決勝。深いラインを取って守備を固める佐野日大高相手に、駒澤大高は苦戦を強いられる。「試合の入りから全然良くなかった」(村上哲)「前半は特に全然ダメだった」(鈴木怜)「前半から悪い流れで自分たちのサッカーができずに、うまく行かない感じがあった」(佐藤)と誰もが口を揃えた前半は、おそらく今シーズンの公式戦の中でも特に内容が伴わない出来のように見えた。

 その40分間が終わったハーフタイム。いつものように3年生マネージャーの大竹愛美と 柳場彩花はクーラーボックスを提げて、ボトル交換のために“ピッチのすぐ外”を走り続ける。後半が始まると応援団長を務める3年生の齋藤空希と安元奨を中心に、“スタンド”からいつも以上の大声援がピッチヘ降り注ぐ。『歌え駒澤愛するなら 決めろ駒澤男なら』。うまく行かない選手をフォローできるのは、何もピッチで戦っている選手だけではない。ピッチの中の選手がうまく行かないならば、ピッチの外の選手が、マネージャーがフォローすればいい。以前、高橋はこう話していた。「駒澤はどこのチームよりも部員が多いので、まだまだまとまり切れていないというか、まだまだまとまれる余地があるというのは自分たちも感じているので、人数の多い3年がリーダーシップを発揮してやることが、チームが良くなる一番の近道だと思います」。

 ピッチの上で、ピッチの外で、そしてスタンドで。3年生は自らの持ち場で戦っていた。残酷な後半終了間際の逆転ゴールで、駒澤大高の選手権は今回もベスト8で幕を閉じることとなり、ピッチで戦っていたほとんどの3年生も、スタンドで声を嗄らして声援を送り続けたほとんどの3年生も涙を流して悔しがっていたが、きっと下級生は3年生たちの戦う姿を目に焼き付けていたはずだ。「これだけの大人数で3年間しっかりとやって来れたというのは、他では絶対に経験できないことだと思うので、そこに関しては誇りを持ちたいですね」と高橋は言い切った。

 試合が終わって1時間は過ぎていたと思う。チーム全体でのミーティングは終わり、既に解散はしていたものの、3年生たちはなかなかその場から立ち去ることができない。すると、取材対応を終えた高橋が合流し、3年生による“最後のミーティング”が始まった。時折笑い声も起きるような和やかな雰囲気で進んでいくミーティングの中で、キャプテンには驚いたことがあった。「最後はメンバーの30人に向かって応援の選手から『ありがとう』と言われて、自分もビックリしたんですけど、自分たちは応援してもらったからここに来ることができたのに、応援の選手の方から『ここまで連れてきてくれてありがとう』とか『感動するゲームをしてくれてありがとう』とか言ってくれたんです。自分たちメンバーからお礼を言おうとは決めていたんですけど、まず応援のメンバーからお礼を言われたのでビックリしました」。試合に出られないことが悔しくないはずはない。それでもスタンドで3年間の全てを懸けて戦っていたからこそ、素直な感謝の気持ちが沸き上がったのだろう。「将来死ぬ時が来るまで『自分は駒澤で3年間やってきたんだぞ』ということは言い続けたいと思います」と話した高橋は“最後のミーティング”が終わった直後も、溢れてくる涙を抑えることができなかった。

 実は“最後のミーティング”の最中に、ある事件を目撃してしまった。もうミーティングも終盤に差し掛かっていた頃。少し離れた位置で座っていた私の前に、弁当を抱えた1人の駒澤大高の選手がひょっこり現れる。もちろん学年は3年生。カテゴリーで言えば“ピッチの上”で戦っていた選手だ。「どうしてここにいるの?」と尋ねると、「いや、『もう帰るぞ』と言われたからマイクロバスに乗っていたのに、みんな来ないから…」と答える。「あそこでずっと3年生のミーティングやってるよ。急げ、急げ」と私に言われた彼は、こっそりと何事もなかったかのようにミーティングの輪の一番外側に吸い込まれて行った。95人もいる3年生だ。それは色々なヤツがいるだろう。「それにしてもこのタイミングで…」と思わないでもなかったが、せめて最後の写真撮影に間に合っただけでも、まだ運が良かったのかもしれない。

『歌え駒澤愛するなら 決めろ駒澤男なら』。歌った側も、歌われた側も、一生耳に残るであろう印象的な歌声を胸に、3年生は最後にみんな笑顔で写真撮影をして、駒澤大高で戦い続けてきた高校サッカーに別れを告げた。


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