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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:タイガー軍団の『画竜点睛』(前橋育英高FW宮崎鴻)
by 土屋雅史

 質問を投げ掛けた記者の目をしっかりと見つめ、人懐っこい笑顔を浮かべながら話す姿から隠しようのない育ちの良さが窺えた。身長のことを問われ、「今は185センチですけど、まだ伸びると思います。成長線はありますから」と優しく笑ったストライカーは、しかしひとたびピッチに立つとフィジカル無双の屈強な戦士へ変貌する。宮崎鴻。ジエゴ・コスタに憧れる17歳は、上州のタイガー軍団を悲願へと導くラストピースになる可能性を十分に秘めている。

「彼らは一生忘れないと思いますし、私も一生忘れないと思います。もう1回最初から頑張れということなんじゃないかな」と山田耕介監督が振り返った、衝撃の高校選手権決勝から3週間後。前橋育英高の新チームは県新人戦のファイナルに臨んでいた。最終ラインには松田陸や渡邊泰基、後藤田亘輝、アタッカー陣にも涼と悠の“田部井ブラザーズ“や飯島陸など、青森山田高との一戦をピッチで体験した2年生がズラリと顔を揃える中で、最前線に解き放たれた見慣れない名前が一際存在感を放っていく。「選手権の決勝も応援席で何もできない自分が凄く悔しくて、もう1回あそこに戻っていけるように、これからもっとやらなきゃいけないと思いました」と3週間前を振り返った宮崎にボールが入るとほとんど収まるため、周囲の連動性にも迷いがない。「鴻は本当に体が強いので、鴻に入った後のアクションが一番大事だと思う」と話すのはボランチを務めるキャプテンの田部井涼。立ち上がりのゲームを少し見ただけで、埼玉スタジアム2002の晴れ舞台をスタンドから眺めるしかなかった彼が、新チームの重要な戦力になっていることは一目瞭然だった。

 前半10分。渡邊のロングスローを室井彗佑がヘディングで叩き、DFがライン上でクリアして高く上がったボールを「GKを抑えて触らせないようにして」頭でねじ込み、先制点を自ら奪うと、23分には渡邊のロングスローから直接ゴールを狙い、ここはGKのセーブに阻まれたが決定機を創出してみせる。すると、27分にも田部井涼のFKへ果敢に競り合い、松田が押し込んだ追加点を演出。後半30分にもこの日のスタンドを沸かせ続けた渡邊のロングスローをきっちり落とし、石井陽向のチーム4点目をアシスト。「それだけだと思われたくないのでロングスローは自分的にそんなに投げたくはないんですけど、前に宮崎がいるので…」と苦笑したのは渡邊だが、このホットラインの連携を含めて、宮崎は3ゴールに絡む活躍を披露する。「リスタートでなかなか去年あたりから点が取れていないけど、今日入ったのはコーナーキック絡みとスローインでしょ」と山田監督も言及した通り、渡邊のロングスローと田部井涼のキックを併せたセットプレーは現状でチームの大きな武器に。「前でとにかく基点になって、潰れ役という感じでもっと体をうまく使って収めたいですね」と語る宮崎が持ち味を十分に発揮した前橋育英は、前橋商高との『群馬クラシコ』を制して「県内四冠という目標」(田部井涼)の“一冠目”を堂々と獲得した。

 父が日本人、母がオーストラリア人だという宮崎はオーストラリア生まれではあるものの、「赤ちゃんの頃にこっちへ来たので日本育ち」だという。ただ、家の中では母と話すように心がけていた英語の成績も本人曰く「まあまあ良い」そうだ。「例えばワールドカップ予選で日本とオーストラリアが対戦したら、どっちを応援するの?」と難しい質問をぶつけられ、「前半は日本を応援して、後半はオーストラリアを応援して、内容の良かった方が『いいんじゃない』みたいな感じですね」と屈託なく笑う表情は普通の高校生そのもの。小学校3年生の時にスクールへ入ったことをキッカケに、中学3年生までは三菱養和でプレーしていたが、「厳しい環境で強くなりたいと思って」前橋育英の門を叩いた。養和と言えば良い意味で上下関係のないアットホームな雰囲気が特徴のチーム。「入学した最初は凄くビックリしました。先輩とか凄く怖くて」と当時を思い出しながら、「でも、ちゃんとやっていれば、先輩たちも凄く優しくしてくれました」とフォローするあたりに“日本育ち”が滲む。昨年度のチームでも「馬場拓哉さんと人見大地さんに付いて行けるように、ただ必死にプレーしていました」という宮崎へ向ける山田監督の評価は決して低くなかったが、夏過ぎからはケガに悩まされることが多く、なかなかメンバーに食い込むまでには至らなかった。

 だからこそ、最上級生となる今年に懸ける想いは強い。「彼の特徴はパワフルな所とポストプレー。『出てこい、出てこい』という形で地道に鍛えていた感じですね。ああいう子がやっぱり必要ですよね。ガチッと止めてくれれば周りが生きるから」と期待を寄せる指揮官が「もうちょっとボールコントロールがうまくなったり、動けるようになればいいのかな」と続けた部分を筆頭に、まだまだ向上すべき点が多いことは本人も良く理解しているが、「ロングボールに対しての入り方とか、まだまだ決め切れない部分とか課題は多いんですけど、もっともっと前線で体を張って、1試合に3点ぐらい取れるようにもっと力を付けたいです」と話しながら、「でも、今大会は自分の自信になった大会でした」と確かな手応えも口にする。山田監督も囲み取材の最後に「このチームのストロングというのは、今日のゲームを見たら何となくですけど『そうなんだろうな』というのが出てきましたよね。キッカーが良いのと、ターゲットマンが明確にいる所と」と明言している。「ペナルティエリアの中での競り合いは自分の持ち味なので絶対に負けられないです」と言い切った日本とオーストラリアにルーツを持つターゲットマンが、全国にその名を知られる日もそう遠くはなさそうだ。

 “コウ”と読む名前の漢字にはサッカー経験者だという父の願いが込められている。「“鴻”っていう字には“点”がいっぱいあるんですよ。ゴールという意味で『“点”をいっぱい決められるように』と付けてくれたらしいです」と自らの名前の由来を明かしてくれた宮崎。左側の偏だけを見ても“ハットトリック”を想起してしまうが、右側のつくりにも“ハットトリックプラス2点”が隠されている。前橋育英にとって日本一を勝ち獲るためのまさに『画竜点睛』に、宮崎は果たしてなり得るだろうか。「去年の決勝を戦っている2年生が残っているのは凄く心強いので、自分も失うモノは何もないという感じで、このまま強い気持ちを持って1年間戦えればいいかなと思います」と話すストライカーの“点”が名前以上に増えていくたび、1年後のリベンジを見据えるタイガー軍団が大きな推進力を得ていくことへ疑いの余地はない。


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