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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』 夏の終わり(都立三鷹中等教育学校)
by 土屋雅史

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

「やりきりました。やりきったんですけど…」と一瞬間を置いた後に、「やっぱり負けると悔しいですね」と、少し目を赤くしながらキャプテンの奥村耕成は笑顔で言葉を続ける。8月21日。都立三鷹中等教育学校の“6年生”たちにとって、みんなで挑む最後の大会となった高校選手権は、おそらく一生忘れることのない想い出を心に刻み込み、真夏の駒沢で幕を閉じた。

 冬の全国を2度経験するなど、“都立の雄”として知られる三鷹。2014年度にも選手権予選で難敵を相次いで倒して東京を制し、全国の舞台では優勝候補筆頭と目されていた東福岡高に敗れたものの、その爽やかな戦いぶりは話題を呼ぶこととなる。当時、三鷹の“3年生”だった奥村は、「正直予想もしていなかったので、本当に凄いなと」思いながら、その戦いぶりを見つめていた。

 いわゆる中学校に当たる前期課程が3年間、高校に当たる後期課程が3年間、計6年間の一貫教育を採用している三鷹では、“4年生”からが高校サッカーのスタートとなる。全国に出場したチームの最上級生が、最後に高校から入学した世代で、奥村たちの代とはちょうど入れ替わり。以降の後期課程におけるサッカー部は、全員が中等教育学校出身の選手たちで占められる。

 大きな結果を残した次の年のチームには、言うまでもなく様々なプレッシャーが掛かるもの。とりわけ全国経験者がほとんど卒業し、前所属チームも大半が中等教育学校サッカー部になっていた三鷹は春先から1勝が遠い。結局、1年間で20試合以上あった公式戦は一度も白星を手にすることはできず、選手権予選も初戦敗退。「自分たちも『全国に行きたいな』と思っていたんですけど、後期になって1年目で現実を知りました」と奥村。その翌年も芳しい結果を残すまでには至らず、8月の選手権予選で最上級生は引退の時を迎える。

「1勝することが凄く難しいものだというのを実感していました」と話すのはGKの堀切健吾。以前のようには行かない現実を突き付けられつつ、それでも前に進む以外に道はない。奥村や堀切も含めた “5年生”にとって、最後の1年はまだ蝉が歌い続ける季節にスタートを切った。

 新人戦の地区予選、総体予選の支部予選は共に初戦こそ勝ったものの、2試合目で敗退。“6年生”になってわずか1か月で、残されたトーナメントの大会は選手権予選だけとなってしまったが、一方で佐々木雅規監督は手応えも感じていた。「今年はメンタルも強い所があるので良いかなと。奥村を中心にまとまりが良いですね」。その奥村も同じような印象を抱いていた。「練習でもめたりすることもあったんですけど、結局今年の代は最後に話がまとまる代だったので、全員で同じ方向を向けたかなという感じはありますね」。

“6年生”の大半は前期課程から一緒にボールを蹴り続けてきた仲間。「何でも言い合えるし、みんな親友みたいな感じですね。誰かが落ち込んでもみんなで笑い話にしたりして。一緒にいるだけで楽しいです」と笑うのは堀切。センターバックの相田直人も「僕らは後期に入ってかなり人数が減ったんですけど、だからこそ仲良く自分たちで話し合って、雰囲気良くできるようになったと思います」とその結束を口にする。6年間の集大成とも言うべき選手権予選。初戦で6-1と快勝を収めた三鷹は、鬼門の2試合目も突破。都大会進出を懸けて都立駒場高との一次予選決勝へ臨む。

 8月21日。9時30分。駒場のキックオフでスタートしたゲームは、序盤から「ハッキリやるというチームのコンセプト」(堀切)を体現した三鷹が出足良く立ち上がる。すると、前半18分には木原博光のCKから、浦和史弥が左足ボレーで叩いたボールはゴールネットを揺らす。10番を背負う“6年生”の一撃で、「ゴールを取るならセットプレーしかない」(堀切)三鷹が先制点を強奪。以降も敵将の山下正人監督も「頑張るし集中力があるし、全員でやることがハッキリしていたよね」と評する戦いぶりで、1点をリードして前半を折り返す。

 後半は早々にスコアが動いた。開始2分でPKを獲得し、これを沈めて1-1の同点に追い付いた駒場にスイッチが入る。攻める駒場。守る三鷹。ただ、押し込まれる中でも三鷹の守備陣は水際で凌ぎ続ける。「僕らはヘタクソなんで、割り切って最初から簡単にやろうと思っていました」(奥村)「僕らは自分たちがヘタだってわかっているので、挑戦者だという意識でやってきました」(相田)。2人の言葉を指揮官もなぞる。「本当にヘタクソなヤツばっかりなんですけど、自分たちがヘタクソだということは一番知ってるんですよね。怒られてばっかりいて、よくぞそれに耐えてここまで来たなという感じなんです」。

 3年前に全国まで辿り着いた“先輩たち”の姿が重なる。あの時も決して上手いチームではなかったが、最後の最後まで全員が頑張ることのできる好チームだった。後半アディショナルタイム。相手のシュートを体でブロックしたのは「自分たちでも『ヘタだな』とか言い合ってるんです。確かにヘタなんで」と笑いながら話してくれた相田。80分間の終了を告げる主審のホイッスルが鳴り響く。都大会進出の行方は延長戦へと持ち越された。

 延長後半4分。駒場がこの日2度目となるPKを奪う。堀切は逆を突かれ、キックは成功。2-1。とうとう両者に点差が付いた。ほとんど時間は残されていない。それでも奥村は「仲間を信じていたというか、根拠のない自信ですけど、このチームなら行けると思っていた」という。

 延長後半10分。三鷹にFKが与えられる。おそらくはこのゲームのラストプレー。“6年生”の岡本大輝が右足で描いた放物線に両チームの選手が殺到すると、ボールは「いつもウチのセットプレーの時は一番後ろで守っていて、中には入らないんですけど、最後だから『もう行くしかない』って思い切って入った」相田の肩に当たり、ポストにも当たってゴールラインをわずかに越える。なんと相田はこれが公式戦初ゴール。土壇場で三鷹が見せた奇跡的な同点劇。勝敗はPK戦に委ねられる。

 1人目。先攻の駒場が成功したのに対し、後攻の三鷹は奥村がGKに止められてしまうが、キャプテンは「雰囲気が悪くなったらPKも負けると思っていたので、明るく振る舞おうと」毅然と上を向く。3-2で迎えた4人目。堀切は完璧なセーブでボールを弾き出したものの、その裏の三鷹のキッカーはクロスバーにぶつけ、点差は縮まらない。

 運命の5人目。決められれば、その瞬間に“6年生”の高校サッカーが終わる重要な局面。ゴールライン上に立った堀切は集中するあまり、これが5人目のキッカーだと気付いていなかったという。研ぎ澄まされた感覚に突き動かされ、気付けば相手のキックを掻き出していた。「アイツなら止めるなって感じ」と奥村が話せば、「やってくれると思ってましたし、もっと止めてくれると思いました」とは相田。「5人目だという意識がなかったのが良かったかもしれないです。逆にそれでリラックスできたので」と振り返る守護神の2本連続セーブ。延長後半に続き、三鷹は2度までも崖っぷちから生還する。

 勝敗は7人目で決した。先攻が決め、後攻はGKにストップされた。駒場の歓喜がピッチに弾ける。「悔しかったんですけど、先輩たちも終わるまでは絶対泣かないようにしていましたし、僕らもそこで取り乱したら三鷹らしくないんで、最後までやってからということは考えていました」。そう話す奥村を先頭に、駒場のベンチへ、本部席へ、そして声援を送り続けた応援団へ、順番に挨拶していく。そこまで懸命に耐えた三鷹の選手たちは、それから少しだけ泣いた。「負けた後にみんな泣いていたんですけど、逆にすがすがしくてやりきったという感じで、涙もすぐには出てこなかったんです。そういう面ではやってきたことが最後にしっかりできたかなというのがあります」と語った堀切の目も少し濡れていた。負けた悔しさはもちろんだが、「『これで終わっちゃったな』と思うと寂しいですね」(堀切)という心情の方が、より彼らの涙腺を刺激したのではないだろうか。

 駒場の山下監督にとって三鷹は前任校であり、選手権で全国ベスト8まで導いた思い入れのある高校。「感慨はあるし、運命を感じるよね。還暦でそろそろ終わるタイミングに、それも都大会を懸けて三鷹とやるなんて」と運命のいたずらに苦笑した指揮官は、「やっぱり伝統だよな。ゴール前の守備は厳しい。よくみんな頑張ってるよ。3点くらい入ったと思ったもん。アレは三鷹の伝統で、中等になっても受け継がれているのかなって思うよね」と、かつて自らが心血を注いだ対戦相手を称えた。

 試合後のミーティングが終わると、15人の“6年生”で記念写真を撮ることになった。示し合わせたかのように紺のポロシャツと白のポロシャツがほとんど半々。最初は“紺組”が前列に、“白組”が後列に並ぶ。ところが“紺組”にヒザをケガしている選手がいることに周囲が気付く。「座れる?」「厳しいよね?」「立った方がいいよね?」。次々とその選手に声が掛かり、程なくして“紺組”と“白組”はスッと前列と後列を入れ替えた。この写真撮影の少し前。「僕らの代は少ない人数でやってきた分、全員で仲良くやってこれたので、その部分はこの試合でも出せた感じはします」と奥村が胸を張った言葉を思い出す。こういう何気ない場面にグループの関係性は滲む。あまりにも自然に入れ替わった“紺組”と“白組”に、何とも言えない羨ましさを感じずにはいられなかった。

 相田に聞いてみた。「“6年生”のみんなに伝えたいことってある?」と。「伝えたいこと…」と呟いた彼は、ちょっとだけ考えてこう答えてくれた。「『ありがとう』と『受験頑張ろうね』って。ここから切り替えられるかわからないですけど(笑)」。

 数か月後には大学受験が控えている。その先にもまだ10代の“6年生”たちには、様々なことが待ち受けているだろう。でも、あの100分間とPK戦を経験した彼らには、困難へ直面した時に立ち返る“拠り所”がある。あの延長後半10分の状況より、あのPK戦で5人目が蹴る直前の状況より追い込まれる瞬間は、おそらく人生でもそう多くはない。相田の公式戦初ゴールは、堀切のPKストップは、間違いなく15人をどんな時でも勇気付けてくれるはずだ。

「サッカーしかしていないので、勉強はしていません」と堀切が笑顔で言い切った夏がもうすぐ終わる。これからずっと、この季節になれば彼らは “6年生”だったあの日のことをきっと思い出す。ただ、それがかけがえのない宝物であることに気付くのは、もう少し先のことかもしれない。



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