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スポーツライター平野貴也の『千字一景』 by 平野貴也

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「スポーツライター平野貴也の『千字一景』」第70回:鉄人教官とパイロット候補生(海上自衛隊岩国・小月)
by 平野貴也

「えっ、2人で?」と戸惑うパイロット候補生と肩を組んだ鉄人教官は「笑えよ?」と声をかけた。ベテランはニコリと笑い、若者は少し緊張しながらぎこちなく笑顔を作った。2人はピッチではチームメートだが、自衛隊では指導教官と学生の関係にある。

 写真左は、鹿屋体大出身の栗岡大2曹。山口県にある海上自衛隊小月航空基地に単身赴任しているが、週末に休みが取れれば、家に帰りがてら、以前に所属していた鹿屋基地のサッカー部で鹿児島県リーグ1部に参加。昨年は、鹿児島県代表で35歳以上を対象とするマスターズ大会も出場。さらに小月のチームで市リーグ、全国自衛隊サッカー大会にも出場した無類のサッカー好きだ。

 写真右は、入隊3年目の大宮司夏輝3曹。2015年の全国高校選手権に出場した鹿児島城西高ではDFで主将を務めていた。「高校時代の仲間が大学サッカーで活躍して励みになっている。でも、LINEで連絡を取り合うと、元気のない仲間もいる。僕は(主力ではなく)選手権に連れて行ってもらった立場。自分も頑張って励みになれるようになりたい」と話す好青年だ。父と同じ自衛官の道を歩み、輸送機などのパイロットを育てる小月教育航空隊に所属。学年の担当教官が栗岡だ。大宮司は「普段から声をかけて下さるし、優しい。サッカーを通じてコミュニケーションが取れるので、つながりは大きいと思う」とサッカーという共通点を持つ教官の印象を話した。

 2人は、海上自衛隊岩国・小月のチームメートとして第52回全国自衛隊サッカー大会に出場。第1試合、負傷明けで不慣れなFWを務めた大宮司は、動きが硬かった。しかし、第2試合では試合終盤にオフサイド崩れで抜け出しに成功し、決勝点を奪った。直前に好機を逃し、ベンチが交代を用意した直後だった。配属前の航空学生がサッカー大会に参加できるのは、1度か2度程。初参加だった昨年は退場して泣き崩れていただけに「今回は最後に取れて良かったです。これからは仕事を頑張ります。配属後も忙しいと思うんですけど、参加されている先輩もいるので、自分もまた参加したいです」と雪辱を果たして清々しい笑顔を見せた。

 ホッとしたのは、本人だけではない。中盤でゲームメーカーとして活躍した栗岡は「サッカーをしているときは、上下関係なんて何もないです。でも、学生はちょっと気を遣ってしまうみたいで、試合中に『教官』とか呼ぶんですよ」と少し呆れながらも「アイツが点を取って、良かったです」と優しく笑っていた。

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