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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:サマータイム・ブルース(東京武蔵野シティFC U-18・高橋理人)
by 土屋雅史

 この夏が終われば、“みんな”でボールを追い掛ける日々にも、否応なくカウントダウンが突き付けられていく。「特に自分たち3年生はコーチたちに笑われるくらいみんな仲が良くて、しょっちゅうみんなで遊んだりしていたんですけど、それももう最終学年ともなると、いろいろな気持ちもあります。まだ終わりは想像が付かないですけど、もう一戦一戦噛みしめながらやっていかないといけないですし、最後は大きいことをやり遂げたいですね」。高橋理人はそう口にすると、“みんな”を想ったのか、少し視線を遠くへ向けた。高校の部活でもなく、Jリーグの下部組織でもない、東京武蔵野シティFC U-18。彼らが目を閉じて過去の思い出を呼び覚ます時、まぶたの裏には、きっと常に“みんな”の笑顔がある。

 7月14日。T1(東京都1部)リーグ第9節。東京武蔵野シティFC U-18と関東一高の一戦を横河電機グラウンドに訪ねた。土曜日ということもあって、スクールの小学生やU-15の中学生など、サッカー少年が練習に熱を込める。例えばU-18は平日の練習も週3回のみ。限られた時間と、限られた空間でトレーニング効率を上げていくのは、クラブのアカデミーの特徴でもある。

 この日もゲームの始まる30分ぐらい前まで、コートの半面では元気な小学生たちが、嬌声を上げながらボールを蹴り続けていた。自然と高校生の両チームは、半面の半面を使ってアップを行うことになる。そのことをキャプテンの小川開世に尋ねると、「グラウンドの時間も普段からしっかり決められていて、限られたスペースで何ができるかも考えながらできているので、そこは良いと思います」ときっぱり。このグラウンドでは見慣れた光景だ。

 そんなU-18の中で、杉浦史浩監督も「ウチの“ランドマーク”ですね」と笑って表現するのは高橋理人。ポジションはフォワード。単純に189cmという恵まれた体格もさることながら、「気持ちだけは誰にも負けたくないと思ってやっている」と言い切る“気持ち”が前面に出てくるスタイルは、見ている者の視線を自然と惹き付ける何かがある。

 ジュニアユース時代もフォワードを務めていたものの、「試合には出たり出なかったりだった」とのこと。当時の同学年では前橋育英高に進んだ室井彗佑と、横浜FMユースに所属しながら、既にトップチームへ2種登録されている椿直起が主力として活躍しており、「僕も試合には出ているけど、2人のスピードが速くて、飛ばしのボールも増えたりしましたし、『もっとそこで僕が時間を作れるようになればな』と思っていたんですけど、正直そこまでの実力と余裕はなかったです」とその頃を振り返る高橋。「ここに残れるかもわからないくらいの選手だった」とも話すが、無事にユースへと昇格する。

 プレーの特徴は「サッカー選手というより正直“格闘技”をやっている感じで(笑)、毎試合体も痛いんですけど、それが仕事で、それが売りなので」と苦笑しながら認める、体を張ったポストプレーやゴール前へ飛び込む迫力。「『絶対点取ってやる』とか、『コイツに負けたくない』とか、そういう気持ちを買われて」1年生から試合に出続けてきた中で、そのメンタルが良い方に出る時もあれば、そうではない時もあったようだが、杉浦監督も「僕が監督になった去年もそうでしたけど、中学の時はカッカカッカしていたと思うんですよね」とかつての彼に言及しつつ、「うまく自分を折るというか、『その瞬間瞬間で折衷案を持つ』という意味では、凄く大人になっているのかなと思います」と成長を認めている。

 土曜日の19時キックオフ。少なくない観衆を集めたナイトマッチ。ホームゲームを戦う東京武蔵野シティFCは、サイドの幅をうまく使いながら、攻勢の時間を増やしていく。そして26分。「ああいうのが仕事って言えば仕事で、それは僕の生命線なので」と笑う高橋が、相手ディフェンダーとの競り合いでFKを獲得する。しばらく立ち上がれない状況を受けて、主審は担架を要請。「痛がっていたら担架を呼ばれちゃって、それでも『大丈夫です』と言って残ろうとしたら、レフェリーに『ルール上出てください』って言われちゃって(笑)」と明かした高橋はピッチアウトを余儀なくされてしまった。

 スポットに立ったのは藤岡聡志。「『無回転も狙えるようにしたいな』と思って練習していて、ファウルをもらった瞬間から『絶対蹴ってやろう』と思っていた」レフティのキックは、狙い通りの無回転でゴールネットへ豪快に突き刺さる。その瞬間。走り出した藤岡へ真っ先に駆け寄ったのはピッチの外にいたはずの高橋。ベンチからも「中に入っていいのか?」と疑問を呈する複数の声が上がったが、本人は「いいって言われました!」とケロリ。曰く「レフェリーに確認して、『入っていいよ』となって、こっちに向かってきていたので、『あそこでファウルもらったオレのおかげっしょ!』みたいな感じで、誰よりも速く行きました」とのこと。こういうワンシーンにもチームの雰囲気が垣間見える。

 スタッフにもユニークな人材が豊富。リードして迎えたハーフタイム。ワールドカップの開催期間ということもあり、コーチから高橋へ「試合中、『マンジュキッチ!』って言われたら戻れよ!」と笑いながら指示が飛ぶ。「いや、『マンジュキッチ』って言われたら笑っちゃうんでやめてください」と高橋。こんなやり取りが、彼らの中では日常的に飛び交っている印象がある。杉浦監督はその雰囲気の理由をこう捉えている。

「サッカーとピッチ外の両方で、『人として付き合っている所』が、もしかしたらこの雰囲気を生み出す環境の1つかなと。僕らはピッチから出れば、ふざけたことも言いますし、カノジョの話なんかもそうですけど、“良いお兄ちゃん”みたいな感じなんですかね。そういう意味では、人と人との触れあう瞬間があるからこその空気感なのかもしれないです」。

 後半21分。高橋に決定機が到来する。大場小次郎のスルーパスに抜け出し、冷静に選択したループシュートはGKを破ってゴールへ向かう。ところが、関東一のディフェンダーが懸命に戻ってライン上でクリア。「手前のディフェンダーが足を伸ばそうとしてやめたので、『よっしゃー』と思ったら、その後ろからディフェンダーが入ってきて…」と苦笑いを浮かべた高橋。「アレを決めていれば言うことなかったんですけどね」と続けたように、チャンスを生かし切れず、点差を広げられない。ゲームは終盤まで守備陣の集中も切れなかった東京武蔵野シティFCが1点を守り、勝ち点3を手に入れたが、「ワンチャンスを決め切る所が課題ですね」と反省を露わにしたストライカーにとっては、手放しで喜べる90分間ではなかったようだ。

 浦和ユースに善戦しながらも0-1で敗れ、東京Vユースに完敗を喫し、全国行きの切符を逃したクラブユース選手権を経て、彼らに残されている明確な目標はT1リーグ制覇、その先にあるプリンスリーグ関東昇格に加え、Jユースカップでの躍進となった。東京武蔵野シティFCの下部組織は関東代表や東京代表の常連という印象も強いが、実は今年の高校3年生の世代は、ジュニア時代から1度も全国の舞台を踏んだことがない。

「僕らの代はまだ1回も全国に行ったことがないので、最後の最後で行って恩返ししたいなと思っています」と藤岡が話せば、「ジュニアユースの時は夏も冬も全国に行けなかったし、ユースでも1年生の時からゲームに出させてもらっているのに、本当に全国を目の前にして負け続けているので、最後はみんなと笑って終えたいですね」と表情を引き締めたのは高橋。「今年からは“全国出場”じゃなくて、“全国ベスト8”を目標にやっているので、その歴史を塗り替えたいなと思っています」と意気込む小川も頼もしい。この夏がその目標を手繰り寄せる上で、大事な季節になることは言うまでもない。そして、愛着のあるエンブレムを胸に輝かせ、ピッチを走り回れる“みんな”との時間にも、はっきりと終わりが迫ってきている。

 彼らの大半をU-18以前から見守り続けてきた杉浦監督は、残された時間に決意を滲ませる。「この半年は最後の“花道”を作る所だと思うので、最大級の結果を残すために、僕らがどう導くかというよりは、しっかりベクトルが進む方向を整えてあげる所の作業しかないかなと思っています。“花道”を作るのではなく、『“花道”を歩くのは君たちで、僕らはその下で手を添えて支えるんだよ』と。それがその先に繋がると思うし、サッカーっていろいろな局面があると思うので、それを感じて進むためにも、僕は彼ら自身のベクトルを整えてあげることが大事かなと。ここでサッカーは完結じゃないですから」。

 高橋にもこれからの半年間について水を向けると、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。「特に自分たち3年生はコーチたちに笑われるくらいみんな仲が良くて、しょっちゅう“みんな”で遊んだりしていたんですけど、それももう最終学年ともなるといろいろな気持ちもあります。まだ終わりは想像が付かないですけど、もう一戦一戦噛みしめながらやっていかないといけないですし、最後は大きいことをやり遂げたいですね。本当に“みんな”と全国に行きたいですし、『オレが連れて行ってやる』ぐらいの気持ちでこの夏を過ごして、ゴールで全国へチームを導ければいいかなと思います」。

 多くの人はその時間が過ぎて初めて、永遠ではない瞬間の大切さに気付いていく。高校生の夏は、長いようで短い。それが最後の1年ともなれば、より短く感じるはずだ。高橋を始めとした東京武蔵野シティFC U-18の3年生たちは、最後の“半年間”を前に、あるいは今まで以上にピッチの内外で様々な思い出を重ねていくことだろう。例えば10年後のこの季節。彼らが目を閉じて過去の思い出を呼び覚ます時、まぶたの裏には、きっと常に“みんな”の笑顔がある。

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