憲剛の最新本を立ち読み!「史上最高の中村憲剛」(12/20)
川崎フロンターレのMF中村憲剛の南アフリカW杯から現在までの5年半を描いた『残心』(飯尾篤史著、講談社刊)が4月16日に発売となった。発刊を記念しゲキサカ読者だけに書籍の一部を公開! 発売日から20日間、毎朝7時30分に掲載していく。
トップ下としての覚醒<下>
スタジアムの外、アウェーチームの出入り口から中村が出てきたのは、それから20分ほど経った頃だった。
通用口からチームバスまでの10メートルほどのスペースが、取材エリアとなっている。
姿を現した中村は上機嫌で「もう少し早く代えてくれると思ったんだけどね」と語りかけてきた。すると、この日の殊勲者からコメントを取ろうとする記者たちに、あっと言う間に取り囲まれ、最初の質問が投げかけられた。
「時差ボケってありました?」
2ゴールを決めたヒーローは、急にムスッとして、早口で答える。
「時差ボケはないです。ないっていうか、あるけど、ない。試合に出るからには大丈夫です」
機嫌を悪くした様子を見て、僕は心の中で思わず笑ってしまった。以前、耳にした言葉を思い出したからだ。
あれは、彼が日本代表の常連となった2007年のことだった。
代表とクラブチームとの過密日程について、「疲労は問題ないですか」「疲れていませんか」と何度も聞かれていた中村は、苛立ちを募らせていた。
雑談をしているとき、苦笑いを浮かべながら、彼がこんなことを言った。
「最近よく記者の人たちから“疲れてないですか”って訊かれるんですけど、あれ、すげえイヤなんですよ。疲れてないわけがないでしょ。でも、“疲れてます”なんて言い訳は通用しないし、疲れてるって口に出すようなやつは、日本代表に選ばれる資格がない。だから、いちいち“疲れは?”って聞かれるの、面倒なんですよ」
そんな話をかつて聞いていたから、中村がムッとした理由がわかった。
その後、試合内容や彼自身のプレーに関する質疑応答が続き、中村もいつもどおりの饒舌を取り戻したが、しばらくして別の記者がまた地雷を踏んでしまった。
「眠くないですか?」
「眠いです。けど、時差ボケとは思わない」
このやり取りを最後に、囲み取材はお開きとなった。いったい何が起きたのか、聞けずじまいのまま、彼はチームバスに乗り込んでいった。
翌日、電話から聞こえてくる中村の声には、疲れを感じさせない張りがあった。
コンフェデレーションズカップに出場した代表選手のうち、6月30日に試合があったのは、中村と、ガンバ大阪の遠藤保仁と今野泰幸、横浜F・マリノスの栗原勇蔵の4人。試合に出場したのは中村だけだったことを告げると、嬉しそうな声が返ってきた。
「意地ですよ、意地。中村憲剛、今が一番良い状態かもしれません」
「一番良い状態って、これまでのサッカー人生で、っていうこと?」
「そうです。これまでのサッカー人生で、です。史上最高です」
「史上最高の中村憲剛?」
「そう、それ。史上最高の中村憲剛です」
そう言って、彼はケラケラと笑った。
「いったい、何が起きたの?」
「何も起きてないですよ。ただ、トップ下でのプレースタイルが完璧に整理されただけです」
「ここ最近のこと?」
「いや、この1〜2ヵ月を通して。途中から出る難しさにも対応できるようになってきたなって。“頭から使ってくれよ”って思うけど、それは仕方ない。じゃあ、途中から出たとき、何をするかをすごく考えた1ヵ月だった。試合に出ていなかったからじゃない? その分、考える時間があって、イメージが固まってきたというか、その答えが出たかな。このスタイルで勝負するっていうのが、自分の中でより鮮明になったんです」
日本代表のベンチから見えた世界が、彼の覚醒を促した、ということか。
前日の試合で気になったことを、ぶつけてみた。
「ベガルタ戦ではふらふらと歩いているようで、ここぞ、という場面での動きが鋭かった」
「そう、それが答えというか。これまでトップ下って、守備も攻撃も全力で頑張らないといけないって思っていたんですけど、仙台戦では頑張りたくてもパワーが出なかった。でも、それぐらいが実はちょうどいい」
それは、本田圭佑を見ていて気づいたことだったという。
「圭佑って、力を抜くところはうまく抜いているんです。ああ、そういうやり方もあるんだなって。それはブラジル、イタリア、メキシコの攻撃陣も同じで、ネイマールも、(マリオ)バロテッリも、エルナンデスも、常に全力を出すんじゃなくて、仕事しなきゃいけないときにバッと出す。そういう彼らを観察していて、“出力の仕方”をつかんだ気がします」
トップ下でのプレースタイルが完璧に整理された─。
中村はそう語ったが、その言葉は、決して大げさなものではなかった。
コンフェデレーションズカップによる中断に入る前、2013年の公式戦で1ゴールも奪っていなかった男が、ベガルタ仙台戦での2ゴールを皮切りに、4試合連続ゴールを記録し、その後もゴールを量産していくのである。
(つづく)
<書籍概要>
■書名:残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日
■著者:飯尾篤史
■発行日:2016年4月16日(土)
■版型:四六判・324ページ
■価格:1500円(税別)
■発行元:講談社
■購入はこちら
▼これまでの作品は、コチラ!!
○第11回 トップ下としての覚醒<上>
○第10回 めぐってきたチャンス<下>
○第9回 めぐってきたチャンス<上>
○第8回 コンフェデレーションズカップ、開戦<下>
○第7回 コンフェデレーションズカップ、開戦<上>
○第6回 妻からの鋭い指摘<下>
○第5回 妻からの鋭い指摘<上>
○第4回 浴びせられた厳しい質問<下>
○第3回 浴びせられた厳しい質問<上>
○第2回 待望のストライカー、加入<下>
○第1回 待望のストライカー、加入<上>
トップ下としての覚醒<下>
スタジアムの外、アウェーチームの出入り口から中村が出てきたのは、それから20分ほど経った頃だった。
通用口からチームバスまでの10メートルほどのスペースが、取材エリアとなっている。
姿を現した中村は上機嫌で「もう少し早く代えてくれると思ったんだけどね」と語りかけてきた。すると、この日の殊勲者からコメントを取ろうとする記者たちに、あっと言う間に取り囲まれ、最初の質問が投げかけられた。
「時差ボケってありました?」
2ゴールを決めたヒーローは、急にムスッとして、早口で答える。
「時差ボケはないです。ないっていうか、あるけど、ない。試合に出るからには大丈夫です」
機嫌を悪くした様子を見て、僕は心の中で思わず笑ってしまった。以前、耳にした言葉を思い出したからだ。
あれは、彼が日本代表の常連となった2007年のことだった。
代表とクラブチームとの過密日程について、「疲労は問題ないですか」「疲れていませんか」と何度も聞かれていた中村は、苛立ちを募らせていた。
雑談をしているとき、苦笑いを浮かべながら、彼がこんなことを言った。
「最近よく記者の人たちから“疲れてないですか”って訊かれるんですけど、あれ、すげえイヤなんですよ。疲れてないわけがないでしょ。でも、“疲れてます”なんて言い訳は通用しないし、疲れてるって口に出すようなやつは、日本代表に選ばれる資格がない。だから、いちいち“疲れは?”って聞かれるの、面倒なんですよ」
そんな話をかつて聞いていたから、中村がムッとした理由がわかった。
その後、試合内容や彼自身のプレーに関する質疑応答が続き、中村もいつもどおりの饒舌を取り戻したが、しばらくして別の記者がまた地雷を踏んでしまった。
「眠くないですか?」
「眠いです。けど、時差ボケとは思わない」
このやり取りを最後に、囲み取材はお開きとなった。いったい何が起きたのか、聞けずじまいのまま、彼はチームバスに乗り込んでいった。
翌日、電話から聞こえてくる中村の声には、疲れを感じさせない張りがあった。
コンフェデレーションズカップに出場した代表選手のうち、6月30日に試合があったのは、中村と、ガンバ大阪の遠藤保仁と今野泰幸、横浜F・マリノスの栗原勇蔵の4人。試合に出場したのは中村だけだったことを告げると、嬉しそうな声が返ってきた。
「意地ですよ、意地。中村憲剛、今が一番良い状態かもしれません」
「一番良い状態って、これまでのサッカー人生で、っていうこと?」
「そうです。これまでのサッカー人生で、です。史上最高です」
「史上最高の中村憲剛?」
「そう、それ。史上最高の中村憲剛です」
そう言って、彼はケラケラと笑った。
「いったい、何が起きたの?」
「何も起きてないですよ。ただ、トップ下でのプレースタイルが完璧に整理されただけです」
「ここ最近のこと?」
「いや、この1〜2ヵ月を通して。途中から出る難しさにも対応できるようになってきたなって。“頭から使ってくれよ”って思うけど、それは仕方ない。じゃあ、途中から出たとき、何をするかをすごく考えた1ヵ月だった。試合に出ていなかったからじゃない? その分、考える時間があって、イメージが固まってきたというか、その答えが出たかな。このスタイルで勝負するっていうのが、自分の中でより鮮明になったんです」
日本代表のベンチから見えた世界が、彼の覚醒を促した、ということか。
前日の試合で気になったことを、ぶつけてみた。
「ベガルタ戦ではふらふらと歩いているようで、ここぞ、という場面での動きが鋭かった」
「そう、それが答えというか。これまでトップ下って、守備も攻撃も全力で頑張らないといけないって思っていたんですけど、仙台戦では頑張りたくてもパワーが出なかった。でも、それぐらいが実はちょうどいい」
それは、本田圭佑を見ていて気づいたことだったという。
「圭佑って、力を抜くところはうまく抜いているんです。ああ、そういうやり方もあるんだなって。それはブラジル、イタリア、メキシコの攻撃陣も同じで、ネイマールも、(マリオ)バロテッリも、エルナンデスも、常に全力を出すんじゃなくて、仕事しなきゃいけないときにバッと出す。そういう彼らを観察していて、“出力の仕方”をつかんだ気がします」
トップ下でのプレースタイルが完璧に整理された─。
中村はそう語ったが、その言葉は、決して大げさなものではなかった。
コンフェデレーションズカップによる中断に入る前、2013年の公式戦で1ゴールも奪っていなかった男が、ベガルタ仙台戦での2ゴールを皮切りに、4試合連続ゴールを記録し、その後もゴールを量産していくのである。
(つづく)
<書籍概要>
■書名:残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日
■著者:飯尾篤史
■発行日:2016年4月16日(土)
■版型:四六判・324ページ
■価格:1500円(税別)
■発行元:講談社
■購入はこちら
▼これまでの作品は、コチラ!!
○第11回 トップ下としての覚醒<上>
○第10回 めぐってきたチャンス<下>
○第9回 めぐってきたチャンス<上>
○第8回 コンフェデレーションズカップ、開戦<下>
○第7回 コンフェデレーションズカップ、開戦<上>
○第6回 妻からの鋭い指摘<下>
○第5回 妻からの鋭い指摘<上>
○第4回 浴びせられた厳しい質問<下>
○第3回 浴びせられた厳しい質問<上>
○第2回 待望のストライカー、加入<下>
○第1回 待望のストライカー、加入<上>