憲剛の最新本を立ち読み!「史上最高の中村憲剛」(18/20)
川崎フロンターレのMF中村憲剛の南アフリカW杯から現在までの5年半を描いた『残心』(飯尾篤史著、講談社刊)が4月16日に発売となった。発刊を記念しゲキサカ読者だけに書籍の一部を公開! 発売日から20日間、毎朝7時30分に掲載していく。
盟友のラストゲーム<下>
「完全に火がついて、モチベーションはマックスでした」
横浜F・マリノスのボールになれば必死の形相でプレッシャーをかけにいき、中村俊輔がボールを持てば、正確なパスを繰り出させまいと、厳しく体をぶつけにいった。
前半21分にはドリブルで右サイドを駆け上がって、ペナルティエリア内に切れ込んでいき、27分にはゴール前の混戦に突っ込んでいき、倒れ込みながらも中澤佑二からボールを奪って、右足でシュートを放った。
「これまでもサポーターのために、チームのために、という気持ちでプレーしてきたけど、ここまで人のために走ったのは初めてかもしれない、っていうぐらい頑張りました」
監督の風間八宏も「初めて見た」と驚くほどの憲剛のハードワークが、0-0で推移していたゲームをついに動かす。
後半9分、フロンターレ陣内の右サイドでボールを持った中村俊輔がカットインしようとしたところに、自陣の深くまで戻っていた憲剛が襲いかかる。日本代表で何度も一緒にプレーした間柄である。憲剛の頭には俊輔の癖が刷り込まれていた。
<俊さんは、絶対にボールを左足に持ち替える>
読みどおりだった。
俊輔とボールの間に体を滑りこませて奪い取った憲剛は、ドリブルで運び、ヒールパスでレナトに預けると、猛然とダッシュする。ペナルティエリア手前で大島僚太のパスを受け、左サイドの大久保嘉人にボールを送る。
大久保の渾身のブレ球シュートはゴールキーパーに弾かれたが、こぼれ球を拾った大島がゴール前にボールを送ると、レナトが豪快に蹴り込んだ。
フロンターレが先制!
憲剛がボールを奪ってから15秒。流れるようなカウンターだった。
レナトは一目散にバックスタンドのサポーターの元に駆けて行く。
ベンチ前では監督の風間が「よっしゃー」と叫び、スタッフとハイタッチを繰り返していた。
フロンターレがリードしたまま、ゲームは終盤を迎えた。
41分、F・マリノスはセンターバックの栗原勇蔵を前線に上げて、ロングボールを放り込む強引な攻撃に打って出た。
すかさず、フロンターレのベンチが動いた。呼ばれたのは、伊藤宏樹だ。
43分、レナトに代わって伊藤がピッチに入ってくる。
「ヒ・ロ・キ! 伊藤宏樹!」のコールが響きわたるなか、ディフェンスラインに加わった伊藤の姿を見て、フロンターレの選手たちは集中力をさらに高めた。
なりふり構わず放り込まれたボールを、憲剛が足を投げ出してブロックし、ジェシが跳ね返し、稲本潤一が大きくクリアする。
試合はアディショナルタイムに突入した。
F・マリノスのコーナーキック。ゴールキーパーの榎本哲也までもがフロンターレのゴール前に上がり、捨て身の攻撃に出たが、フロンターレが凌ぐ。
F・マリノスの猛攻はさらに続く。齋藤学の左からのクロスにマルキーニョスが頭で合わせたが、ボールは右ポストに弾き返される。
15秒後、再び左サイドから、齋藤が今度はドリブル突破からスルーパスを通したが、栗原のシュートはゴールキーパーの西部洋平がセーブ。続けざまに放たれた齋藤のシュートも西部がブロックし、こぼれ球を稲本が大きく蹴り出した。
アディショナルタイムに入って4分40秒が経ったとき、稲本が俊輔を倒し、フリーキックを与えてしまう。俊輔のキックはゴール右隅に向かったが、西部が弾き出す。
ラストワンプレーとなるコーナーキック。俊輔が蹴ったボールをフロンターレが大きくクリアした瞬間に、長いホイッスルが鳴った。
俊輔はその場に崩れ落ち、しばらく立ち上がることができなかった。
憲剛は伊藤と抱き合ったあと、ピッチに膝をつき、両手を上げてガッツポーズを繰り返した。
最終順位を3位に上げたフロンターレは、翌年のACLの出場権を獲得したのである。
試合後、ヒーローインタビューに呼ばれたのは、中村と大久保のふたりだった。
女性リポーターが2013シーズンの得点王決定を告げると、中村は大久保に抱きついて祝福した。チームメイトへの感謝を口にした大久保だったが、移籍1年目で26ゴールを挙げたというだけでなく、2013年は彼にとって節目となるシーズンだった。
「今年はお父様が亡くなったということで、だからこそ得点王を取りたいという……」
リポーターからの問いかけに、大久保がタオルで目元を押さえる。溢れる涙を隠せない。
2010年の南アフリカ・ワールドカップのあと、燃え尽き症候群に陥った大久保は、日本代表で再びプレーするというモチベーションを失っていた。
しかし、日本代表で活躍する息子の姿を再び見ることを願っていた父が5月に他界し、それ以来、大久保は日本代表への想いを再燃させるようになっていた。
得点王を獲得し、日本代表にもう一度選ばれてみせると心に誓ったシーズンだったのだ。
「泣かすなよ」とリポーターにツッコミを入れた中村だったが、今度は彼が言葉を詰まらせる番だった。
「最後、伊藤宏樹選手と一緒に等々力のピッチで勝利し、喜ぶことができました」と振られると、「そうですね……すいません……」と、瞳に涙を滲ませ、苦笑いしながらうつむいた。
「途中から出てきて、キャプテンマークを渡そうか、どうしようか迷ったんですけど、緊迫してたし、渡せなかったんで、このあと渡します。いや、ほんと、宏樹さんとやる等々力の試合、最後だったんで……勝ててよかったです」
インタビューを終えたふたりのヒーローは、バックスタンドで待つサポーター、チームメイトの元に向かった。
ホーム最終戦のセレモニーが終わると、この日の主役、伊藤宏樹がベンチコートを脱ぎ、ユニホーム姿になって壇上に上がった。
オーロラビジョンには、伊藤の13年間をたどるシーンが映し出されていた。
(つづく)
<書籍概要>
■書名:残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日
■著者:飯尾篤史
■発行日:2016年4月16日(土)
■版型:四六判・324ページ
■価格:1500円(税別)
■発行元:講談社
■購入はこちら
▼これまでの話は、コチラ!!
○第17回 盟友のラストゲーム<上>
○第16回 「なんで、ニッポンにいないの?」<下>
○第15回 「なんで、ニッポンにいないの?」<上>
○第14回 「トップ下に自信がなかった」<下>
○第13回 「トップ下に自信がなかった」<上>
○第12回 トップ下としての覚醒<下>
○第11回 トップ下としての覚醒<上>
○第10回 めぐってきたチャンス<下>
○第9回 めぐってきたチャンス<上>
○第8回 コンフェデレーションズカップ、開戦<下>
○第7回 コンフェデレーションズカップ、開戦<上>
○第6回 妻からの鋭い指摘<下>
○第5回 妻からの鋭い指摘<上>
○第4回 浴びせられた厳しい質問<下>
○第3回 浴びせられた厳しい質問<上>
○第2回 待望のストライカー、加入<下>
○第1回 待望のストライカー、加入<上>
盟友のラストゲーム<下>
「完全に火がついて、モチベーションはマックスでした」
横浜F・マリノスのボールになれば必死の形相でプレッシャーをかけにいき、中村俊輔がボールを持てば、正確なパスを繰り出させまいと、厳しく体をぶつけにいった。
前半21分にはドリブルで右サイドを駆け上がって、ペナルティエリア内に切れ込んでいき、27分にはゴール前の混戦に突っ込んでいき、倒れ込みながらも中澤佑二からボールを奪って、右足でシュートを放った。
「これまでもサポーターのために、チームのために、という気持ちでプレーしてきたけど、ここまで人のために走ったのは初めてかもしれない、っていうぐらい頑張りました」
監督の風間八宏も「初めて見た」と驚くほどの憲剛のハードワークが、0-0で推移していたゲームをついに動かす。
後半9分、フロンターレ陣内の右サイドでボールを持った中村俊輔がカットインしようとしたところに、自陣の深くまで戻っていた憲剛が襲いかかる。日本代表で何度も一緒にプレーした間柄である。憲剛の頭には俊輔の癖が刷り込まれていた。
<俊さんは、絶対にボールを左足に持ち替える>
読みどおりだった。
俊輔とボールの間に体を滑りこませて奪い取った憲剛は、ドリブルで運び、ヒールパスでレナトに預けると、猛然とダッシュする。ペナルティエリア手前で大島僚太のパスを受け、左サイドの大久保嘉人にボールを送る。
大久保の渾身のブレ球シュートはゴールキーパーに弾かれたが、こぼれ球を拾った大島がゴール前にボールを送ると、レナトが豪快に蹴り込んだ。
フロンターレが先制!
憲剛がボールを奪ってから15秒。流れるようなカウンターだった。
レナトは一目散にバックスタンドのサポーターの元に駆けて行く。
ベンチ前では監督の風間が「よっしゃー」と叫び、スタッフとハイタッチを繰り返していた。
フロンターレがリードしたまま、ゲームは終盤を迎えた。
41分、F・マリノスはセンターバックの栗原勇蔵を前線に上げて、ロングボールを放り込む強引な攻撃に打って出た。
すかさず、フロンターレのベンチが動いた。呼ばれたのは、伊藤宏樹だ。
43分、レナトに代わって伊藤がピッチに入ってくる。
「ヒ・ロ・キ! 伊藤宏樹!」のコールが響きわたるなか、ディフェンスラインに加わった伊藤の姿を見て、フロンターレの選手たちは集中力をさらに高めた。
なりふり構わず放り込まれたボールを、憲剛が足を投げ出してブロックし、ジェシが跳ね返し、稲本潤一が大きくクリアする。
試合はアディショナルタイムに突入した。
F・マリノスのコーナーキック。ゴールキーパーの榎本哲也までもがフロンターレのゴール前に上がり、捨て身の攻撃に出たが、フロンターレが凌ぐ。
F・マリノスの猛攻はさらに続く。齋藤学の左からのクロスにマルキーニョスが頭で合わせたが、ボールは右ポストに弾き返される。
15秒後、再び左サイドから、齋藤が今度はドリブル突破からスルーパスを通したが、栗原のシュートはゴールキーパーの西部洋平がセーブ。続けざまに放たれた齋藤のシュートも西部がブロックし、こぼれ球を稲本が大きく蹴り出した。
アディショナルタイムに入って4分40秒が経ったとき、稲本が俊輔を倒し、フリーキックを与えてしまう。俊輔のキックはゴール右隅に向かったが、西部が弾き出す。
ラストワンプレーとなるコーナーキック。俊輔が蹴ったボールをフロンターレが大きくクリアした瞬間に、長いホイッスルが鳴った。
俊輔はその場に崩れ落ち、しばらく立ち上がることができなかった。
憲剛は伊藤と抱き合ったあと、ピッチに膝をつき、両手を上げてガッツポーズを繰り返した。
最終順位を3位に上げたフロンターレは、翌年のACLの出場権を獲得したのである。
試合後、ヒーローインタビューに呼ばれたのは、中村と大久保のふたりだった。
女性リポーターが2013シーズンの得点王決定を告げると、中村は大久保に抱きついて祝福した。チームメイトへの感謝を口にした大久保だったが、移籍1年目で26ゴールを挙げたというだけでなく、2013年は彼にとって節目となるシーズンだった。
「今年はお父様が亡くなったということで、だからこそ得点王を取りたいという……」
リポーターからの問いかけに、大久保がタオルで目元を押さえる。溢れる涙を隠せない。
2010年の南アフリカ・ワールドカップのあと、燃え尽き症候群に陥った大久保は、日本代表で再びプレーするというモチベーションを失っていた。
しかし、日本代表で活躍する息子の姿を再び見ることを願っていた父が5月に他界し、それ以来、大久保は日本代表への想いを再燃させるようになっていた。
得点王を獲得し、日本代表にもう一度選ばれてみせると心に誓ったシーズンだったのだ。
「泣かすなよ」とリポーターにツッコミを入れた中村だったが、今度は彼が言葉を詰まらせる番だった。
「最後、伊藤宏樹選手と一緒に等々力のピッチで勝利し、喜ぶことができました」と振られると、「そうですね……すいません……」と、瞳に涙を滲ませ、苦笑いしながらうつむいた。
「途中から出てきて、キャプテンマークを渡そうか、どうしようか迷ったんですけど、緊迫してたし、渡せなかったんで、このあと渡します。いや、ほんと、宏樹さんとやる等々力の試合、最後だったんで……勝ててよかったです」
インタビューを終えたふたりのヒーローは、バックスタンドで待つサポーター、チームメイトの元に向かった。
ホーム最終戦のセレモニーが終わると、この日の主役、伊藤宏樹がベンチコートを脱ぎ、ユニホーム姿になって壇上に上がった。
オーロラビジョンには、伊藤の13年間をたどるシーンが映し出されていた。
(つづく)
<書籍概要>
■書名:残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日
■著者:飯尾篤史
■発行日:2016年4月16日(土)
■版型:四六判・324ページ
■価格:1500円(税別)
■発行元:講談社
■購入はこちら
▼これまでの話は、コチラ!!
○第17回 盟友のラストゲーム<上>
○第16回 「なんで、ニッポンにいないの?」<下>
○第15回 「なんで、ニッポンにいないの?」<上>
○第14回 「トップ下に自信がなかった」<下>
○第13回 「トップ下に自信がなかった」<上>
○第12回 トップ下としての覚醒<下>
○第11回 トップ下としての覚醒<上>
○第10回 めぐってきたチャンス<下>
○第9回 めぐってきたチャンス<上>
○第8回 コンフェデレーションズカップ、開戦<下>
○第7回 コンフェデレーションズカップ、開戦<上>
○第6回 妻からの鋭い指摘<下>
○第5回 妻からの鋭い指摘<上>
○第4回 浴びせられた厳しい質問<下>
○第3回 浴びせられた厳しい質問<上>
○第2回 待望のストライカー、加入<下>
○第1回 待望のストライカー、加入<上>