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[Fリーグ]おかえり番長!! 難病を乗り越え、ピッチに戻った湘南・FP久光

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[7.16 Fリーグ第4節 湘南 3-2 大分 小田原]

 スタンドには、『おかえり番長』と書かれた横断幕が躍っていた。『番長』こと湘南ベルマーレ(Fリーグ)のFP久光重貴は、10年11月21日の名古屋オーシャンズ戦(5-10)以来、実に601日ぶりに小田原アリーナのピッチに戻ってきた。

 そこに立てていること自体が、一つの奇跡だった。10年11月28日、敵地で行われた浦安戦(1-5)を最後に、当時湘南のキャプテンを務めていた久光の名前は登録メンバーから消えている。骨髄炎を患った彼は、ピッチに立てないどころか、医師からは「歩けなくなるかもしれない」とさえ告げられていた。手術を受け、1か月以上の入院期間を経て、リハビリ生活が始まった。最初は車イスでの生活を余儀なくされる。『本当に復帰できるのだろうか?』と周囲から懐疑的な目を向けられたことは、一度や二度ではなかった。それでも彼は、泣き言を周囲にこぼすことなく「必ず復帰しますから」と笑顔で話し続け、孤独で過酷なリハビリに取り組んだ。

 そして今季、久光は湘南の一員としてメンバー登録された。大幅にメンバーが入れ替わった湘南を率いる相根澄監督は、かつてカスカヴェウ(現・町田)でプレーしていた頃に久光を誘い、競技フットサルをプレーするきっかけを与えた人物だった。相根は開幕戦の町田戦でも久光をベンチ入りさせ、古巣との一戦に途中出場させていた。第2節、第3節はベンチ入りメンバーから外していたが、第4節のホーム開幕戦でスタメンに抜擢した。

「彼は1年間以上、プレーできていませんでした。今シーズンの開幕戦の町田戦が復帰戦でした。私は今年から監督をやらせていただいているので、昨年のことは分かりませんが、昨年途中から試合に出られるくらいのパフォーマンスだったと聞いています。彼はディフェンスがしっかりできる選手ですし、戻ってきたことはチームにとって大きい。ただ、戻るにあたって必要だったのは、自信を取り戻すこと。この3週間、彼は頑張って、それが結果として表れたのではないかなと思います」と相根監督は、久光をスタメンで起用した理由を説明した。

「走れるかどうかも分からない状態だったので。戻って来れるというのが、ケガをしていた当時は想像つかなかった」と振り返る久光の努力を認めたのは、恐らく相根監督だけではなかったのだろう。対戦相手の大分のスターティング5には、実弟であるFP久光邦明の名があり、スタンドには母の姿もあった。

 1年半ぶりのホームゲームである。ともすれば感傷的になりかねない状況だったが、久光は一人のアスリートとして、目の前の試合に向き合った。そして前半9分、相手のDFの裏でボールを受け、元日本代表GK定永久男と1対1になると、落ち着き払ったシュートをゴールに流し込んだ。スタンドでは、彼のゴールに泣き崩れるサポーターもいたが、彼自身は得点後も冷静にプレーを続けた。最前線からしっかりとプレスをかけ、個人技に優れる大分の攻撃を分断した。その活躍もあり、チームは3-2で勝利。ホーム開幕戦で、今季初勝利を記録。試合後には、最も堅守に貢献した選手を中心に選定される『FAO賞』を受賞し、満面の笑顔を見せた。

「試合に出ていなかった1年という時間を、自分にとって良い時間にしたいなと思っていました。そのためにも、最初に出る試合がすごく大事だなと思っていたんです。途中から良くなっても『ああ、戻ってきていたんだ』ってなるから、一発目で戻ってきたときに良い結果を残すことができれば、いろいろな人に伝わるんだろうなと思っていました」

 理想通りになったじゃないですか。そう言うと、番長の愛称でファンに愛される好漢は「自分ひとりの力ではない」と言い、「監督がチャンスを与えてくれたからです。チャンスをもらった以上は応えないと、その先はなかったと思う。常にシビアなことを言ってくれる監督なので、そのおかげです」と、感謝の言葉を続けた。

 根っからのアスリートは、自分のいるべき場所に戻ってきたのだ。

 おかえり、番長。

(取材・文 河合拓)

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