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“怪物ストライカー”と騒がれた冬から2年、リオの星・鈴木武蔵が高校生選手たちにアドバイス

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 アルビレックス新潟の背番号28は16年リオデジャネイロ五輪を目指す世代の注目ストライカーだ。11年U-17W杯8強メンバーのFW鈴木武蔵は桐生一高(群馬)時代の一昨年、冬の全国大会で大爆発。ジャマイカ人の父と日本人の母を持つ快足FWはハットトリックを含む4ゴールで初出場だったチームを全国8強へ引き上げた。

 そしてプロ1年目の昨シーズンにはナビスコ杯で初ゴールを決め、2年目の今シーズンは5月の川崎F戦でJ1初ゴール。8月にはU-19日本代表の一員としてスペイン遠征を経験した。リオ世代のエース候補として期待高まるFWに今シーズンや五輪への思い、“怪物ストライカー”と騒がれた高校時代について、そして全国大会予選を控えた高校生選手たちへのアドバイスも語ってもらった。

―自分自身の高校3年間を振り返って
「入学した頃は正直、辞めたいなと思っていました。それくらいキツかったし、慣れなかったし。でも、そういう中でもやり続けていって、中学の時には味わえないような感動を味わうこともできたり、いろいろな思いが凝縮された3年間でした。『もう1回やれ』、って言われたらやりたくないですけど(苦笑)、楽しかったです」

―当時の練習で印象的だったものは?
「年に1回、菅平へボールを持たずに2泊3日の走り合宿へ行っていました。1日20キロくらい走りましたね。アップダウンの中、朝6キロ走って、昼は17キロ走とかして。それで、設定タイムに入れなかったら、また帰ってきてから走りがあった。自分も1回タイム内に入れなかったことがあって、その時は腰が痛くなりました(苦笑)。毎年恒例で“精神修行”みたいな感じでした。あそこ、菅平にはもう行きたくないです(笑)」

―高校サッカーの走りは精神面もタフにする。その走りは今につながっているのでは?
「あれだけキツいことをやっていたら、どんなにキツいことがあっても自分なら乗り越えられると思いましたね」

―中学の時は特別有名な選手ではなかった。高校ではまず、どういうところを伸ばしたかった?
「当時は(上を目指すという)意識とかがなくて、サッカーに対してあまり考えていなかったんですけど、高1、高2で代表に入るようになってから考えるようになりました。プロというものを意識した時に、自分に何が足りないとか意識するようになりました」

―自分の中で変わった瞬間がある?
「代表に入った時にプロのスカウトの人とかも結構見に来るじゃないですか。その中で、アピールして『プロになりたい』という思いが強くなりました」

―桐生一の練習で特にやってきたことは?
「シュートだったり、対人だったりをやりましたね。また、狭いグリッドでのポゼッションをやったり、ゲームをしたり……。最初はポゼッションとかも全然できなかったです。キックとかもいつも残って練習。中学の時はドリブルばかりやってきたので、自分はパスとかやっていなくて、左足も蹴れなかった。でも毎日練習して徐々にできるようになっていきました」

―自主練は自分から始めようと
「自分の力は全然、まだまだだなと思っていたので。最初、1年生は残って片づけをやっていて、その中で遊び感覚でやっていた。それが徐々に真剣になっていった。練習以上に汗をかくこともありましたし、1対1の練習をしたり、シュートの練習をしたり、キックの練習をしたり、仲間同士でもパス出してもらってシュートとか、結構桐生一では自主練もやっていましたね」

―2年、そして3年の途中まではチームで結果を出せていなかったと思う。最後の夏への意気込みとはどのようなものだった?
「夏ごろ、自分の中で責任というものが芽生えてきて、もっと自分が中心になってやらなければいけないと思い始めて、そこから試合中も冷静になれるようになったし、自分の中で気持ちの面が変わり始めたかなと思います」

―その変化によってチームでも才能を発揮できるようになった
「同じ年の代になってコミュニケーションが良くなった部分があると思いますし、より一層、チームのみんなとひとつになって、同じベクトルに向かってできるようになった。それまでは代表でやっていることと、桐生一でやっていることが違うので、そこで上手く整理ができないというか、自分が求められていることも代表と違った。それが夏ごろくらいからみんなとできるようになって上手くいくようになった」

―当時はまだ名前が先行していた
「インターハイ(予選)初戦で負けて、そこからみんなの意識が変わって、サッカーに対して凄くストイックになって、『選手権は絶対に取る』という雰囲気になって、コミュニケーションの量も増えて、その中で自分の意見も伝えられるようになった」

―当時、夏休みはどのような時間の使い方をしていた?
「基本、午前練だったんですよね。それで自主練して、飯食って、午後は寝ていました(笑)。」

―海外のサッカーを見たりしたことは?
「結構、YouTubeとかでファン・ペルシーとかの動画を見ていました。入学当初に比べて意識が変わって、普段もふとサッカーのことを考えてしまって、『またオレ、サッカーのこと考えていたな』とかいうことが良くありました。自分のプレーを良くイメージしていた。調子が悪い時は全然いいイメージがわかないんですけど、いい時は鮮明に5人抜いてシュートを打っているイメージとか頭の中でいろいろなことが増えてきていた」

―冬の全国大会へ向けた話もぜひ
「予選のちょっと前に半月板を怪我して、決勝までは交代で入っていたんですけど、怪我も良くなって、いいコンディションで入ることができて、決勝ではゴールを取ることはできなかったんですけど、いいプレーができた」

―高校生にとって冬の全国大会は集大成。彼らにぜひメッセージを
「やっぱり、『あの時にあれやっておけば良かった』と思わないくらい、やったほうがいいと思いますね。自分たちは県の決勝では勝てましたけれど、全国大会はベスト8で負けた。そこで『もっとできたことがあったんじゃないか』と思ったし、足りないものがあったんだなと感じました」

―やりきった感じはしなかった?
「自分たちは優勝を目指していたし、できると思っていた。でも何が起こるか分からないのが高校サッカー。強いチームが勝つとは限らないし、高校サッカーならではの勢いがあると思うので、悔いの残らないように、1日1日大切にしてほしいですね」

―鈴木選手自身ももっと1日1日を大切にしたかった?
「はい。自分は怪我が多い。でも体のケアとか高校の時にしていなかった。そういうことも、もっとストイックにできたら良かった。コンディションも選手権のときは、連戦でだんだん落ちてきてしまった。試合が終わった後の食べ物に気を遣わず、ちょっと痛くても、高校生だと若さで『いいっしょ』みたいなものがある。そこはプロになって感じましたね。高校生ではまだできないと思うので、早い段階から意識してやってほしいです」

―高校時代に着用していた練習着についても教えてください
「自分はもらったものが多かったです。選抜でもらったものとか。後輩からももらっていました(微笑)。全然自分で買っていないです」

―adidas社の部活生ならではの要望を元に開発された練習着「rengi」についての印象は
「軽いですね。着たかったですね、自分の高校時代に。(この「rengi」のように)自分はぴったりめの方がいいです。アルビレックスもこれにしてほしいな」

―洗っても5分で乾くし、消臭機能も高い
「超薄いですね。臭くならないならすごくいいじゃないですか、高校生には」

―スパイクについても聞かせてください。鈴木選手はadidas「adizero F50」を着用しています。スパイクを選ぶ上で重視している点は?
「フィット感と軽さです。『adizero F50』は、最初履いたとき、びっくりしましたね。皮もすぐになじむ。一日目の途中から足になじんできていた。自分は土ふまずが全然ないんですけど、そこもしっかりとサポートしてくれています」

―デザイン含めてとても気に入っているスパイク
「デザインも格好いいですね。足元が目立つので格好いいです」

―履き心地は中学時代からずっと意識してきた点?
「だいたい皮のスパイクを選んでいましたし、フィット感は凄く大事にしてきました」

―その高速スパイクとともに世界へ。鈴木選手は世界で勝負できるFWとして期待されている。実際にU-17ワールドカップで世界を経験した
「もっとできると思っていたので、自分自身としては悔しかったですね。」

―世界でも注目されて、チームはベスト8まで行ったけれど、心残りのほうが大きい?
「自分の力を出せなかったですね。もっとできると思っていた。ああいった大会で点をもっと取って、一番注目を集めるくらいになりたいですね。いつも一番になりたいと思っています」

―鈴木選手はリオデジャネイロオリンピックの世代です。やはり、オリンピックは意識する?
「その意識は持っていますね。選ばれなきゃいけないと思っています。まだ3年ある。直前まで選ばれるかどうか分からないので、まずはチームで結果を残していって、試合に出ることが大事だと思っています」

―世界で一番になる
「大輔くん(元新潟で現柏の鈴木大輔)のオリンピックとか見ていて、同じチームにいる選手がああやって良いスタジアムとか、すごい大会でプレーして、メダルは取れなかったですけど、4位までいった。日本は優勝する力があると思う。自分たちの代では優勝して、メダルを持って帰ってきたいですね。メダル持ってみたいです。あんな、ずっとテレビで見てきた大会でメダル取れたら、とても嬉しいはず」

―U-17W杯では日本が勝つことの難しさも感じた
「基本技術は日本の方が高い。でも海外の選手は成長が早くて、フィジカルとかも大人の体のようだった。その差はしょうがない。あと海外の選手はボールを持てばドリブルも積極的に仕掛けてくるじゃないですか。サイドに入ったら絶対に1対1を仕掛けてくる。そういう面での考え方も違うなと思った」

―精神面の違いは感じた?
「全然違いましたね。一人ひとりの気持ちが強い。メキシコの選手は監督に『オレはこうやりたい』とか意見して。みんなが個人の意見を持っている。日本では監督に言う選手っていないじゃないですか。そこが凄く違うなと思いました」

―プロ2年目の今シーズン。ここまではどのように感じている?
「去年よりもサッカーに対してさらに真剣になれました。監督の指導もあってサプリメントとか、朝食とかもすごく気を遣うようになりましたし、疲れているときに体になにがいいのかトレーナーに聞いたり、考えるようになりました。より一層、自分の体に気を遣うようになった。怪我が多いので、自分の体のちょっとした変化に敏感になった。以前はちょっと痛くても『大丈夫』と思ってやっていたけれど、今は小さな変化に気を遣って、前よりも波が少なくなったと思います」

―ピッチに立てば結果を残している
「まだまだ通用する部分と、しない部分がある。ドリブルとか、裏への抜け出しとかはできる場面もありますけれど、もっと増やしていかないといけない。ヘディングだったり、くさびだったりがまだできていない。ピッチに入ったときには自分の特長を出していこうと思っています」

―最後に現時点での目標や注目してほしいところを教えてください
「自分は流れを変えなきゃいけない選手だと思うので、自分が出たら何も恐れずにしっかり、思い切ってプレーして、今シーズンあと4点くらい取りたいなと思います。そして来年、さらに増やしたいです」

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(取材・文 吉田太郎)


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