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ケルン入団の長澤を直撃インタビュー「自分が活躍して大学サッカーの価値を上げたい」

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 専修大からブンデスリーガ2部ケルンへの入団が決まったMF長澤和輝が今月4日、ドイツに向けて成田空港を出発した。ゲキサカでは出発直前の長澤を直撃インタビュー。Jリーグの複数クラブからオファーを受けながらも、大学サッカーから直接、海外に挑戦する道を選択した22歳のMFに新天地へ飛び立つ現在の心境を聞いた。

―いよいよドイツへ出発ですが、今はどんな心境ですか?
「この日程でドイツへ行くということは少し前から決まっていたので、今は『飛行機、長いな』というぐらいですね(笑)」

―昨年11月末にも2週間ほど練習参加しているので、気持ちも楽ですか?
「環境面や、どういうふうに練習するかというのは前回行ったときに体験しているので、そのイメージを持って行こうとは思っています」

―悩んだ末の決断でしたが、あらためてケルンを選んだ理由は?
「これまで大学サッカーから直接海外に行くという選手はいませんでしたが、ありがたい話をいただいて、Jリーグのクラブからも熱心に誘っていただきましたが、単純に自分がチャレンジしたいという強い思いがあったので、ドイツに行こうという決断を下しました」

―最大の決め手は何でしたか?
「去年の3月に全日本大学選抜の遠征で1週間ほどドイツに行きました。そのときにもケルンの街に行ったり、向こうのチームと練習試合もしました。体の大きさや速さ、強さというのは、ドイツは世界でもトップレベルだと感じましたし、そういう厳しい環境の中で自分がどれだけできるかを試してみたいと思って、チャレンジすることを決意しました」

―今季は残り半年ですが、来季に向けてではなく、今季から出場機会をつかんでいきたいと思っていますか?
「昨年、2週間ほど練習参加したときはリーグ戦やカップ戦がある時期で、コンディション調整の要素を含めたトレーニングが多かったので、どれぐらいのレベルでどういう練習をするのか、100%分かったわけではないんですが、できるだけ早く向こうの環境に慣れて、少しでも試合に絡めるようにしたいと思っています。決して半年後からやろうという考えはないです」

―大学選抜の遠征や練習参加の中で自分が通じると思った部分はありましたか?
「横からの当たりや高さではかなわないと思いましたが、ギャップギャップに顔を出して、相手にとって嫌なポジションを取ったり、ボールの置きどころや相手の重心の逆を取ったり、そういう細かい部分の技術で戦えば通用する部分もあると感じました」

―昨年の練習参加のときは言葉の部分で苦労したと話していましたが、ドイツ語は勉強していますか?
「めちゃくちゃ勉強しているわけではないですけど、向こうに行ったら嫌でも覚えないといけないと思うので(笑)」

―通訳は付くんですか?
「そこはこれからチームと話し合わないといけないところですが、自分でもドイツ語を覚えていかないといけないとは思っています。ただ、いきなりチームに入ってコミュニケーションを取るというのは難しいと思うので、通訳の方に付いてもらいたいなという気持ちはあります」

―ケルンというチームの印象はいかがですか?
「向こうに行ったときにホームでの試合を1試合見たんですが、相手がアウェーということもあって、ブロックをしっかりつくって、あまり攻めてこないという試合でした。ケルンがポゼッションして、パスを回して攻撃するというシーンが多かったので、自分が中に入ったらうまく適応できる部分もあると思いましたが、まだあまり見ていないので、どんなチームか完全にはつかめていません。その試合も4万5000人ぐらいの観衆が入っていて、日本とは全然違う雰囲気があるなと感じました」

―ドイツで成功するために何が必要だと考えていますか?
「自分が通用するか、しないかというは、自分に力があるか、ないかにかかわってくると思いますが、それだけではなく、コミュニケーションや海外の生活にストレスを感じることなく、サッカーに集中できる環境を自分でつくることも大切だと思っています。自分の強みをチームで出していきたいですし、そのためにコミュニケーションや環境が必要だと思います。そういう意味でのコンディショニングを自分で整えられればいいかなと思います」

―現在着用しているアディダス最新スパイク『パティーク 11プロ』の履き心地はいかがですか?
「2、3か月前から履かせてもらっていますが、革もカンガルーレザーで足に馴染みますし、ボールを蹴ったときのタッチ感もすごく気に入っています」

―ドイツに本社があるアディダスのサポートを受けてスパイクを履けるのは心強いですね。
「サッカーをするうえでスパイクは重要なものですし、大学リーグのときから履かせてもらっていたので、いい感覚を持っていたスパイクを引き続き履けるということをうれしく思いますし、サポートしてもらえることにも感謝しています」

―向こうで住む場所は決まっているんですか?
「まだ決まっていないので、最初はチームが指定した場所に泊まって、そこからですね。最初は一人で行きますが、部屋が決まったら、環境に慣れるまでは母が来て、食事をつくってくれることになっています」

―22歳という年齢で海外に行くことについてはどう思いますか?
「自分の年齢についてはあまり考えてないですが、世界の流れからいったら早い方がいいと思います。専修大の源平(貴久)監督に『ここで行かなかったら、今後、お前が海外に行くことは絶対にないぞ。Jリーグに行って、そこの環境に慣れてしまったら、自分の気持ち的に外に出づらくなるぞ』と言われて、その言葉が印象的でした」

―家族は海外に行くことを心配しませんでしたか?
「『いいなあ』って言われました(笑)。父も昔、4年ぐらい海外に住んでいて、姉も一昨年ぐらいに海外に1年間留学していたんですが、家族みんながそういう経験をしていたので、海外に行くということに抵抗はなかったんだと思います」

―長澤選手にとって源平監督はどんな存在ですか?
「自分が活躍できていないときには厳しい言葉も口にしていただけましたし、自分の可能性を信じて使い続けてくれました。『お前はプロでやるんだ』と強く言い続けてくれた人なので、自分の支えになる存在でした」

―大学1年時の2部優勝から大学の4年間では毎年優勝を経験してきました。
「終わってみると優勝しかしていませんが、やってきた過程の結果が優勝になっただけで、もちろん自分一人の力ではなく、周りに素晴らしい選手がいる環境に恵まれたおかげだと思っています。チームとしても個人としても、能力を高めるためにいろんなことを考えながら4年間やってきたので、そういう4年間を専修大で過ごせたことはよかったと思っています」

―大学4年間で一番成長した部分はどこだと思いますか?
「スキルの部分もそうですが、高校のときは実家に住んでいたので、部活が終わって帰ってきたら寝るだけという生活でした。大学に入ってからは、朝の1時間半の練習以外は、どんな生活をすればいいか、すべて自分に任された状況でした。朝の6時半にグラウンドに集合して、7時から練習。9時からは体育の授業でグラウンドを使いますし、午後は別の部活がグラウンドを使っていました。高校時代とは全然環境が違いましたし、朝練だけなので、最初は体も付いてこなかったですが、夜も早く寝ないといけないですし、その中で自分がどうしたら成長できるかを常に考えながら生活してきました。そういう意味で、考える力は伸びたんじゃないかと思います」

―今後はドイツでも日本の大学サッカー出身選手として見られていくことになります。
「大学サッカーからそのまま海外に行くというケースがない中で、その第一人者として自分が通用しなかったら、大学サッカーがそういう評価になってしまうと思いますし、逆に自分が活躍できたら、もっと大学サッカーに注目してもらえるきっかけになると思います。それをプレッシャーに感じているわけではないですが、向こうで少しでもいいプレーをして、大学サッカーの価値を上げたいと思っています」

―今後のキャリアとして、どんな未来を思い描いていますか?
「そんなに明確に描けているわけでなく、漠然としているんですが、小さいころからサッカーが好きで、ずっとやってきて、プロの世界で活躍したいですし、できるだけ長くサッカーをしたいと思っています。サッカー選手として、どんどん上を目指して、高いレベルでやりたいという気持ちはあります」

―いつか日の丸を付けたいという気持ちは?
「もちろん、プロのサッカー選手になる以上、日本代表を目指してやっていきたいと思っています」

(取材・文 西山紘平)


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