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ザックジャパン総括(4)ザックが遺したもの ロシアへの課題

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退任監督が次期監督に求めた「継続」

 グループリーグ敗退が決まったコロンビア戦から一夜明けた6月25日、ベースキャンプ地のイトゥで記者会見を行ったアルベルト・ザッケローニ監督、そしてメディア対応を行った選手たちは一様に、この4年間の方向性を今後も継続すべきだと主張した。

 ザッケローニ監督は、自身の退任を表明した、まさにその場で「これまでやってきたことを信じて、継続してやっていくことが大事だと思う」と力説し、見知らぬ次期監督に対しても「アドバイスするとすれば、継続してこの道を進んでいくべきではないかということは言いたい」と言及した。

 1分2敗という結果では、説得力が出ないかもしれない。しかし、その結果に責任を感じているからこそ、日本サッカーの方向性がブレることに危機感を持っているかのようだった。

 その思いは選手も同じだ。キャプテンのMF長谷部誠は大会前、「このW杯で、日本サッカーの未来を自分たちがつくり上げていきたい」と意気込んでいた。日本らしいスタイルの確立。結果でそれを成し遂げることはできなかったが、4年間のすべてが否定されるべきでないというのは選手たち共通の願いでもある。

 34歳で自身3度目のW杯に臨んだMF遠藤保仁は「攻撃的に行くという姿勢を忘れずにやったことは正しかったと思う」と振り返った。4年後のロシアW杯時は38歳。そのピッチに立っていることを想像するのは現実的ではないベテランは、しかしだからこそ、あとに続く後輩たちを思い、「攻撃的なスタイルを捨ててまで、日本の進むべき道が守備だとは思っていない」と強い口調で語った。

 自分たちでボールを保持し、パスをつなぎながらスピードとインテンシティーを持ったコンビネーションで相手を崩していく。格上とされる相手にも勇気を持って仕掛ける姿勢を出し、自分たちのサッカーを貫く。ザッケローニ監督の下、4年間目指してきた「日本らしいサッカー」は、何も4年前に突如、始まったわけではない。

 岡田武史前監督もまた「接近・展開・連続」をキーワードにして日本らしいスタイルを追求してきた。しかし、南アフリカW杯直前の4連敗という結果を受け、守備的なスタイルに転換せざるを得なかった。結果、W杯本大会ではベスト16という成果を残したが、0-0のまま120分間でも決着を付けられず、PK戦で敗れた決勝トーナメント1回戦のパラグアイ戦は、そんな守備的サッカーの“限界”を示した一戦でもあった。

 4年前は、自分たちのサッカーをしたくてもできない現実があった。しかし、少なくとも今回は、ピッチ上で出そうとする段階までは来ることができた。実際に表現できたのはコロンビア戦の前半45分間だけだったとしても、4年前から“半歩”前進したことも確かだ。だからこそ、選手たちは時計が4年前に逆戻りすることを恐れていた。

「個の力」という永遠の課題

 日本らしいサッカーをピッチで表現するためには何が必要なのか。選手たちが声をそろえたのは「個の力」を伸ばすということだった。それは4年前の南アフリカW杯後に聞かれた課題と変わっていない。

 FW本田圭佑はコロンビア戦翌日、「個と言っても抽象的だけど、作業としては多すぎる。個のすべてを改善するわけにはいかない」と、厳しい現実を突き付けられたかのように苦渋の表情を浮かべていた。

「個の力」と言うと、単純に技術やフィジカルといった能力面に目がいきがちだが、本当に必要なのはメンタル面における「個」の強さではないか。FW香川真司がブラジルで力を出し切れなかったのは、明らかにメンタルの問題が大きかった。

 ザッケローニ監督は本田のことをしばしば「パーソナリティーを持っている選手」と表現した。個人よりも組織を優先しがちな日本文化においては異質に映る本田の強烈な個性も、イタリア人指揮官から見れば、サッカー選手にとって重要な素養の一つだった。

 自分自身を追い込み、周囲に影響を及ぼし、チーム全体を牽引する強い個性。それを持っている数少ない日本人選手だったからこそ、ザッケローニ監督は4年間、本田を中心としたチームをつくり、W杯でも命運をともにした。今大会の本田は決して万全のコンディションではなかった。それでも1ゴール1アシストと、日本の全ゴールに絡んだ。それこそがまさに「個の力」だろう。

 個々のポジションで見れば、課題として浮き彫りになったのはゴールキーパー、センターバック、そしてセンターフォワードだ。DF吉田麻也は大会後に「これからも多くの選手が海を渡ってプレーすることになると思うけど、今は中盤の前めの選手が多い。今後はディフェンダーやゴールキーパー、フォワードも多くならないといけないのかなと思う」と指摘した。

 もちろん、ただ単に海外に移籍すればいいというわけではない。4年前の南アフリカW杯では23人中わずか4人だった海外組が、今回は過半数の12人を数えた。マンチェスター・ユナイテッド、インテル、ミラン……。世界的なビッグクラブでプレーしている選手もいた。それでも「個の力」はまだまだ足りないというのが、ブラジルで示された答えだった。

 試合に出場する、試合で活躍するのは当然として、W杯で対戦するようなビッグネームと日常的に対戦を重ね、身を持って世界を体感することが“慣れ”を生み、必要以上の恐怖心を拭い去るはずだ。コートジボワール戦ではFWディディエ・ドログバ、コロンビア戦ではMFハメス・ロドリゲスの投入をきっかけにして日本は崩れた。過度の警戒心が選手を委縮させ、チームは混乱に陥った。

 海外組だけではない。数多くの日本人選手が海外に流出しているからこそ、Jリーグに世界の一流選手が参戦してくるような環境をつくっていく必要があるのではないか。中東や中国、アメリカでは華々しい移籍ニュースが飛び交っている。金銭面という現実的な問題はあるだろう。しかし、大会方式の変更という小手先の善後策ではなく、クラブとリーグが一体となって抜本的な解決策を模索していかない限り、Jリーグの空洞化は進み、日本サッカー全体の地盤沈下を生むことになる。

 代表チームとして、世界を経験する機会はどうしても限られる。W杯アジア予選やアジア杯など、公式戦はアジア同士の対戦ばかりだ。ザックジャパンは積極的に海外遠征を行い、ブラジルW杯でも8強入りしたフランスやベルギーを下し、オランダと引き分けるなど結果を残してきた。しかし、親善試合と公式戦は違うことも、あらためて現実として突き付けられた。普段、アジアを舞台にして戦わなければならないという“ハンデ”を乗り越えるには、選手が個々に世界を肌で感じる機会をつくり、かつそこで“勝つ”という成功体験を積み重ねていくしかない。

次期監督に求められる条件 選手に足りなかった応用力

 “世界”の経験が求められるのは、選手だけではない。クラブでの経験は豊富だったザッケローニ監督だが、代表監督は日本が初めてだった。6月25日にベースキャンプ地のイトゥで行われた退任会見では「代表チームの難しさを感じた」と率直に語ったが、偽らざる本音だろう。

 選手のマネジメントについても「選手は所属クラブでやり慣れているプレーを出そうとする。それを代表チームに来たときに修正することもあるが、それをすると、その選手の持っている感覚や根本的なプレーを削ってしまうリスクがある」と指摘。「アドバンテージとディスアドバンテージを天秤にかけ、選手たちの本能的なものを排除するのはよくないという結論に至った」と、4年間を通じて苦慮してきたことをうかがわせた。

 W杯という最終目標に目を向ければ、大会全体でも1か月、グループリーグだけを見れば約10日間に凝縮された短期決戦だ。「W杯というのは、(シーズンで)38試合あるリーグ戦ではない」と指揮官自ら認めたように、実際にW杯を戦い、なおかつ勝ち抜いた経験を持った監督というのは、次期監督に求められる重要な条件の一つになるだろう。

 とはいえ、どれだけ監督が入念かつ周到な準備を施したとして、試合が始まれば、いくらでも想定外の出来事は起こる。試合の中での選手の対応力というのは、今大会で出た大きな課題の一つだった。

 自分たちでボールを保持し、日本人の俊敏性やコンビネーションを生かすスタイルを目指すのはいい。しかし、それを封じられたときにどうするのか。次の引き出しがなかったのは、監督のチームづくりの問題であると同時に、選手個々の資質に左右される部分でもある。

 その意味で、日本サッカー協会の育成方針は本当に正しいのかということも見直す必要があるのではないか。年代別のユース代表から一貫して「日本らしいサッカー」という一つのスタイルに固執する育成方法が、選手の柔軟な発想や応用力を奪ってはいないか。ザッケローニ監督が目指したサッカーは、日本サッカー協会の育成方針にも合致していた。そして、今後もこの方向性は継続されるだろう。それ自体は悪くない。しかし、それだけではないはずだ。

 A代表という日本サッカー界のトップに君臨する選手たちが、一つの形にとらわれるあまり、何の打開策も見い出せずに混乱のまま終わっていった光景は残酷ですらあった。日本サッカー協会は今、どれだけの危機感を持っているか。それこそが4年後の成否を分けることになる。

(取材・文 西山紘平)

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