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寝坊の引責、インカレ出場できず…阪南大10番FW山口が見た4回生の背中

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 その場所に立つはずだった。日本一を決めるピッチで阪南大の背番号10として、プレーする日を心待ちにしていた。しかし自らの過ちによって、チャンスは失われてしまった。「自分が出ていたら、どうなっていたかな……」。失意の大会を過ごした阪南大FW山口一真(2年=山梨学院大附高)は今、後悔の念を払拭するかのように必死に前へ踏み出そうとしている。

 全日本大学選手権(インカレ)開幕を目前に控えた12月上旬、東京入りわずか数日前の出来事だった。寮生活の山口は寝坊してしまい、練習に出られないほどの遅刻をしてしまったのだ。「やばいと思った。焦りました」と当時の心境を語る。この失態により、山口は大会メンバーを外れるかに思われたが辛うじてメンバー入り。東京へ向かうことになった。

 しかしチームに帯同したものの、山口は「試合には出られずにチームのサポートという形でした」という日々を過ごすことになった。今季、須佐徹太郎監督から期待を込めての背番号10を与えられたFWだったが戦力になれない毎日が待っていた。

 山口を欠いたチームだが、FW前田央樹(3年=福岡U-18)の活躍もあり、順調に勝ち上がると2年連続の4強入りを果たす。自身が試合へ出られないなかでチームが見せた快進撃。「複雑な気持ちでしたけど、チームが勝っているのは嬉しかった」と振り返る。

 勝ち上がって迎えた準決勝前には、須佐監督が山口の“禊”は済んだと判断。チームへ戻そうとしたが、4回生がこれを止めるという出来事があった。MF松下佳貴(4年=松山工高)主将や守護神であり主務のGK大西将(4年=阪南大高)ら学生幹部は、2年生FWを外したままにすると決めたのだ。主力MF脇坂泰斗(2年=川崎F U-18)を骨折で欠くなか、山口の不在は戦力としてマイナスになっていたはずだった。それでも4回生はチームとしてのスタンスを貫いた。

 準決勝を前にした宿舎で大西ら学生幹部から呼ばれた山口は「今のままではチームへ合流するのは見送る」と告げられ、「わかりました」と応じたという。「向こうの気持ちを聞いて、自分の気持ちも伝えられた」ことから、意外にもすんなりと受け入れられた。「僕がチームの雰囲気を壊したのでメンバーに入れなくて当然だと思います」と話すとおりだ。

 4回生が山口を出場させないという決断を下した背景には、主務であり、守護神としてチームの屋台骨を支えてきた大西の存在があった。「一人の部員の遅刻や欠席をうやむやにして、これではあかんと。このままでいいのか」と熱弁。「今年一年でまとまりきらなかったのは4回生の責任だけど、最後に“膿”を出そう」と組織としてのあり方を説いた。チーム内へ不安因子があるならば、日本一を目指すためには取り除くと決心したのだ。

 いささか厳しい態度に思え、山口がただ一人弾かれたようにも見えるがそれは違う。学生幹部たちが、教育の場でもあるという大学サッカーの本質を理解していたからこその決断だった。これまでの阪南大だったら、見てみぬふりをしていたかもしれない。しかし主力選手といえど、組織のルールを守れなかったからといって、うやむやにしていいわけはない。どんな選手でも、阪南大の一員として自らの責任は負うべきだと考えて、4回生は決めた。

 腹をくくって決意した大西について、DF甲斐健太郎(3年=立正大淞南高)は「将がいなかったらチームはもっとぐちゃぐちゃになっていた。常にまっすぐにぶつかってきてくれて、ピッチでは後ろから引っ張ってくれた」と称え、MF重廣卓也(2年=広島皆実高)は「自らいい意味での嫌われ役を買って出てくれて。嫌われ役になるなんて、厳しいことなのに。それがチームとしてまとまれた要因だと思います」と言う。山口と同級生の重廣だが「一度使わないと決めたなら、そうした方がいい。幹部の考えはあっていると思う」と先輩たちの判断を尊重する。

 この4回生の決心には厳しさだけでなく、後輩へ成長を促す優しさも込められていた。「僕らに出来るのは言い続けることだけ。あとは本人の自覚の問題。でもああやって話したことによって、気づかせてあげることはできたかな」と大西は言う。今回の件をなし崩しにしていたら、山口はチームへ甘えたまま、大学サッカーでそこそこ出来るだけで満足してしまっていただろう。しかし、今回の一件を機により高みを目指して欲しいというのが、先輩たちの思いであり、そこには未来の阪南大を案ずる気持ちもあった。

 4回生が下した決定。これが正しかったかどうか、今の時点で判断はつかない。阪南大は全日本大学選手権の決勝で敗れ、準優勝に終わったらからだ。悔い改めた山口がピッチ内外ともに頼れる存在になり、阪南大がチームとしての成熟度を増したとき、この決断は正しかったといえるようになる。

「自分の軽い行動がチームに迷惑をかけてしまった」と悔やむFWは「これからチームの主軸になれるように。今年はこういう形になってしまったので、来年のインカレではチームの中心になれるように、新3年生を中心に力を合わせていきたい」と力を込めた。

 「監督につけさせてもらった10番なので、その重みに恥じないプレーをしないと」。ユニフォーム姿で話していた山口は、10と描かれた部分へ視線を向けて静かに誓った。こんなところで終わるFWではない。先輩たちの思いを汲み取り、甘んじることなく自らに鞭を打ち、阪南大のエースとして結果を残す。全国のピッチへ戻ってくるべき選手なのだから。その背中を多くの人が押している。あと一歩は自らが踏み出すしかない。

(取材・文 片岡涼)

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