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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:33日ぶりの手応えと咆哮と(新潟・小塚和季)

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東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 33日分の想いを右足に乗せて叩き付けたボールは、ゴール左隅へ一直線に突き刺さる。「いつもはあんなゴール前まで行かないんですけど、自分でも何であそこに走ったのかわからない感じです」と話した決勝ゴールのスコアラーは、「早く帰って映像で確認します。もう覚えていないので」と笑う。1年半に及ぶレノファ山口での武者修行を経て、アルビレックス新潟の選手としての公式戦初ゴールを決めた小塚和季。ただ、この日に至るまでの1か月強。21歳の若者は試練とも言うべき時期を過ごしていた。

 主力選手としての地位を築いた山口のJ2昇格を手土産に、2シーズンぶりに新潟へと復帰した今シーズン。新指揮官として就任した吉田達磨監督の下、栄えあるリーグ戦の開幕スタメンにも名を連ねた小塚は、公式戦での出場機会を重ねていく。そのプレーが手倉森誠監督の目に留まり、4月の静岡キャンプでリオ五輪を目指すU-23日本代表にも初招集。「『代表というのは独特な雰囲気だな』と。自分のことができなければ周りは助けてくれないですし、みんなに『残りたい』という気持ちがあって、“勝負の場”なのかなという風に思いましたし、自分も代表に入りたい気持ちが強まったキャンプでした」と大いに刺激を受けた。「新潟でも試合に出続けるだけですね。自分ではそんなに悪くないと思っているので、あとはどう結果を出すかが大事だなと思います」と日本平のミックスゾーンで語った2日後、広島戦に78分から途中出場した彼の名前は、しかし以降のメンバーリストから完全に消えてしまう。

「五輪代表から帰ってきて監督から言われたのは『普通になっちゃった』と。少し難しいことを言われたんですけど、まとめると『フレッシュさがちょっと欠けている』と。『もっと貪欲に人とは違うことをやって欲しい』ということでメンバーから外れていたんです」と明かした小塚。その時期のことを報道陣に問われ、「普通に練習していました。いつ出番が来てもいつも通りのプレーができるように、メンバー外でも戦う気持ちはずっと持っていましたし、メンバー外だからということで沈むことなくプレーできていたと思います」と返したものの、普段から練習に通い詰めている旧知の記者が「本当に沈んでいなかったですか?」と質問を投げ掛けると、「沈んでいなかったです。沈んでいたように見えたかもしれないですけど、俺の中では全然沈んでないです」と言い切るあたりにプライドが滲む。そんな時期を支えていた1つの要因は古巣の躍動だ。「僕も山口から帰ってきたという立場で、凄く山口の試合も気にしていて毎試合見ていますし、セレッソにもああいう形で勝って、『自分も負けていられないな』と思っていました」。自身を成長させてくれた山口を取り巻く人々への感謝は尽きない。今いる場所で活躍することが、新潟と同じオレンジを纏った彼らへの恩返しだという気持ちは常に持ち続けている。

 33日ぶりの公式戦はナビスコカップの柏戦。序盤からかなり押し込まれる展開の中、27分には自陣エリア内で小塚の出した味方へのパスがミスになり、あわやというシュートを打たれてしまうが、「正直ああいうミスはやっちゃいけないですけど、『やられなかったからラッキー』みたいな感覚でやっていました。それを引きずっていたらどんどんボールを受けなくなっていたと思うので」と本人は意に介さない。そのプレーに対して吉田監督は「自陣のペナルティエリアの中で相手を外すような、ちょっとセオリーから外れたようなことも少しやりましたけど、それでもボールを欲しがらないとかプレーしないよりは本当に何百倍もマシな判断ですし、そこの絶対的な自信というのがだんだん甦ってきていると思います」と口にしている。『絶対的な自信』。それこそ指揮官が小塚に求めてきたものであり、それが甦ってきたからこそ、この日の起用に踏み切ったはずだ。監督によっては前半だけで交替させられてもおかしくないようなワンプレーではあったが、後半もピッチに立った彼が決勝ゴールを、しかもスーパーなゴラッソでマークするのだからサッカーはわからない。

 柏の猛攻が続いた後半のアディショナルタイムには守備でも魅せる。スルーパスに抜け出した伊東純也がエリア内でマイナスに折り返すと、小塚は懸命に戻って間一髪でクリア。「ミーティングでも『マイナスの所はしっかり戻れ』と言われていましたし、いつもだったら戻っていなかったかもしれないですけど、1つのミスで点を奪われるのがJ1だと思うので、あそこはしっかり戻り切れていて良かったです」と自身も振り返ったワンシーンは、美しいゴール以上に彼の成長を感じさせる瞬間でもあった。

「ここ2週間はコンディションを上げています。光るモノは見せ出しています。回数は少ないですし、量も少ないですけど」と会見で小塚に対して言及した吉田監督は「今日は彼と成岡翔だけが何にも飲まれずにプレーを90分間やったと思います」とも続けた。そのことを本人に告げると、「メチャ嬉しいです。今それを聞いて『そんなことを言われるんだな』と思いました。そう言ってもらえるのは本当にありがたいです」と相好を崩す。吉田監督から期待されていることは十分に感じているし、その期待に応え切れていないこともまた十分過ぎるほどに感じている。「監督から言われていることはわかっているんですけど、それを自分の中でどういう風に表現したいのかがまだわかっていなくて。でも、その正解がゴールかどうかはわからないですけど、ゴールを奪うということも“貪欲さ”や“フレッシュさ”に含まれているのかなと思います」。ゴールという1つの結果は出した。指揮官から一定の評価も得た。それを生かすも殺すも、これからの彼次第であることは言うまでもない。『絶対的な自信』を取り戻すための日々が、再び聖籠で小塚を待っている。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務し、Jリーグ中継を担当。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」


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