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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:復権の予感。上州のゼブラ軍団、広島を駆ける(前橋商高)

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東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 開口一番「体に悪いや」という言葉が自然と口を衝いて出る。自らの母校を率いることになって3シーズン目。4年ぶりとなる夏の全国切符を手に入れた前橋商高を率いる笠原恵太監督は、そう言って苦笑いを浮かべつつ、同時に安堵の表情もその顔に滲ませた。舞台は高校総体の群馬県予選決勝。伊勢崎商高を延長戦の末に2-1で振り切った上州のゼブラ軍団“マエショウ”が、久々に全国の舞台へ帰ってくる。

 高校選手権では第67回、第68回と2大会連続で全国ベスト4まで進出し、国立競技場のピッチで躍動。以降もコンスタントに全国大会への出場を重ね、元日本代表の高橋秀人(現FC東京)や岩上祐三(現大宮)、清水慶記(現群馬)など数々のJリーガーを輩出している、群馬が誇る名門の前橋商。だが、記録を遡ってみると最後に選手権予選で群馬を制したのは12年前のこと。近年は台頭してきた桐生一高の壁に上位進出を阻まれることも多く、永遠のライバルとも言うべき前橋育英高との“県内2強”の座は、その桐生一に奪われてしまったと見る向きも少なくない。在学時には国立の芝生を踏んでいる笠原監督も、「本当は王者の戦いとかもしたいんですけどね」と前置きしながら、「選手も『まずは守備』ということをきちっと理解して、『それができなければ攻撃の練習をしてもしょうがないだろう』という形で取り組んでくれています。どうしても我々は一番手じゃないですからね」と現実を見据えたチーム作りに着手している。

 昨年のチームは非常にまとまりのある好チーム。5月の県総体で優勝を飾り、臨んだ関東大会ではその半年前の高校選手権で全国4強を経験した選手も数多く擁していた日大藤沢高と激闘を展開。2-2からのPK戦で涙を飲んだものの、敵将の佐藤輝勝監督も「いやあ、“マエショウ”は嫌なチームでしたねえ」と最大限の賛辞を口にした。直後の総体予選では準決勝で桐生一に0-1で敗れたが、秋の選手権予選は順当に勝ち上がり、準決勝で前橋育英との“前橋クラシコ”が実現する。ただ、チャンスの数でみれば前橋商が上回っていたゲームは、試合終盤の後半36分に失点を許し、結果的に0-1で惜敗。笠原監督も試合後に「やっぱり黄色と黒と白黒の縦縞が対戦する意味は本人たちもわかっていますし、こちらが触れなくても自然に気持ちは入っていたと思います。総合的な力は向こうが上だと思いますけど、この試合に関してはチャンスがあったので残念ですね」と悔しさを露わにする。終わってみれば総体予選も選手権予選も県ファイナルのカードは前橋育英対桐生一。手応えを掴みつつも、“新・県内2強”との差を突き付けられる1年となった。

 新チーム初の公式戦となる今年1月の新人戦。しかし、この大会で昨年からのレギュラーが半数近く残っていた前橋商は、ベスト16での敗退を余儀なくされる。またもやファイナルのカードは“新・県内2強”対決。「新人戦で負けた試合は雪の日だったんですけど、後ろもダメだし前もダメだということで、まず守備をしっかりやり直そうと決意した」(笠原監督)「新人戦が不甲斐ない結果に終わってしまったので、キャプテンとしてしっかりしないといけないと思い直した」(木村海斗)と2人は当時を振り返る。新人戦までアタッカー起用の多かった風間朝陽をCBに据え、守備のテコ入れを図った県総体は、なんと6試合連続無失点で連覇を達成した。それでも、「関東大会予選の県総体を優勝した時に昨年と表情が違いました。昨年はフワフワした状態でしたけど、今年は『俺たちが目指すのは関東じゃないよ。インターハイの全国だ』と。今のチームは僕が言う前にそういう雰囲気になっているんです」と笠原監督。チーム全員がその想いを共有して、総体予選を迎えることとなる。

 前橋育英がベスト16で常磐高に敗れる波乱の展開となった今年の総体予選。準々決勝で前橋商は新人戦王者の桐生一と激突する。この大一番でチームは「思い切って凄く良い試合をしてくれた」と笠原監督も認めるパフォーマンスを披露し、セットプレーからの風間の決勝ゴールで難敵を1-0と撃破した。それでも「ヤマは桐一だと思っていたので、勝てたことも無失点も自信になりましたけど、過信し過ぎてはいけないというのはわかっていました」とキャプテンの木村。続く準決勝を3-0でモノにすると、前述した通りに決勝は延長戦までもつれ込みながらも、「絶対全国に行ってやろうという気持ちでやっていました」という星野周哉の2ゴールで伊勢崎商に競り勝ち、4年ぶりに県の頂点へと返り咲いてみせた。

 クラブチーム出身者が大半を占める前橋育英や桐生一に対して、前橋商は中体連出身者も含んだメンバー構成となっている。ただ、それゆえに「強い者を倒してやろう」という気概を持って、前橋商の門を叩いた者も少なくない。伊勢崎第三中学校サッカー部出身の木村は「私立は頭になかったので、公立で全国を目指すんだったら“マエショウ”しかないなという気持ちでいましたし、あの白黒のユニフォームに憧れていました」と明かし、子持中学校のサッカー部でプレーしていた星野も「育英を倒して全国に行きたかったので、“マエショウ”しかないかなと思って来ました。中学出身なので走ったり泥臭くやることには自信があります」と力強く語っている。加えて、まさに県内が前橋商と前橋育英の2強時代だった頃を選手として知る笠原監督も、現状に対して「悔しい想いで何とかしたいと思いますけど」という葛藤を抱えつつ、「今すぐに追い付くという訳にはいかないので、今は監督になってから1年、2年、3年という所で徐々に徐々に力を付けている所ですね」と地道な強化を続けてきたことが、少しずつ実り始めている手応えを実感しているようだ。

 広島での全国大会に向けて、木村は「先を見ずに1試合1試合そこだけに全力で立ち向かっていくだけですね」と謙虚に語り、星野も「自分が全力を出して勝利に繋げられたらいいなと思います」と殊勝な目標を口にしたが、笠原監督の思惑は少し異なっている。「もちろん上を狙いますよ。全国に出た方が上手くなると思いますし、良い試合をして1試合で終わるより、1試合でも多くやった方が良い経験ができると思います」。普段は温厚な指揮官がこの話題を口にした時だけ、少し語気を強めたことが記憶に残っている。母校復権の息吹を確かに感じているからこそ、この機会を最大限に生かしたいという強い意気込みがひしひしと伝わってきた。「今までずっと悔しさはありました。『絶対に見返してやる』みたいな。『2強じゃなくて3強って言わせてやる』と思っていました」という木村の言葉は“マエショウ”に関わる全ての人の共通した想い。獰猛な上州のゼブラ軍団はその視界へ再び捉え始めたライバルを追い抜き、冬の覇者へ返り咲くために必要な経験を得るべく、広島の地を堂々と駆け回るはずだ。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務し、Jリーグ中継を担当。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」


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