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「スポーツライター平野貴也の『千字一景』」第33回:1年遅れの歓喜(国士舘大GK寺尾凌)

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“ホットな”「サッカー人」をクローズアップ。写真1枚と1000字のストーリーで紹介するコラム、「千字一景」

 歓喜の輪が広がった。試合終了の笛が鳴ると、ピッチ上の選手は拳を突き上げ、ベンチからは控え選手が飛び出した。身近にいる選手と喜び合い、駆け寄って来る別の仲間とまた喜んだ。ピッチとベンチの区別がなくなった頃、市立船橋高の選手たちは、エディオンスタジアムのメーンスタンドに視線を移した。知った顔の大男が最前列で号泣していた。選手よりもはるかに大きなエネルギーで泣く顔は、歓喜一色だった選手の表情に、小さな困惑と笑いを生んだ。

「寺尾さん、泣いちゃってるよ」

 史上最多9度目のインターハイ制覇で感極まっていたのは、1年前の守護神、寺尾凌(現国士舘大)だった。前年は決勝戦で惜しくも敗退。PK戦での敗退は、心の深くに傷を残した。届きそうで届かなかったあの日から1年。後輩が再び決勝まで勝ち進んでいることを知り、居ても立ってもいられず、広島まで応援に駆け付けた。試合を観る間、嫌でも1年前の記憶が蘇る。後輩たちは1点リードで試合終盤を迎えていたが、自陣ゴールに釘付けにされていた。まるで今もチームに在籍しているかのように、乗り越えてくれと本気で思った。一緒に苦しんだ。だから、勝利の笛が鳴ると、呪縛から解き放たれて涙が出た。

 寺尾は、晴れがましい表彰式を見ながら言った。
杉岡(大暉)とか原(輝綺)ヤン(高宇洋)は、去年も出ていたメンバー。あの悔しさをバネに頑張ってくれた。優勝と準優勝は、全然違う。去年、持って帰れなかった物を持って帰れる。去年は、辛すぎて(大会主催者のあいさつが)聞こえなかった。自分が現役のときにこの思いをしたかったけど、今年は必ず日本一になると言った後輩たちが約束を守ってくれて、自分のことのように嬉しい」

 スタンドで表彰を受けてピッチに降りて来る後輩の一人ひとりに声をかけ、笑われながらもエネルギーをもらった。寺尾は、市立船橋高を卒業して関東の強豪、国士舘大に進学。自身がインターハイ決勝で敗れた東福岡高の守護神で年代別日本代表の経験もある脇野敦至と切磋琢磨している。彼を超えなければならないという戦いは、今も続いている。そんな中、ずっと心に引っかかっていたものが取れた寺尾は、清々しい表情になっていた。

「あいつらに負けていられないですね。自分にも、将来はプロになるという目標があるし、今日のみんなの戦いぶりを励みにして大学で頑張りたい」

 今度は自分の番だ。大学で日本一になり、プロへ行く。

■執筆者紹介:
平野貴也
「1979年生まれ。東京都出身。専修大卒業後、スポーツナビで編集記者。当初は1か月のアルバイト契約だったが、最終的には社員となり計6年半居座った。2008年に独立し、フリーライターとして育成年代のサッカーを中心に取材。ゲキサカでは、2012年から全国自衛隊サッカーのレポートも始めた。「熱い試合」以外は興味なし」


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