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[MOM387]日本体育大FW太田修介(3年)_警告覚悟の『I play for 小佐野一輝“ありがとう”』

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[大学サッカー・マン・オブ・ザ・マッチ]
[8.7 総理大臣杯1回戦延期分 日本体育大4-1大阪学院大]

 警告をもらう覚悟はできていたという。それでも伝えたい想いがあった。途中出場でピッチに飛び出してから12分後。1-1の均衡を破る勝ち越しゴールを挙げた男は、ゴール裏でカメラを構えていた仲間の元へ走り寄ると、ファインダーに向かってユニフォームをまくり上げる。アンダーシャツに書かれていたのは「I play for 小佐野一輝“ありがとう”」の文字。それは天国に旅立ったばかりの、亡き恩師へ向けたメッセージだった。

 前日の「落雷を伴う天候理由」で一部の試合が延期となった総理大臣杯。日本体育大大阪学院大との初戦が1日ずれ込み、気温も35度近い7日の11時に初戦のキックオフを迎えた。

 前半14分にMF渡邊龍(2年=FC東京U-18)が先制点をマークしたが、42分に同点弾を許すと、以降は一進一退の時間が続く。鈴木政一監督が2人目の交替を決断したのは後半23分。「ここに来て動き出すタイミングが良くなってきた」というFW太田修介(3年=甲府U-18)を最前線に送り込む。

 すると、この山梨県産のストライカーが大爆発。後半35分に「背後への飛び出しというのは普段から練習している形」というその形から左サイドを抜け出し、中へ潜りながらゴール右隅へ勝ち越し弾を突き刺すと、37分にも思い切りの良いシュートで自身2点目を記録。さらに43分にはロングフィードに反応し、そのままGKとの1対1も制してハットトリックを達成。

 鈴木監督に「僕もビックリするくらいの出来ですよ。なあ、太田!」とからかわれ、苦笑いしながら恐縮していた太田だが、8分間でのハットトリックがこの日のチームを救ったのは改めて言うまでもない。

 「今日は『絶対にやってやろう』という気持ちが強かった」と話した太田には、期する想いがあった。先月のこと。1年近い闘病生活を送っていた、甲府U-18時代の指揮官に当たる小佐野一輝さんが、38歳の若さでこの世を去ってしまう。

 「もう小佐野さんは喋れなかったんですけど、亡くなる前にもギリギリでお会いできたんです。でも、甲府から帰ってきて2日後ぐらいに亡くなってしまって… お通夜にも参列してきました」。ジュニアユース時代にも指導を受けていた恩師の急逝に平常心を保つことは難しかった。「その直後に明治学院大との天皇杯予選があったんですけど、ショックで全然良いプレーができなくて…」と自ら振り返ったそのゲームは、チームも延長戦の末に敗退。

 「本当に申し訳なくて、『全国で見せてやろう』という風に思っていました」と気持ちを新たに大阪の地へと乗り込んできた。その初戦でいきなりチームを勝利に導く大活躍。聞けば大学の門を叩いてから、公式戦でのハットトリックは初めてだという。

 このタイミングでの巡り合わせに「絶対に小佐野さんの力もあると思います」と試合後に言い切った太田。アンダーシャツに込めた想いを最高の形で表現してみせた教え子のプレーを、恩師はどこから見守っていたのだろうか。

 小佐野さんとの間には約束がある。「ユースを卒業した時に『4年後に絶対甲府に帰って来いよ』と小佐野さんが凄く強く言ってくれて、『絶対に小佐野さんの気持ちに応えなきゃ』と思ってきました」という太田は、現状としてチームのレギュラーが確約されている訳ではない。

 それでも「自分がスタメンで出られていないのは、安定していない所が大きいと思うので、もっと安定したプレーの中でああいう背後の動き出しというのをスペシャルな部分として出せたら、もっと良くなるんじゃないかなと思います」と自己分析はできている。

 鈴木監督も「この間まではすぐにオフサイドになっちゃうとか、全然だったんです。でも、アイツの一番の特徴でもある、ボールの状況を見てから動き出すタイミングの練習をずっとやってきたことで、ここに来て少しずつ良くなったので、今日の向こうのバックラインだったら、太田の背後が合えばバッチリ点が取れるかなということで送り出しました」と、彼の“スペシャルな部分”への信頼は厚い。その部分を最大限に磨きつつ、さらなる成長を続けた先にレギュラーへの道が、ひいては甲府へと帰るための道が続いていることは太田自身が誰よりも一番よくわかっているはずだ。

 この日の活躍に“見えないチカラ”が働いていたのは、第三者から見ても明らかだったように思う。実はこの前日、甲府U-15出身で関東学院大の正守護神として今大会の初戦に臨んでいたGK古屋俊樹(2年=山梨学院)も、PK戦で2本のシュートストップを披露し、チームの勝利に大きく貢献している。単なる偶然と言えばそれまでだが、単なる偶然で片付けたくない気持ちもある。ただ、いつまでも恩師に頼ってばかりはいられない。

 「甲府に戻りたいという気持ちは強いですね。小佐野さんが亡くなってから、より一層想いが強くなりました」と言葉に力を込めた太田。少しずつ見えてきた『歩むべき道』を立ち止まることなく進み続け、その先に待っている約束の場所へと帰還するために、自らのすべてを捧げる覚悟は整っている。

(取材・文 土屋雅史)
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