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「スポーツライター平野貴也の『千字一景』」第43回:雪中サッカー(青森山田高)

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“ホットな”「サッカー人」をクローズアップ。写真1枚と1000字のストーリーで紹介するコラム、「千字一景」

 足はズサっと刺さるが、踏み締めればズズッと滑る。一面に積もった雪の中をヨタヨタと進んだ先に、彼らはいた。同じ雪の上で、ボールを蹴っていた。青森山田高校、伝統の雪中サッカーだ。雪に足を取られ、動きが鈍くなる。ひどいときには、脛まで雪に沈むことがあるという。

 雪の上では、速い奴が遅く見える。上手い奴も下手に見える。頼れる武器を雪に奪われ、精神と体の力の勝負となる。人工芝の緑が見えないピッチにラインなどあるわけもなく、ボールは3つ同時に動く。休む時間などない。バランスを保てないピッチに蝕まれてプレーは雑になり、息があがる。負ければ、雪上タイム走だが、体が重い。つい、接触や足の滑りを言い訳に倒れる。ほんの少しだけ、休みたい。仲間に任せたい……。心に甘えが生まれた瞬間、耳に声が突き刺さる。

「苦しいときに何もできない奴が誰なのか、よく分かるな!」

 経験者であるOBコーチには、選手の状態が分かる。どれだけ辛いか、どんな気持ちになるか。その上で、乗り越えてみせろと心を鬼にする。選手は、立ち上がって一歩を踏み出すが、膝が震える。痙攣した足をかばえば、脇腹が攣る。初めて経験した選手は倒れ込み、「こんな負荷は、体験したことがない」と悔しそうに呟いた。

 意地で動いた選手たちに踏み固められたピッチには、容赦なく新たな雪が舞い降り、足を滑らせ、さらに体力を奪っていく。やればやるほど、苦しくなる。その中でやり続けられるか、やり遂げられるか。「雪の上でサッカーをする」という、どこか楽しそうな響きのある言葉からは想像し得ない世界だ。

 他県から進学する選手は皆、厳しい環境であることを覚悟して青森へ来る。そして、想像をはるかに超えた世界に驚き、打ちひしがれ、倒れ、立ち上がって戦い、強くなる。もちろん、雪の降らない地域では、すでに新チームが実戦形式の練習を行っており、出遅れる部分はある。しかし、入学後に雪原と化したピッチを初めて見て「どこでサッカーをやるんだ」と驚いていた選手は、最終学年を前にした最後のオフシーズンに、こう言った。

「春になったら、めちゃくちゃ走れる。体が軽くなったように感じるんですよ」

 明らかな進化を感じる春以降、彼らはようやく満足にサッカーができる環境を得て、大きく伸びる。経験すれば必ず勝てるわけではないが、想像の向こう側を経験したことは、どこかで生きる。「雪中サッカー」、百聞は一見にしかずである。

■執筆者紹介:
平野貴也
「1979年生まれ。東京都出身。専修大卒業後、スポーツナビで編集記者。当初は1か月のアルバイト契約だったが、最終的には社員となり計6年半居座った。2008年に独立し、フリーライターとして育成年代のサッカーを中心に取材。ゲキサカでは、2012年から全国自衛隊サッカーのレポートも始めた。「熱い試合」以外は興味なし」


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