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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:本当の人(岐阜・大木武)

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FC岐阜大木武監督

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

「選手たちに話したんですけど、『3-3にされたのが問題じゃない』と。『3-3にされたのなら、なぜ4-3にしねえんだ』という所ですね。そこの頑張り。そこをもう少し突き詰めていかなきゃならないと」。昇格の有力候補と目されている湘南ベルマーレのアウェーに乗り込み、3-3と激しく撃ち合って引き分けた試合後。今シーズンからFC岐阜を率いている指揮官は、顔色を変えずにこう言い切った。ぶっきらぼうで、おしゃべり。理論派で、情熱家。いくつもの相反する魅力を内包した“本当”の人が、Jリーグの舞台に帰ってきた。

 両手をポケットに突っ込み、少し肩をいからせながら歩く姿勢はまったく変わっていない。2月27日。FC岐阜にとって2017年シーズンの開幕戦となる一戦。新監督として岐阜メモリアルセンター長良川競技場に赴いた大木武は、以前と同じ雰囲気で我々の前に姿を現す。「やってきたものは見せるよ。ゴールが入るかどうかはわからないけどね」。試合前に大木が快活に笑ったように、岐阜は始動から1か月半余りで『やってきたもの』を存分に見せ付ける。昨シーズンのJ2をその攻撃的なサッカーで席巻した山口を向こうに回し、ボール支配率は驚異の70パーセント越え。その山口から獲得した庄司悦大を中心に、とにかく短いパスとドリブルを駆使して、ジワジワと相手陣内へ侵入していく。スタメンの中で以前も大木の指導を仰いだ経験を有するのは田森大己福村貴幸の2人のみ。それでもピッチに描かれたスタイルは、既に間違いなく指揮官のそれになっていた。

『わからない』と口にしたゴールは2つ入ったが、その前に2つのゴールも許していた。結果は2-2のドロー。ただ、今までの岐阜とは明らかに何もかも違う。スタジアムで声援を送り続けたホームのサポーターも、自らが応援するチームのあまりに変貌した姿を、十分には受け止め切れていないような印象すらあった。試合後の会見でも大木の“スタイル”は変わらない。紡ぐ言葉に歯切れ良く“句点”が打たれていく。自分のイメージと質問者のイメージが違う際には、その違いを明確にしていく。「私はそう見ますが、皆さんがどう見るかはわからないですね」「できるとは言っていません」。文字で見ると厳しいこともハッキリ口にするが、その意図としては“本当”のことを伝えたいだけなのだと思う。質問が大木の“芯”を食えば、元来の話好きが顔を覗かせ、印象に残るフレーズが次々と溢れ出す。

 この日は『知識、意識、無意識』という話が印象深かった。曰く「これは日本代表のラグビーの中竹(竜二)さんがおっしゃっていたんですけどね。『知識、意識、無意識』と。本当にその通りだと思って。ある意味で今は“知識”を選手に与えている時かもしれないですね。それを“意識”的にやれるようにする、それから今度はそれを“無意識”にできるようにする、という所だと思います」。サッカーにとどまらない示唆に富む大木の会見は、質問をする側がその“示唆”を得られるかどうかという意味でも、常に真剣勝負だと言ってもいいかもしれない。

 昨年の夏。大木がアドバイザーを務めている、チャレンジリーグに所属するバニーズ京都SCの公式戦を取材する機会に恵まれた。試合が始まる1時間ほど前。小学校低学年くらいの子供たち数人が大木の元へ駆け寄ってくる。「オマエら、ゲームばっかりやってないでサッカーしろよ」「え~、ゲーム面白いもん!」「それじゃあ上手くなんねえぞ」。些細なやり取りの中にも確かな関係性が窺えた。聞けばバニーズのサッカースクールに通い、大木の指導を受けている子供たちだという。「大木さんは子供たちに人気があるんですよ」。クラブの広報や運営を一手に引き受けている女性スタッフがそっと教えてくれた。子供たちに受け入れられるということが、決して簡単ではないことは言うまでもないが、彼の指導に人気がある理由はわかる気がする。それが子供であっても、大人であっても、彼は“本当”のことを伝えようとするだけだ。その姿勢はおそらく子供の方がより強く響く。大木はこうも話していた。「今さ、バニーズの中学生の女の子たちを定期的に教えているんだけど、これは楽しいよ。『どんな練習をすればあの子たちが上手くなるかな』って考えたりとか。実際に上手くなってるからね。みんな真剣に練習してくれるしさ」。楽しそうに語るその言葉を聞いた時、「ああ、この人は本当にサッカーが好きなんだな」と実感したことを覚えている。きっとあの日の子供たちは、そして中学生の女の子たちは、今日も楽しくボールを蹴り続けていることだろう。

 4月15日。冒頭で記したように、岐阜は湘南とスペクタクルに撃ち合って、3-3というスコアの末に勝ち点1を得る。湘南の曺貴裁監督は会見で「今のJリーグでは失点が少ないチームが上位に来ますけども、そういった、ただ単にゲームが流れて、失点が少なくて、1-0で勝っていく試合よりは、2-1、3-2、4-3みたいな試合が全体的に増えていく方がサッカー界というか、サッカーの面白味が増すんじゃないかと思っています」と話した後、「今日は本当に岐阜さんの“ショートパスクリーンアタック”というか、何て言えばいいのかわからないけれども、そういう所にちょっと翻弄されちゃった所もある」と続けた。一方、大木は会見の冒頭で「『やっぱり岐阜かな』というゲームかな、という所ですね。あそこで2回引っ繰り返している訳ですからね。勝ちに持って行かなきゃいけない。でも、それができないのが今の岐阜なのかなと。もうひと踏ん張りかなと思います」と語っている。

 実はこの試合の中継で、こんな一コマがあった。試合終了後のこと。インタビュアーが「前から来る湘南に対して、岐阜の良さはどれくらい出せたとお考えでしょうか?」と尋ねると、「前から来てたんですかね?」と逆に質問した大木は、再び「来てないとお感じになっていましたか?」と聞くインタビュアーに「それは私にはわかりませんけど。はい」と返し、少しのやり取りがあって、インタビューは終了した。きっと大半の場合は、気になった点があってもあえて聞き返すことなく、いわゆる“大人の対応”でつつがなくその場を終わらせることの方が多いだろう。ただ、大木はそうはしなかった。端から見ると「インタビュアーがやり込められた」と映る向きもあったかもしれない。それが女性だったからなおさらに。それでも、そのインタビュアーは自分の実力にこそ悔しさを覚えたものの、今までにない感覚を味わったという。「ああやって聞き返された時、そんなことは初めてだったので、『これは面白いことが聞ける!』とゾクッとしたんです。『あそこでもっと違う聞き方をして、話を引き出せていたらなあ』って思います。手短でも“本当”のことを話してくださる方でしたから。次に大木監督にインタビューする機会があったら、『君、うまくなったな』と言わせてみたくなりました!」。短い時間の“真剣勝負”で、そのインタビュアーは大木に魅了されたようだ。実際に相対してみると、その感覚が理解できると思う。なぜならいつでも彼は、“本当”のことしか言おうとしないからだ。

 4月16日。前日の出来事について、どうしても感想を聞きたい人を山梨中銀スタジアムに訪ねた。大木がヴァンフォーレ甲府を率いていた時代に、クラブ広報として彼と長く濃厚な時間を共にしていたその方に、インタビュアーと大木のやり取りと、インタビュアーが抱いた心情を伝えると、笑ってこう話してくれた。「その話を聞いて『メッチャ大木さんらしいな』って(笑) 常にサッカーに向き合っている監督だし、はぐらかさないし、僕らもハッと気付かされることがいっぱいあって。でも、それがいつも凄く新鮮で、『らしいなあ』っていう。その子の気持ちもわかります。とってもよくわかる。でも、大木さんはもちろんまったく貶めようと思って言っていないし、絶対その子もそれが『えっ?』みたいな回答じゃないとわかるから、それに対して『よく見ておかなきゃいけないな』と思うだろうしね。そういう所は昔から変わらないな」。

 今シーズンの目標を問われた大木の答えは力強い。「『岐阜のイメージを変えたい』と。もちろん今までが悪い訳ではないけど、やはり岐阜のイメージとしたら、J2で、J3との入れ替え戦ぐらいにいるチームだという印象が皆さんには強いと思う。それをやっぱり変えたい、というよりも変える。それが今年1年の目標ですね」。ぶっきらぼうで、おしゃべり。理論派で、情熱家。いくつもの相反する魅力を内包した“本当”の人が、Jリーグの舞台に帰ってきた。


■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務し、Jリーグ中継を担当。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」


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