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東北に届けたJ1通算2万ゴール!!清水の“メモリアル男”金子「3万ゴールも決めたい」

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J1通算2万ゴールを決めたFW金子翔太(右)がチームメイトから祝福される

[4.21 J1第8節 川崎F2-2清水 等々力]

 J1通算2万ゴールのメモリアル弾は、Jリーグ開幕時はまだ生まれていなかった21歳の左足から生まれた。清水エスパルスは前半14分、FW鄭大世の右クロスをファーサイドに詰めたFW金子翔太が左足で押し込み、先制点。3月30日に入籍したばかりの21歳は左手薬指にキスをし、自身のJ1通算2ゴール目を喜んだ。

 これが節目のJ1通算2万ゴール目。「早い時間だったけど、他会場の状況は分からないし、2万ゴールかどうかは分からなかった。試合後にスタッフから聞いて、素直にうれしかった。2万ゴールという記憶に残るゴールを取れてうれしい」。163cmの小柄なアタッカーはそう言って微笑んだ。

 1993年の開幕から25年目を迎えたJリーグ。記念すべき第1号ゴールは1993年5月15日の開幕戦で当時V川崎のマイヤーが決めたが、「そのときはまだ生まれていなかった」という1995年5月2日生まれの金子にとって、「最初のゴールは外国人選手ですよね?」と、記憶ではなく、知識としてうろ覚え程度だったのもうなずける。

 J1では4試合ぶり通算2ゴール目だが、昨季のJ2最終節・徳島戦(2-1)で昇格決定弾となる決勝ゴールを決めたのも金子だった。これには小林伸二監督も「テセ(鄭大世)か枝村が取るかなと思っていたけど、ビックリした。持ってるんだなと思った」と持ち上げ、金子自身も「持ってるなと思います」と照れ笑いを浮かべた。

 栃木県出身の金子は中高の6年間、JFAアカデミー福島に所属した。中学3年時の2011年3月には東日本大震災を経験。「卒業式が終わって、寮に帰ってみんなで卒業式のDVDを見ていた」ときに被災し、「原発が近くにあって、煙が出ていた。目の前で地割れも起きていたし、最寄りの駅は流された。家族の車で海岸線を走りながら、生々しい現場を見て実家に帰った」という。

 2014年に清水に入団してからも、常に“福島、東北のために”という思いを抱いてきた。「昨年、J1昇格のゴールを決めたときに、福島や東北の知り合いからたくさんのメッセージや手紙をもらった。やりがいがあるなと思ったし、僕はサッカーでしか朗報を届けられない。今日のゴールをお世話になった東北、福島の方に届けられればと思う」と、胸の内を打ち明けた。

「あまり注目されていなかったけど、狙えたら狙おうと、僕もしたたかに狙っていた」。2トップを組む鄭大世ではなく、相棒の“伏兵”が決めたメモリアル弾。「まだ実感は湧いてないけど、試合後のシャッターの多さにあらためてすごいことなんだなと思った」。J1通算1万ゴールは12年前の2005年5月8日に当時G大阪の前田雅文氏(現・関西大監督)が決めた。「1万ゴールから12年ぐらいと聞いたので、現役を長く続けて3万ゴールも決めたい」。今から12年後なら2029年。33歳から34歳になっている金子が再びメモリアルゴールに挑戦するときが楽しみだ。

(取材・文 西山紘平)
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