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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:10番が象徴する“今年のチーム”(実践学園高)

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シーズン序盤、尾前祥奈が背負っていた実践学園高の10番は現在、当時9番だった武田義臣へ受け継がれた

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 青いユニフォームを纏ういつもの彼らであれば、最終ラインでキャプテンマークを巻いているはずの“10番”が、最前線で躍動している。「今の所はキャプテンじゃなくて、彼が10番を付けているということが、今年のチームを象徴しているんじゃないかなと思います」と話すのは内田尊久ヘッドコーチ。実践学園高が創り上げている“今年のチーム”は、少し例年とは異なる形でその歩みを進めているのかもしれない。

 4月22日。関東大会予選東京準々決勝。大雨の中で行われた初戦で大成高を延長戦の末に2-0で下し、昨年度の関東大会出場校でもある成立学園高との2回戦にも2-1で競り勝って、ここまで駒を進めてきた実践学園。この日の相手となった早稲田実高も各所にタレントを擁した好チームであり、前半からシュート数では早稲田実が上回る展開に。後半も実践学園は押し込まれる時間が続く。そんな流れを一掃したのが「自分は先週の成立戦の時に点を取っていたので、周りの応援してくれているみんなにも『今日も頼むよ』と言われていて、前半はシュートを打てなかった分、後半は『決めてやろう』という強い気持ちを持ってできました」という武田義臣。後半12分に斎藤彰人からのフィードに、いったんは空振りしながらも、最後は粘り強く押し込んで先制点をマークすると、後半22分にも山内稔之が放ったシュートのこぼれをきっちりプッシュして追加点。“10番”を背負うストライカーの2ゴールで勢いを得た実践学園は、4分後にも高須史弥が3点目を記録。1点を返されたものの、3-1で勝利を収めて準決勝へと勝ち上がることとなった。

 2度目の選手権予選制覇を成し遂げた2012年は鴻田直人。2013年は栃木SCに在籍している福岡将太。2014年は山下浩二。2015年は海老名優作。そして2016年は齋藤翔。『心で勝負』をモットーに掲げる実践学園の“10番”は、基本的にキャプテンを任されたセンターバックが付けてきた。以前、チームを率いる深町公一監督はその理由をこう語っていた。「ウチの10番は“心”の部分で信頼できる選手に代々託してきているんです」。試合後に応援してくれた保護者や関係者の前に整列し、全員で一礼する前に“10番”が発する短い挨拶を聞いているだけでも、彼らがキャプテンを託されるだけのモノを持っているのは一目瞭然だった。これはいわば実践学園の“伝統”と言い換えてもいいだろう。

 今シーズンのキャプテンマークもやはりセンターバックの尾前祥奈が巻いている。関東大会予選の初戦後に彼と直接話をする機会に恵まれたが、その短時間の会話からも明らかに実践学園の“10番”という雰囲気を感じた。聞けば深川第四中時代にもサッカー部の部長を務めており、実際に昨年から学年の責任者という形でチームをまとめる役割を担っていたこともあって、キャプテンの重責について問われた彼は「やりがいの部分はあると思います。チームが1つになれた時は嬉しいですね」と笑顔で話してくれた。ただ、彼のユニフォームの背中に記されていた数字は“2”。「10番は付けていないんだね」と何気なく尋ねると、こういう答えが返ってきた。「今回は自分たちで番号を決めていいと言われたんですけど、正直に言うと『ポジションに見合った番号の方がいいかな』というのが自分の中ではあったんです。今10番を付けているのは武田っていうヤツなんですけど、T1リーグの成立戦で初めて10番を付けた武田が、自分たちの代になってからまだ公式戦で点を取っていなかったのに、その試合で2点取ったんです。その出来事があって、『そのまま10番を付けた方が彼も自信が付くんじゃないのかな』と。『そこは自分が付ける必要はないんじゃないのかな』って思ったんですよね」。

 その時の状況を武田本人が補足する。「Tリーグでは9番を最初に付けていたんですけど、『関東予選でも当たるだろう』ということで、番号を変えて臨んだ成立戦の時に10番を付けさせてもらって、そこで2ゴール決めることができたんです。そこから尾前くんには『オマエが10番を付けろ』って言ってもらったので、自信を持って10番らしく、責任感を持って臨もうかなと思っています」。前述してきた通り、既に5試合で5ゴールを量産するなど、“10番”を背負ってから武田の活躍は目覚ましい。それでも準々決勝後に「10番はしっくりきている?」という質問をぶつけた所、「いや、まだ正直…」と答えたストライカーは「やっぱり10番って上手い選手が付けると思うんですけど、自分はそういうのはできないので、今日の得点みたいに泥臭い感じの、ああいう形が自分らしいプレーだと思うので、それをまた準決勝でも披露できたらいいと思います」と謙虚に続けた。

 そんな武田を内田ヘッドコーチはこう評価していた。「彼はああやって汗をかいて、最後に苦しい所に飛び込んでいけるタイプの選手なんですけど、しばらくそれが影を潜めていた時期があって、そのときに彼もちょっと悩んでいたんです。ただ、1つゴールを取れた所で吹っ切れて自分の良さを思い出してくれたのかなと。ウチらしい選手なのかなと思いますね」。T1リーグの成立学園戦まで尾前が背負っていた“10番”は、ゴールという結果と共に武田へと受け継がれた。例年の“10番”とは違うタイプかもしれないが、真面目で実直な印象の武田が自分なりの“10番”像を築き始めていることも見逃せない大事なポイントだ。

 今シーズンの実践学園は、2月に開幕したT1リーグも含めて、ここまで都内の公式戦で8勝1分けと無敗を誇っている。「自分たちは1年生の時とか2年生の時にT3リーグで戦っていて、ある程度学年をベースにやらせてもらっていたので、そこでチーム力というのが上がっていったと思います」と尾前が話した昨年のT3リーグでは、9戦無敗で優勝を勝ち獲り、堂々のT2リーグ昇格。このメンバーで積み重ねてきた時間は彼らの拠り所となっているようだ。また、かねてから実践学園が力を発揮してきた大成戦のような“重馬場”も「今年は正直に言って苦手」と苦笑した深町監督は、「ちょっと中盤でボールを動かしたり、後ろでもうまくビルドアップができるようなチームになってきた」と説明する。そのあたりも“今年のチーム”は少し趣が異なっているのかもしれない。

「Tリーグ、関東予選、インハイ、選手権と全部獲りに行くのが目標なので、その実現のためには練習からやらないといけないと思っています」とチームの目指す所を “前10番”のキャプテンが力強く言い切れば、「チームに手応えはありますけど、今は結果が出ているということに甘んじることなく、自分たちは他のチームに比べたら個人としては上手くない思うので、チーム一丸となって戦っていきたいと思います」と“新10番”のストライカーは静かに語る。実践学園が着々と創り上げている“今年のチーム”が、ここからどういう成長曲線を描いていくのかは、“10番”の行方も含めて大いに楽しみだ。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」


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