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「スポーツライター平野貴也の『千字一景』」第48回:退いてもなお(田中宏武=桐生一高)

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交代後、ベンチから指示を飛ばす桐生一高の田中宏武

“ホットな”「サッカー人」をクローズアップ。写真1枚と1000字のストーリーで紹介するコラム、「千字一景」

 両足から放たれる力強いキックを武器に、田中宏武は中盤の左を駆けていた。4月上旬に行われた高校世代の親善大会「第37回浦和カップ」の決勝戦だ。田中は前半30分に相手のミスを突いてボールを奪い、左からのクロスで先制のオウンゴールを誘った。その後も大きなサイドチェンジを繰り出したり、浮き球で相手をかわして突破したりと桐生一高の攻撃をけん引していた。しかし、スコアが2-2となった後半11分、相手に足を踏まれて負傷。無念の交代となった。

 ところが、ベンチに帰ってからも存在感は際立っていた。ベンチの前に設けられたテクニカルエリアへ飛び出すと、味方への指示と叱咤を繰り返した。テクニカルエリアには1人しか立つことができない。通常は、監督が立つ。プロでは通訳が監督の代わりに立つことや、セットプレーの際にGKコーチが立つこともある。しかし、選手が立ち続ける姿は、まず見られない。

「独特な奴なので……。気が強くて、先頭を切ってやるタイプ。でも、あれは(指導スタッフが)僕でなければ、やらなかったでしょう」と笑ったのは、チームを引率した青木暢宏コーチだ。青木コーチは、桐生一の指導を手伝っているが、普段は田中の出身チームである前橋ジュニアユースで監督をしているため、桐生一のベンチに入ることは、ない。教え子の大胆な行動を見守っていた。

 気持ちを前面に出す田中は、3人いるチームリーダーの1人。「本当に、負けたくなかったし、あんな形で交代してしまったので。少しでもチームに貢献できればと思って、ずっと声を出していた。私生活も含めて、仲間に嫌われるようなことでも言うべきことを言うのは、僕の役割だと思っている」と自認している役目を果たした。弟で2年生の渉とともにプレーで攻撃を引っ張るだけでなく、闘志を仲間に伝えて盛り上げる選手だ。

 田中の叫びが奏功したか、チームは延長戦を制して優勝を果たした。親善大会の勢いのまま公式戦も勝ち上がれれば良いが、今季はライバルが強烈だ。全国大会に出るためには、昨年度の全国高校選手権を2年生主体で準優勝した前橋育英高を破らなくてはならない。相手が強いのは承知しているが、田中は「僕たちは、勢いに乗ると前向きな言葉が出るようになるチーム。タフな試合になったら勝てるという自信は、ある」と言い切った。むき出しの闘志で仲間を引っ張る姿は、きっと、この先に訪れる正念場を超えるためにある。

■執筆者紹介:
平野貴也
「1979年生まれ。東京都出身。専修大卒業後、スポーツナビで編集記者。当初は1か月のアルバイト契約だったが、最終的には社員となり計6年半居座った。2008年に独立し、フリーライターとして育成年代のサッカーを中心に取材。ゲキサカでは、2012年から全国自衛隊サッカーのレポートも始めた。「熱い試合」以外は興味なし」

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