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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:情熱の行方(tonan前橋・小檜宏晃)

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tonan前橋小檜宏晃

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

「『好きなことに関われるのは凄く幸せなことだな』って、改めて今になって感じています」。その男は少し照れくさそうに、それでいて何とも楽しそうに、笑いながらそう言葉を紡いだ。仕事と並行しながらボールを追い掛けるチームメイトに、そして希望に満ち溢れた子供たちに囲まれ、充実した毎日を送っている小檜宏晃。4年間のブランクを経て、再びサッカーの世界へ戻ってきた彼を待っていたのは、その世界にどう自分が関わっていくかを再考するための日々だった。

 天皇杯2回戦。NACK5スタジアム大宮に乗り込み、大宮アルディージャとのアウェーゲームに挑むtonan前橋。7人が名を連ねたベンチメンバーの中に小檜の名前はあった。ウォーミングアップの“4対1”でも、その技術は際立つ。「基本的には常に股しか見ていないです」と笑ったように、次々と輪の中に入った“鬼”の股下へボールを通す。「それこそ本当に宮内(聡)さんやケツさん(川勝良一さん)も『ボール回しは股抜いてナンボ』みたいな感じでしたから」と口にした指導者の名前に、辿ってきたキャリアが窺える。

 前半は0-0で推移したものの、後半19分にネイツ・ペチュニクとドラガン・ムルジャを同時投入した大宮は、2人の活躍で2点のリードを奪った。すると、「みんな頑張って守ってくれていましたけど、外国籍の選手が出てきたのは、正直な所ちょっとズルいなと(笑)」思っていた小檜にアマラオ監督から声が掛かる。残された時間は15分。「最初のプレーでガッツリ取られるのも嫌だったので」、ファーストタッチは裏に短く出したインサイドキック。以降もボールに触ろうとはするものの、効果的なプレーには至らない。「大学の時はJのクラブとも練習試合をやらせていただく機会が多かったので、その時のことを思い出すじゃないですけど、やっぱり自分もチームもまだまだ甘いなと。ファーストタッチ1個で決まるなとか、レベルの差は感じたので、次からのトレーニングでも基本を充実させてやっていきたいと思います」。最終的なスコアは3-0。J1との対峙は個人にとってもチームにとっても、その差を痛感させられる時間となったが、そもそも小檜にとってはこの舞台に立つこと自体が、ほんの1年半ほど前では考えられなかったことでもあった。

 宮阪政樹(松本)、丸山祐市(FC東京)、大竹洋平(岡山)を筆頭にのちのJリーガーが同期に居並ぶFC東京U-15深川で実力を磨き、進学した成立学園高では宮内聡総監督の下、1年からレギュラーを任され、高校選手権で全国の舞台も経験。大津祐樹(柏)、舞行龍ジェームズ(川崎F)、菅野哲也(長野)と3人の高卒Jリーガーを輩出した代でも、小檜の存在は抜きん出ていたように記憶している。法政大で共にJクラブの監督経験を有する川勝良一氏と水沼貴史氏の指導を仰ぎ、本人もより高いレベルでのプレーを希望していたが、4年時の夏に右ひざ半月板損傷の大ケガを負い、「その時に自分の気持ちの中で『Jはいいかな』と」区切りを付ける。その後、知人のツテを辿り、「メチャクチャ頭の良かった自分の同期は履歴書で落とされているような会社だったので、『俺が行っても』と思っていたのに、何か知らないですけどトントンと受かっちゃって」大手電気会社への就職が内定。2012年の春。小檜にとって“1度目”のサッカーキャリアは大学卒業と共に幕を下ろすことになる。

 入社すると「一番忙しい部署に入れられて、何だかんだで一番忙しい仕事を任せてもらえた」という。「自分は事務局で、現場の人が仕事を持ってきて折衝とかをするんですけど、自分も全然わかっていなかったのに『いや、そのくらいはやってもらいましょう』みたいな(笑) そういう交渉を任されたりしましたね」と当時を振り返る小檜。「仕事でいっぱいいっぱいで、業務内容を覚えることもそうですし、営業もやっていたので飲みに行って、3時まで飲んで朝起きて仕事して、朝まで飲んでの繰り返し」の毎日。ボールを蹴るのは半年に1回ペースで会社の同僚とやるフットサルだけ。多少の心残りはあったものの、それこそ大津が出場している柏レイソルの試合を同期と見に行った時でさえ、「もっと会社のみんながサッカーを好きになってくれたらいいな」とは思ったが、自分がプレーするイメージは湧かなかった。

 ところが、転機は意外なタイミングで訪れる。入社3年目。「自分はずっとこの会社で働くんだろうな」と思い始めていた2014年11月。小学校の時に在籍していたクラブが社会人チームを立ち上げることになり、小檜にも声が掛かる。その練習に参加した際、自らの高校時代をよく知るクラブの先輩から意外な提案を受けた。「俺が何とかするからもう1回サッカーをやってみないか?」。思いがけない言葉に25歳の心は揺れる。サッカー界にパイプを持つその先輩の紹介で高木義成(岐阜)や南雄太(横浜FC)と食事を共にする機会もあり、自分のために親身になって動いてくれる方々の姿を見ている内に、小檜のサッカーに対する情熱は再燃した。年が明けるとお世話になった会社に退社の意向を伝え、“2度目”のサッカーキャリアをリスタートさせるための日々に身を投じる。

「今よりも10kg増くらいで、本当に見た目もパンパン」だったため、まずは食生活の改善に着手。ある時はジムで体を動かし、ある時は荒川の河川敷に行き、1人でボールを蹴りながら、少しずつかつての感覚を取り戻していく。夏にはスロヴェニアに渡り、トライアルを受けたクラブからオファーが届いたが、条件面で折り合わずに契約には至らない。帰国後もJクラブの練習に参加したものの、良い返事はもらえず、なかなかプレーする環境が決まらない状況の中、大学時代の同期に当たる深山翔平の誘いもあって、群馬の地を訪れる。2016年3月。4年ぶりの所属チームが決まる。小檜にとって “2度目”のサッカーキャリアはtonan前橋でその幕が上がった。

 午前中はチームの練習。午後は仕事という日々の中で、その“午後”が小檜に新たなサッカーとの関わり方を教えてくれている。彼に与えられた仕事とはサッカースクールのコーチ。対象は小学校低学年が中心だ。子供たちにサッカーを教える立場の小檜は、逆に子供たちから様々なことを教えられている自分に気付く。「子供に学ぶ部分って凄くたくさんあって、教える立場って結局言っていることが子供たちからしたら絶対な訳で、そういう意味では自分に嘘をつけないなって。それはサッカーの部分も、人としてどうあるかという部分もそうですし、やっぱり子供と携わったことで自分に言い聞かせている部分もあって、『サッカー好きだな』とか、『教えるのが楽しいな』とか、『自分がやった時にはこう教えられてたな。でも、もっとこう教えられるな』とか、『こういうふうに伝えると子供はわかるんだな』とか、そういうことも子供と出会ったことによって感じましたし、改めて自分が成長できた部分もあるので、そこは今の環境に凄く感謝しています」。

 今のサッカーとの関わりを尋ねても、彼からはほとんど子供たちとの話題しか出てこなかった。前述の大宮戦。前橋からも少なくないスクールの子供たちが“コーチ”の応援に駆け付けていた。「メインで見ていたスクールの子の1人が『ヒロコーチ!』って呼んでくれたので、写真を一緒に撮ったんですけど、やっぱり嬉しいですね」。そう語った小檜の笑顔は、間違いなく子供に愛情を注いでいるコーチのそれだったと思う。

 実は半月板を痛め、一般企業への就職を決意した大学4年の後期。小檜は自ら志願してBチームの選手兼コーチを務めていた。当時からサッカーを教えることには興味があったという。「第三者からの目線で選手のことを見たりとか、自分もプレーしたりとか、いろいろな目線で夏から卒業するまでやらせていただいたので、その経験も自分の中で大きかったんです」。大学最後の半年で得たものは、社会人になってからも後輩を指導する上で大いに役立ったそうだ。あるいはもともと彼にとって、指導者という道はおぼろげながら描いていた将来の選択肢の1つだったのかもしれない。

 海外でプロとしてプレーしたいという夢は諦めていないが、それと同じくらい子供にサッカーを教えることにも魅せられている。“2度目”のサッカーキャリアは、おそらく“1度目”を過ごしていた頃には想像もしなかった道を歩んでいるはずだが、きっと“1度目”よりもその道の持つ意味を理解しているのは間違いない。

 最後に、これだけは聞いてみたかった。「改めて今、サッカーに対する情熱はいかがですか?」。一瞬だけ考えた小檜は、こう答えた。「もちろんあります。それこそどの歳になってもやりたいなとか、関わっていきたいなとは思いますし、これから自分がプレーできなくなっても子供のためにサッカーを教えられたらいいですよね。自分がプロになれなかった時に、自分の夢を託すという訳ではないですけど、プロになるために自分になかった技術を教えられたら、『自分になかったものを持てば、もう1個レベルが上がるよ』ということも言えるので、自分の経験をもっともっと子供に伝えられればと思います。自分が『こういう指導者に会いたかったな』と思うような、そういう指導をしてあげたいですね」。小檜宏晃。27歳。“1度目”のみならず、“2度目”を知ってしまった彼は、やはりもう大好きなサッカーの世界から離れられそうもない。


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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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