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酒井宏樹、覚悟の移籍で飛躍「マルセイユ、アヤックス、セルティック以外なら日本に帰る選択肢も」

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名門マルセイユで飛躍を遂げたDF酒井宏樹

 12年からドイツ・ブンデスリーガのハノーファーで4シーズンを過ごしたDF酒井宏樹だが、昨年夏、フランスの名門マルセイユへの挑戦を決断した。そして移籍1年目の16-17シーズンはリーグ戦35試合に出場するなど、開幕からレギュラーポジションを獲得。名門クラブで得た何ものにも代えがたい経験をした。日本代表でも不動の地位を築く右SBが持って臨んだ強い思いにゲキサカが迫った。

―移籍1年目でしたが、自己評価も高いシーズンが送れたのではないでしょうか?
「すべてにおいてポジティブに臨めました。例えば、試合中にミスしたことや、自分が関与した失点も多かったけど、それを次の試合にポジティブに持って行けたことが大きかった。それとフランスリーグはこういうところが難しいんだよと言ってくれるチームメイトがいたことも大きかったと思います。経験が多い選手が多いので、自分の身になっているなというのが実感できました」

―マルセイユという伝統あるクラブでプレーする難しさもあったはずです。
「チームとしても激動のシーズンでした。オーナーが変わって、スポーツディレクターや監督、スポンサーまで変わった。でもその中でも結果を出さないといけないというのが選手みんなにあって、だから互いに気遣いが出来たんだと思います。プレッシャーは毎試合、感じました。アウェーに行ってもサポーターは2万人が入りますし、アウェーのチームのサポーターもマルセイユを見たいという気持ちを感じました。そういうのを体感できたのはとてもいい経験になりました」

―欧州のビッグクラブでのプレーする経験はやはり違う。
「大きな格式のあるチームでやりたいというのは、僕の夢でもありました。その中の一員であることが夢でした。マルセイユを選ぶ時も何個か選択肢がありましたが、そこを重視というか、そこしか狙っていませんでした。最後に3チームあって、その3チームと交渉して、それが無理なら日本に帰るという選択肢も持っていました」

―移籍する際の話をもう少し詳しく教えてもらえますか?
「興味を持ってくれたのは、アヤックスとセルティック、そしてマルセイユの3つでした。最終的にマルセイユから正式なオファーが来て、その提示内容をアヤックスやセルティックに伝えると、一気に手を引いていったという感じです。僕自身はもうマルセイユからオファーが来た時点で気持ちを決めていました」

―マルセイユには昔から特別な思いがあったのですか?
「いや、ストイコビッチさんがプレーしていたというのも聞いてびっくりしたくらいです。元レッズのボリさんとかもあっちではレジェンド。入ってからびっくりすることのほうが多かったです。フランスで僕の知名度ですか?まだまだないですね。フランスでは日本人のサッカー選手と言えば今でも松井大輔さん。やっぱりルマンの時の印象が強いようですね。ポジションが違うので比べられることもないですけど、同じ日本人選手としては僕はまだまだの印象です」

―酒井選手がフランスリーグでプレーしたことで、日本でもフランスリーグの選手を目にしたり、耳にする機会も多くなりました。モナコのFWキリアン・ムバッペ選手は大ブレイクした選手ですね。
「ムバッペはびっくりしましたね。たぶん皆さんと同じような感覚だと思います。モナコの選手は全く知らなかったですけど、すごい選手が多かった。中でもすごかったのがボランチの(ティエムエ・)バカヨコ。規格外でしたね。直接マッチアップはしなかったんでけど、見ているだけで身体能力がすごいなと思いました。ポテンシャルがある中で、体の使い方や活かし方を分かっている感じです。ある程度イメージして試合に入るのですけど、それを全部外されたのがフランスリーグでした。ドイツではなかなかぶち抜かれることはなかった。体を当ててコーナーに逃げるとかで行けていたのですけど、フランスリーグはぶち抜かれることがすごく多くかった。ここで順応出来たらもっともっと幅が広がると思います」

―日本人選手が欧州で苦しむ原因に会話ができないという問題があります。酒井選手はフランスでは何語で会話しているのですか?
「フランス語の習得は100%で頑張ってはいますけど、まだまだ足りないことが多いです。でもマルセイユは幸いなことにプレミアリーグなどいろいろなクラブを渡り歩いている選手が多いので、英語が通じる。コミュニケーションに関してはドイツ1年目よりは信じられないくらい快適です。フランス語も聞き取りももう問題ない。代表でハリルホジッチ監督の指示もそのまま理解できます。マルセイユの監督とも指示が似ているので、さらに分かりやすいです」

―新シーズンはいよいよW杯イヤー。酒井選手の年齢的にも最も重要なシーズンになると言っても過言じゃない。
「でも僕はW杯というのを視野に入れつつも、頭の隅に入れるくらいにしている。やっぱりクラブチームが一番。そこでしっかり結果を出すことによって、シーズンが終わったあとのご褒美がもらえると思っている。それを勝ち取るためのことがどれだけクラブで出来るかだと思っています。そこの順序は絶対に代えない。代表ありきのクラブには絶対にしない。クラブがあって代表に出られるという気持ちを常に持っています。今季はうまくいきましたけど、来季はどうなるか分からない。その中で来季もポジティブに挑戦し続けられることが大事になると思う。来季も守らず、どんどんといろんなことに挑戦していきたいなと思います」

―昨年末には小学校時代からプレーしていて、柏にトップ昇格した同期の比嘉厚平選手が引退しました。世代を引っ張っていた選手がピッチを離れることに思うことは多いはずです。
「この年までサッカーが出来て幸せだなと思うことは山ほどあります。しかもその中でも海外に挑戦出来ているので、特に幸せに思っています。比嘉は本当にすごかった。学(齋藤学、横浜FM)も言っていましたけど、僕らの代では本当にすごかった。学もすごかったですど、その学がすごかったと言っているくらいだから本当にすごいんだと思います。比嘉とは最初は一緒のポジションでしたが、僕はベンチ。レイソルジュニアに入ってからは、比嘉と指宿(洋史、現千葉)がいたので、僕はサイドハーフに下がりました。高校に入ったら比嘉がサイドハーフに来たから俺がサイドバックに下がったという感じです。不幸なことに怪我が多い選手でしたね。あいつのためにもじゃないですけど、そういう人たちに胸を張れるような結果を残していきたいなと思います」

(取材・文 児玉幸洋)
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