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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:特別な日(三菱養和SCユース・加藤慎太郎)

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試合前、握手をかわした後に抱擁し、親友対決に臨んだ三菱養和SCユース加藤慎太郎(右)と前橋育英高FW宮崎鴻

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 その想いを語り始めて15分ほど経ったくらいだろうか。会話も終盤に差し掛かった頃、呟くように言葉を絞り出す。「本当に今日1日は嬉しかったですね。アイツと戦えて。今日は本当に特別な日だったんですよ。本当に特別な日だった…」。そう話すと、“アイツ”との45分間に想いを馳せるかのような沈黙が訪れる。加藤慎太郎宮崎鴻とピッチの上で再会した『特別な日』には、既に夕暮れ時が迫っていた。

 加藤が三菱養和のスクールに通い始めたのは小学校3年生の頃。「俺はジュニアに入りたくて、メッチャ一生懸命やっていたんですけど、全部1人でやって1人で決めてみたいな感じだったので、1人だけ浮いていたんです」と振り返る日々を送る中で、ある日突然“アイツ”が現れる。

「毎日オーストラリアの黄色いニット帽をかぶっていたんです(笑)」と加藤が嬉しそうに明かした“アイツ”が宮崎。それまで自分が1番だと思っていた加藤にとって、体も強くボールキープに長けた宮崎の存在は衝撃的だったが、ジュニアに入るという同じ目標を持っていた両者はすぐに仲良くなる。覚えているのは「シンちゃん頑張ろう!」と語り掛けてくる優しい笑顔。4年生に進級するタイミングで、本来は5年生から入れるはずのジュニアに揃って飛び級で加入。上級生ばかりのチームの中で励まし合い、助け合いながら腕を磨いた。当時から飛び抜けて大きかったという2人は2トップを組むこともあったという。

 巣鴨のジュニアユースに昇格した後も仲の良さは変わらない。加藤はポジションをディフェンスに移し、宮崎は変わらず前線で躍動する。現在はU-17日本代表で中核を担う中村敬斗も、2トップを組んでいた1つ年上の宮崎について「体の強い選手なので、中学校の時は収めてもらって、僕が足元でもらって裏へ抜けるとかやっていましたね」と言及する。

 ただ、中学3年生になって進路を決める段階で、ユースへ昇格することになった加藤は、宮崎が三菱養和を退団し、前橋育英高に進むという事実を知る。「鴻が前育に行くって聞いて、退団が決まった時にも『何でだよ』ってずっと思っていた」加藤だったが、「同じピッチでやるには戦うしかないと」決意を定める。三菱養和SCユースはプレミアリーグからの降格が決まり、翌シーズンは前橋育英とプリンスリーグ関東で同居することになっていた。クラブユースと高体連に進む2人にとって、勝負できる舞台は1つのみ。「『絶対に戦おう』って約束した」加藤と宮崎は別々の道を歩み出すことになる。

 1年が経ち、2年が経った。4度あったチャンスが終わっても、約束が実現する日は訪れない。普段からも頻繁に連絡は取り合い、宮崎が帰京した際には加藤も毎回食事を共にするなど、密な交流は続いていたものの、そもそも全国トップレベルの精鋭が集う前橋育英で、公式戦に出るというハードルは並大抵の高さではない。ケガもあってなかなか出場機会を掴み切れない宮崎は、全国準優勝に輝いた2年時の選手権もスタンドから見守ることになる。気付けば残された高校生活はあと1年余りになっていた。

 そんな宮崎がようやくチャンスをモノにしたのは、新チームで臨んだ今年の新人戦。持ち前の体の強さを買われてスタメンに抜擢されると、ゴールやアシストという結果を残し、チームの優勝に貢献する。当然その活躍は“親友”の耳にも入っていた。2月の西が丘。「鴻が注目されているらしいですけど、ちょっと悔しい想いはありますね」と言いながらも、どこか嬉しそうだった加藤の口調が印象に残っている。

 新シーズンのプリンス関東の日程が発表される。1巡目の会場は三菱養和会調布グラウンド。慣れ親しんだ巣鴨ではなかったが、それでも2人が何度も同じボールを追い掛けた思い出の場所であることには違いない。おぼろげになりつつあった“2年越しの約束”の輪郭は、急速にその鮮やかさを増していく。

 2017年7月8日。加藤と宮崎にとって『特別な日』がやってきた。「上原と宮崎鴻はここ出身だから、『もう絶対スタメンだ』と言っていて(笑) それは絶対スタメンでしょう」と笑った山田耕介監督の粋な“アシスト”もあって、同じく古巣対決となった上原希と共に「試合前から慎太郎とは連絡を取り合っていて、『2年間お互い頑張ってきてやっと出れたので、全部出し切ろう』と言っていました」と明かした宮崎は前橋育英のスタメンとしてグラウンドに送り込まれる。

 両チームの11人がピッチの中央に整列し、一礼した後に握手を交わす。「最初整列した時に『ああ、鴻が違うユニフォーム着てるな』って思って、ちょっと涙目になったというのは正直な所で、昨日一昨日からずっと連絡を取り合っていて、バチバチ勝負しようということで凄く楽しみな一戦でしたけど、試合前から鴻が前育のユニフォームを着て、養和のグラウンドにいるというのは不思議な感じしかなかったです」と加藤。湧き上がってくる感傷を必死に抑え、2人はキックオフのホイッスルを別々のユニフォームを纏って聞く。

 結果から言えば、宮崎が前半の45分で交替を命じられたのに対し、フル出場を果たした加藤は勝利の瞬間をピッチの上で迎えた。試合後。「何もやらせてもらえなかったです。ホント情けなくて。成長した姿を見せたかったですけど、ホント何もできなかったです」とうつむきながら、目に涙を浮かべる宮崎の姿があった。

 2人を飛び級でジュニアに引き上げた張本人でもあり、現在はユースの監督を務める増子亘彦はそのことを伝え聞き、「今の立場で考えれば『やられたくないな』って気持ちはありますけど(笑)、本人もお父さんもよく知っていて、良いゲームをしたいし、勝ち負け云々というより頑張っている姿を見られて良かったなと思います。やっぱりあそこのチームで出てくるって大変なことですよ。そこで出てくるというのは本人がどれだけ努力したのかということだと思いますし、逆に言えばオレらも負けてられないよという所で、お互い切磋琢磨していって欲しいですね」と教え子にエールを送ってくれた。

 最初は悔しさを隠せなかった宮崎も、話していく内に少しずつ笑顔を覗かせ始める。「ずっと戦ってきた仲間との試合だったので、凄く楽しかったです」と45分間を振り返った彼に、「間接的に加藤君へ伝えたいことはある?」と尋ねると、「『今日は負けたけど、次はヘディングでも何でも勝つし、試合も勝つ』って言いたいです」と最後はしっかりとした口調で答え、チームのバスに乗り込んでいった。

「アイツには絶対負けたくないなって。基本的にマッチアップのヤツには絶対負けたくないんですけど、今日はそのマッチアップの相手よりも、『鴻の所に行きたいな』ってずっと思っていました」と切り出した加藤は、ゆっくりと終わったばかりの45分間を思い出していく。

「懐かしかったというか、鴻も体つきとか成長していたし、逆に俺も成長している所があったけど、やっぱり『アイツ体強えーな』ってずっと思っていて。だけど、小学生の時からずっと一緒にやっていたから、俺なりの鴻とのやり方というのはあって、スローインでもアイツの前に先に入ってヘディングするとか、そういうのは出せたと思うし、逆にアイツにヘディングで負けた時は凄く悔しかったし、競り勝った時はフィールドの中で『シャー!』とか言ってたんですよ」「結局鴻の所で何回か収まっていたので、ウチのハーフタイムのミーティングでもそういう話が多くて、俺はアイツの交替が残念だったという気持ちより、アイツと45分間やり合えたというのはやっぱり今後もずっと自分の中に残っていると思うし、何より養和のグラウンドでできたというのは凄く嬉しかったですね」「この日を待っていた俺のユースの3年間というか、アイツとこの試合をやるためにと言ってもいいくらいの3年間というか、本当にアイツには負けたくないと思っていたんです」。蓄えてきた想いが溢れ出す。

 試合後に少しだけ会話ができた宮崎からは、「『何もできなくてスマン』と言われた」そうだ。「ノゾ(上原)もジュニアからずっと一緒にやっていて、2人とも今は前橋育英という素晴らしい高校で、スタメンに名を連ねているというのは本当に尊敬できるし、やっぱりアイツらはやれるヤツなんだなって。だから、またやり合いたいなって気持ちが強くなりました」と話す加藤の視線は、既に12月のリターンマッチも見据えていた。

「お互い成長した上で、鴻がやれなかったこと、俺がやれなかったことをしっかり各々克服しつつ、ベストな状態の鴻とやって、また勝ちたいなという気持ちはありますね。逆にノゾも鴻もまた一段階強くなってくると思いますし、それに負けないくらいやらなきゃ次は勝てないと思いますし、次に戦う時も勝ちたいです」。

 5か月後の彼らを取り巻く環境がどうなっているのかは、今はまだ知る由もないが、きっと宮崎がこの日の感情を忘れることはないように、加藤がこの日の感情を忘れることもないだろう。「本当に今日1日は嬉しかったですね。アイツと戦えて。今日は本当に特別な日だったんですよ。本当に特別な日だった…」。その加藤の言葉で、2人にとっての『特別な日』は締め括られた。

 大学へ進むことになれば、また同じチームでプレーする機会があるかもしれないが、加藤にそのつもりはないという。「鴻とは戦いたいですね。鴻とは同じチームでやるというより、やり合える仲でいたいという気持ちがあります」。それでも、違うチームでやり合い続けた先に、2人の努力がたゆまぬものであったとすれば、再び同じユニフォームへ袖を通す機会は訪れるはずだ。それはプロという世界でのことか、あるいは国を背負った舞台でのことか。

 その夢を見る権利が、17歳の彼らには十分過ぎるほどにある。



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