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FC今治オーナー岡田武史の告白(下)「今治で取り組む壮大な実験」

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熱弁は1時間半以上に及んだ

 まさに断腸の思いでした。J3にあがるには、まずJFLで4位以内に入らないといけない。FC今治は昨季6位に終わり、今年は何としても4位以内に入りたかった。しかし6月下旬、8位に低迷していました。当時私はW杯の仕事の関係でロシアにいましたが、日本代表の2試合目を終えた後、一時帰国し、監督(吉武博文氏)を解任しました。監督は「一緒にチームを強くしよう」と私が連れてきた人間です。それでも心を鬼にしました。彼との友情を大切にするあまり、全社員とその家族を路頭に迷わすわけにはいかないからです。
 
 私はFC今治のオーナーに就任した当初、企業理念として「心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」ことを掲げ、チームのビジョンとして「10年後にJ1優勝」を掲げました。勝つだけでなく、選手を育てるプロセスにこだわりを持っています。

 2014年のブラジルW杯が終わった後、ある有名なスペイン人コーチに出会いました。通訳を通して彼と話をする中で、「スペインには『プレーモデル』というサッカーの『型』があるけど、日本にはないのか?」と聞かれました。
 サッカーには作戦タイムがなく、瞬時に攻守が入れ替わります。試合がはじまったら、選手が「自己判断」しなければいけない。だから指導者も一方的に教え込むのではなく「判断させなければいけない」と長年言われてきた。それなのに、欧州の雄ともいえるスペインに『型』があるという。それは型にはめる『型』ではなく、『共通認識の原則集』のようなものでした。それを16歳までに落とし込んで、あとは自由にするのだそうです。
 日本では子供のときは自由を重んじられ、16歳になった高校生からチーム戦術を教えられる。でもスペインでは全く逆でした。「だから日本人は自分で判断できないんだ。驚くような発想ができないんだ」と、今までの疑問がパーンと晴れた気がしました。

 武道には「守」「破」「離」という言葉があります。師匠の教えを忠実に「守」り、他の教えの良いところも取り入れて師匠の教えを「破」り、新しいものを確立して師匠から「離」れる。サッカーにもそういうことがあっていいのではと考え、日本が世界に勝つための「岡田メソッド」を確立しようと考えました。


 「岡田メソッド」は「How To」ではなく、あくまでも原則集です。たとえば「サポート」というプレーひとつにも、原則が4種類ある。そういった原則集を16歳までに落とし込み、原則をもとに選手が自由に発想するチームを作りたい。FC今治から魅力ある選手に育てば、全国から、そして世界から人が集まってくる。コスモポリタンの活気ある街にしたい、という夢に近づくと考えています。

 選手育成のメソッドは常に更新しても、チーム作りで大切にしていることは変わりません。それは土台となるモラルを作ることです。私は長年、監督を経験から「勝負の神は細部に宿る」という哲学を大切にしています。
 2006年ドイツW杯に出場したジーコ監督の率いた日本代表は当時、「歴代最強」と期待されていました。W杯直前、ドイツ代表との親善試合で、勝つのではないかという引き分けを演じたほどです。でもW杯本番では予選敗退に終わってしまった。第1戦のオーストラリア戦で1点リードしながら、残り6分間で立て続けに3点奪われた。1-1の同点にされた後、相手のエース・ケーヒル選手がペナルティエリアやや外側からシュートを打つ瞬間、「ここなら点は入らない」と考えたのか、相手に体を寄せずにその場で中途半端に足をあげた選手がいた。あのとき、もしスライディングできていれば、歴史は変わっていたんです。

 ですから私は細かいことにうるさいです。横浜F・マリノスの監督になった2003年、練習初日にフィジカルコーチが練習場の4隅ににコーンを置いて選手に走らせました。すると3分の2の選手がコーンの少し内側を走り、まじめに走っている選手が少し馬鹿にされていた。
私が「コーチはコーンの外走れ、って言わなかったか?」と選手に話すと、1か月後には誰もコーンの内側を走らなくなった。時折、練習生が来て同じ練習をしてコーンの内側を走ると、その選手が馬鹿にされていました。それがモラルです。モラルをきっちりしたチームを作らないと、その上にどんな立派なビルを建てても勝てません。
(※横浜F・マリノスは2003年から2年続けて年間王者に輝いた)

FC今治の選手と一緒にこの瞬間を味わいたい

 FC今治ではこれまで同様、モラルの上に6つのフィロソフィーを作りました。
①ENJOY(サッカーをはじめた頃の楽しさを忘れない)
②OUR TEAM(各選手が監督であり、主将のつもりでチームのことを考える)
③DO YOUR BEST
④CONCENTRATION(集中力)
⑤IMPROVE(常に前向きに進歩する努力をする)
⑥COMMUNICATION(お互いが認め合うために意思疎通をはかる)

 ⑤について踏み込んだ話をしますと、選手が成長するとき、右肩上がりの直線では絶対にあがらない。波を打ちながらあがるんです。それは、中田英寿中村俊輔香川真司長谷部誠本田圭佑、みんなそうでした。波が下を打ったときに、みんな同じことを言いに来ます。「以前、出来たことが、できないんです」。
 日本代表監督だった2009年6月、オランダ遠征のときに香川が私のところに尋ねてきました。
「以前、抜けたドリブルが抜けなくなったんです」。
 私はこう答えました。
「真司、みんなこうやって(波打ちながら)上がっていく、って言ったよな? より高いところに行くために一度、(膝を曲げる仕草をして)落ちているのに、なんでそんなに後ろ向きなんだ。昔のドリブルなんて極端な話、どうでもいい。お前はイニエスタみたいになりたい、と言っていたじゃないか」
 対照的に、本田の考え方やポジティブさはすごいと思います。彼の首はおそらく後ろに回らないでしょう(笑)。サッカー選手の素質としてはずば抜けてはいないかもしれませんが、あのポジティブさで世界のトップに行っているんです。

 ⑥で私が一番大切にしていることは、その選手の存在を認めてあげることです。これまで約23~26人ぐらいのチームをたくさん作ってきましたが、残念ながら、全員が仲良しのチームは1回もなかった。A君とB君がウマが合わない。C君とD君がそりがあわない。それでもいいんです。A君に任せたら、絶対に止めてくれる。C君にパスを出したら、絶対に決めてくれる。そうやってお互いに認め合うこと。そして、自分もみんなに認めてもらう努力をすることが大事なのだと思います。サッカーに限らず、どの組織においても大切な心構えなのではないでしょうか。

(構成 林健太郎)

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