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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:“42+3”の責任(東京ヴェルディ・柴崎貴広)

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東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 今シーズンの終焉を告げる笛の音がヤマハスタジアムに鳴り響く。その瞬間。柴崎貴広はベンチのすぐ横で、ピッチに佇むチームメイトを見つめていた。J1昇格プレーオフを含めた“42+1”試合にフル出場した2017年と、J1参入プレーオフを含めた“42+3”試合に1分も出場することの叶わなかった2018年。「どっちも結局は苦しいんですけど、何だろうなあ… 逃げるタイミングはたくさんありましたし、手を抜くのも簡単なんです。でも、苦しいけどサッカーが好きだから、何でも頑張ってできちゃうのかなっていうのは、つくづく思いました」。改めて知った“試合に出る苦しみ”と“試合に出られない苦しみ”。緑のハートをたぎらせる36歳のサッカー人生は、それでもまだまだ続いていく。

 2017年11月19日。今から1年前のJ2最終節。6位の東京ヴェルディは、5位の徳島ヴォルティスをホームの味の素スタジアムに迎え、J1昇格プレーオフ進出を懸けた大一番に挑む。そんなヴェルディのゴールマウスに立っていたのが柴崎。プロ17年目にして、初めてリーグ戦フルタイム出場を果たしたシーズンをあと“2試合”続けるために、最後尾からチームを盛り立てると、後半43分に内田達也が挙げた決勝点で劇的な白星をもぎ取り、ヴェルディは5位でプレーオフへの道を切り拓く。ただ、ベテランと呼ばれる領域に差し掛かった守護神は試合後も淡々と、飄々と、言葉を紡いでいた。

「日頃の練習の成果かなと思います」「もう勝つしかないので、勝ちだけを考えてやりたいなと思います」。端的に、短いフレーズが発されていく。だが、リーグ戦のフルタイム出場に話題が及んだ時、その熱量がわずかに変わる。「出れなかったら出れない苦しみもありますし、出たら出たなりの苦しみはありますけど、良い経験になりましたし、まずはプレーオフの2試合が終わってから振り返りたいと思います」。気になった後者の“苦しみ”について尋ねると、少し考えてから答えが返ってくる。「失点しただけで終わってしまう試合もありましたし、ファインプレーで流れを変えることがなかなかできない時期があったので、自分として『何もできていないな』というもどかしさもありましたし、それは本当に苦しかったですけど、最後に笑えればいいので、まずは次の試合を頑張りたいなと思います」。

“試合に出られない苦しみ”は何となくイメージが湧くが、“試合に出る苦しみ”はまさに当事者にしかわからないものだろう。その上で充実した日々を送っていることは、会話が進むにつれて十分に窺えた。プレーオフに向け、改めて意気込みを問う。「前節あたりからプレーオフのつもりでやっていたので、それこそそのプレッシャーを楽しみたいですね。今日も終わった後はさすがにウルッと来ましたけど、まだ次があるので、そこまで大粒の涙は取っておきたいと思います」。冷静な語り口と、秘められた熱さのギャップ。この日の柴崎の雰囲気は今でも強く記憶に刻まれている。

 11月26日。J1昇格プレーオフ準決勝。5位のヴェルディと4位のアビスパ福岡が激突する一戦は、アビスパのホームスタジアム改修を受け、熊本のえがお健康スタジアムで開催される。このゲームにもスタメンでピッチに送り出された柴崎が「立ち上がりからバタバタしちゃいましたね」と振り返ったヴェルディは、前半14分に失点を喫して最低でも2点が必要な展開に。以降も懸命に攻め立てたものの、ゴールは奪えない。「向こうの方が大人だったんじゃないかなって。安定していたし、ウチが攻めてもそこまで焦っている感じもなかったので」と柴崎。ファイナルスコアは0-1。アビスパが次のラウンドへ駒を進め、ヴェルディの2017年シーズンは1年を通じて最も遠い“アウェイ”の地で幕が下りた。

 ミックスゾーンに現れた正守護神は、いつも通り淡々と質問に答えていく中で、ゲームの振り返りから、シーズンの振り返りへと流れが移ると、チームへの想いが滲み出る。「いろいろな方たちから開幕前はヴェルディを評価していただけていなかったので、そういう人たちに向けても良いアピールができましたし、『そうじゃないでしょ』という所をちょっとは見せることができたのかなと思います。サポーターの皆さんには、『今年は悔しさで終わると思うんですけど、来年に喜びはとっておいてください』と伝えたいです」。

 自身の1年にも勝敗とは別の手応えを感じていた。「最後にJ1へ上がれれば一番良かったですけど、充実した部分の方が大きかったです。全試合に出なくてはわからない苦しみやプレッシャーも経験できましたし、出れない苦しみはずっと味わってきた中で、自分は一応“遅咲き”だと思っているので、なかなかJリーグの中でも経験できるチームの少ないプレーオフで得たものを、これからに生かしていきたいですね」。さらに続けた言葉が印象深い。「どうしても人間は欲張りだと思うので、『またいろいろな“景色”を見たいな』と。そのためには成長し続けなくてはいけないので、少し休んでまた頑張っていきたいなと思います」。新たな“苦しみ”と、新たな“景色”を知った柴崎はさらなる成長を誓いつつ、充実のシーズンを締め括った。

 2018年12月2日。J1参入プレーオフ2回戦。大宮アルディージャを10人で下した1回戦を経て、意気上がるヴェルディは横浜FCと対峙する。シーズンの順位は前者が6位で後者が3位。ヴェルディは勝利がJ1クラブとの決戦を引き寄せる唯一の条件になる。ウォーミングアップに出てきた柴崎は、かつて3シーズンをホームとして過ごした“三ツ沢”に感慨を覚えていた。「このスタジアムの雰囲気が好きですし、人もいつもより入っているので良い雰囲気でしたね」。古巣対戦にも自らの役割を整理してゲームに向かう。

 後半アディショナルタイムも6分を回っていた。スコアはまだ動いていない。このままなら敗退が決まる状況で得たヴェルディのコーナーキック。佐藤優平が描いた軌道に、緑ではなくグレーのユニフォームがヘディングで呼応すると、南雄太が懸命に弾いたボールをドウグラス・ヴィエイラがゴールネットへ流し込む。「最近ああいう形をキーパーでも練習していたので、『練習通りだな』ってみんなで話していたんです。ベタな話ですけど、サッカーの神様が見ててくれたみたいな感じでしたね」。リスク覚悟で上がって行ったキーパーが得点に絡む劇的な決勝点をこう表現した柴崎が、ゴールの瞬間を見届けていたのはアップエリアだった。

 殊勲の上福元直人が報道陣に囲まれる傍らで、柴崎は静かにミックスゾーンへ姿を見せる。「この場所で、こういう想いができて、自分のサッカー人生の中で凄く思い出に残る1試合だったなと感じていますし、自分は出ていないですけど、『サッカーっていいなあ』って改めて思いました」「一緒に練習している選手が活躍するのは自分にとっても良い刺激になるので、本当に良い1日というか、今年1年の中でも良い日だったなと思います」。淡々と、飄々と、それでいて穏やかに、会話が進む。

 2018年シーズン。柴崎にリーグ戦の出場機会は1度も訪れなかった。だが、プレーオフの2試合も含めると、44試合のすべてでベンチに入ってチームを支えてきた。「試合に出ている方が簡単というのはありますね(笑) コンディションはかなり難しいです。でも、健康にサッカーができているのが幸せですね。だから… 良い1年ですよ」。その言葉に嘘はないと思う。それでも聞かずにはいられない。「ああいう昨年があって、こういう今年がある中で、どうしてそんなに自分を保てるんですか?」と。

 返ってきた口調には少しの淀みもなかった。「常にやるのがプロとしての義務だと思いますし、それがプロですから。プロとプロじゃない人たちと何が違うかと言ったら、やっぱり“責任”があるかないかで、もちろん背負っているものがありますし、それはサポーターの想いも、家族も、ヴェルディの歴史もそうですし、来年は50周年ということで今年はどういう形でもJ1に上がりたいと会社も頑張っていますし、それが1つになって今は結果が出ているのかなって。だから、もちろん出れないのは悔しいですけど、そんなこと言ってられないですよ。まず勝つことが第一優先でやっているので、今日も勝てて良かったですし、その悔しさはオフで来年に向けてやればいいだけですし、試合に出れなくても上手くなれるので、そう思ってやっているだけです」。試合に出るか、出ないか。そんな次元を超えた様々な“責任”が柴崎を衝き動かしていた。そして正真正銘のラストゲーム、クラブの未来を変え得る“42+3”試合目がやってくる。

 今シーズンの終焉を告げる笛の音がヤマハスタジアムに鳴り響く。その瞬間。柴崎貴広はベンチのすぐ横で、ピッチに佇むチームメイトを見つめていた。12月8日。J1参入プレーオフ決定戦。ヴェルディはジュビロ磐田に0-2で敗れ、11年ぶりの“復帰”は露と消える。他の選手がベンチコートに身を包む中、緑のウェアに黄色いビブスを付け、まるでいつでもピッチへ飛び出して行けたかのような格好のまま、うつむく選手たちに声を掛けていく。井上潮音の頭を優しく叩き、上福元を握手で労い、ロティーナ監督と短く抱き合う。サポーターで埋まったゴール裏に、メインスタンドに一礼を終え、もう一度だけゴール裏へ視線を向けて、柴崎はロッカールームへ姿を消した。

 大勢のメディアでごった返す取材エリアに柴崎が現れる。「細かい所の差があったなと。基本的なボールを止める蹴るとか、大事な所でミスをしないとか、『差があるなあ』と感じましたし、今日みんな感じたことがあると思うので、それを持ち帰ってチームとしても個人としても、良い時間にしなくてはと思います」。終わったばかりの90分間を振り返っていく。淡々と、飄々と。いつものスタンスはこの日もまったく変わらなかった。

 今年も新たな“景色”を見ることができたのか、聞いてみる。「去年とまた違う良い“景色”を見れましたし、やっぱり何度でも大きな、綺麗な、凄い“景色”を見たくなるので、だから頑張れるのかなと。また、“それ”を見せてあげたいというのもあるので、若い時はそんなことは考えなかったですけど、ベテランの人たちはそうだったんだなと思いますね」。ある表現が気になって質問する。「そういう“景色”を『見せてあげたい』のは誰ですか?」。

 その対象はこちらの想像を遥かに超えたものだった。「すべてと言ったら大袈裟かもしれないですけど、今いる選手やサポーターだけではなくて、まだヴェルディを知らない人たちにも、これから好きになってくれる人がいるんだったら、そういう人にも見せてあげたいですし、本当にチームを発展させたいというのが一番で、今はいろいろな人にヴェルディを知ってもらいたいんです」。14シーズンを過ごしてきたクラブへ注ぐ愛情は、そう簡単に誰もが太刀打ちできる質量ではない。

 最後の質問は決めていた。「“試合に出る苦しみ”と“試合に出られない苦しみ”への想いは、今年で変化しましたか?」。一瞬だけ何もない天井に目をやった柴崎は、噛み締めるように語ってくれた。「どっちも結局は苦しいんですけど、何だろうなあ… 逃げるタイミングはたくさんありましたし、手を抜くのも簡単なんです。でも、苦しいけどサッカーが好きだから、何でも頑張ってできちゃうのかなっていうのは、つくづく思いました。まあ、家族もいますしね(笑) なので、どんな状況でも少しでも長くやりたいし、『個人の成績よりもまずはヴェルディが』という気持ちが今は本当に強いので、現役でいる内にJ1へもう一度戻りたいなと思います。だから、全部が良い“苦しみ”なのかなと。サッカーをやめてからの方が絶対に苦しいでしょうしね。だから、もう少し“苦しみ”を楽しみたいなと思います」。

 35歳で味わった“試合に出る苦しみ”と、36歳で味わった“試合に出られない苦しみ”。その両方を突き付けられた先に待っていたのは、『サッカーが好きだから』という初期衝動のように純粋な感情と、苦しむことすら楽しみたいという現状に対する感謝の念だった。プロサッカー選手として、“42+3”試合の責任を背負いながら戦ってきた今年を経て、これから待ち受けているであろう“苦しみ”もまた、さらに大きな男へと成長するための過程であることは、誰よりも自分が一番よく理解している。改めて知った“試合に出る苦しみ”と“試合に出られない苦しみ”。緑のハートをたぎらせる柴崎貴広のサッカー人生は、それでもまだまだ続いていく。


■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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