beacon

JFA田嶋会長インタビュー「退院したらあれもこれもやらなきゃと…」異例の“直接支援”に込めた思い

このエントリーをはてなブックマークに追加

インタビューに応じた田嶋幸三会長(オンライン会議アプリのスクリーンショット)

 日本サッカー協会(JFA)は14日、理事会の承認を経て「新型コロナウイルス対策 JFAサッカーファミリー支援事業」を立ち上げた。事業の目玉は財政難に陥ったクラブチームやスクールを対象に、JFAの自己財源から直接融資を行うという異例の支援制度。すでに全国各地から80件以上の仮申請が集まっており、来週末にも融資がスタートする見込みだ。

 『ゲキサカ』ではJFAの新制度について、田嶋幸三会長とのインタビューをオンラインで実施。自らも新型コロナウイルスの脅威に直面しながら、病床で支援の方針を思案していたという日本サッカー界のトップに、今回の支援制度にかける思いや、今後の支援体制拡大への見通し、度重なる大会中止で苦しむ育成年代プレーヤーへのメッセージなどを約30分間にわたって聞いた。


—はじめにこの支援事業の立ち上げに至った経緯について教えてください。
「まずですね、これだけ長い期間サッカーができなくなっていて、しかも自分たちの意思でやれないわけではなく、非常事態宣言や新型コロナウイルスに打ち勝つための措置として自粛しています。われわれがやっているサッカーというスポーツは『3密』(密閉・密集・密接)に引っかかってしまいますし、目に見えない敵なので仕方がありません。ただそういった中、Jリーグのみならず、月謝で成り立っている小さなクラブやスクールが、2月、3月、4月、5月とほとんど活動ができていません。彼らは固定給としての人件費であったり、場所を借りたり、事務所を借りたりと、その間にも経費がかかっています。そういったところからの悲鳴は私のもとにも聞こえてきており、これをなんとかしなければならないということで、このJFAサッカーファミリー支援事業を立ち上げました。

 第一回の支援は、5月の給料日までに間に合わせたいという気持ちがありました。政府のほうでも雇用調整助成金というものがありますが、支給は申請から2か月後になるので間に合いません。また法人格を持っているクラブなら助成金を申請できますが、われわれサッカー協会に登録しているクラブの4種(小学年代)、3種(中学年代)クラブの8割近くは任意団体です。そういったところは政府に申請ができません。じゃあやはりどこかが救わなければいけないんです。一度つぶしてしまったら元に戻すことは非常に難しいですし、8月か9月に『もう一度サッカーができますよ!』となった時、いざ蓋を開けてみれば『あのスクールがなくなりました』『あの指導者は辞めてしまったらしい』『もうクラブが存在していないよ』ということになったら本当によくない。これまで長い間、サッカー界が築き上げてきた人材であったり、クラブというインフラであったり、そういったものが全部なくなってしまいます。これは取り返しがつかないことです。なので、まずはなんとかそういったものを維持することを考え、街クラブとスクールのサポートから始めました。

 ただ、今回はあくまでも第一次支援です。これから第二次でどういったところをサポートしていくか。もしかするとJリーグやなでしこリーグ、フットサル、ビーチサッカーなどをサポートしなければならなくないかもしれません。なので第一次、第二次、第三次、第四次と長い目で考えていこうと思っています」

—Jクラブのように内部留保もなく、月謝が入らなければ指導者に給料が払えないといったような街クラブが最優先ということですね。「非常に素早く、一番苦しんでいるところに」という点で大きな助けになる取り組みだと感じました。ところでそうした意思決定の背景として、現場からどのような声があがっていたのですか?
「現場からの苦しい声はさまざまなことで伺いました。私自身が直接、話を聞いたこともあります。ただ、そういった声があるのはもともと予想できたことでもありました。私自身も現場で長くやってきたこともあり『あのクラブはどうだろうか?』『人件費は払えるのか?』『アルバイトでやっていた大学生は困らないかな?』と予測することができていたので、今回は自分自身が感染して入院することになったのですが、入院の後半は身体が元気になっていたこともあり、退院したらあれをやらなきゃ、これもやらなきゃといろいろなことを考えていました。そのため退院してすぐにこういった取り組みを始めました。ただ政府や役所とは違い、われわれはこういったことを専門にしている組織ではありません。こうした制度設計はほとんど初めての経験です。ただ、東日本大震災の時に一度やっていましたし、またわれわれの職員が非常にみんなよくやってくれたことで、ここまでやってこれました」

—今回の取り組みは支援に至るまでの迅速さが特長だと思います。また選手の登録料や協会納付金(編注:有料入場収入の3%相当額を協会に納付する制度。育成年代への投資などに使われている)の免除を入院中に先立って発表されていましたが、その時期から支援の取り組みがスタートしていたわけですね。
「おっしゃる通りです。まず協会納付金に関しては、これまでは普通に続けてきましたが、今年は要求できないだろうと考えました。『選手の給料どうしようか』と言っているクラブからそのお金は取れません。また登録料は返す手続きが煩雑になるとか、県協会が一括で受け取っているから困るとかいろんな意見がありましたが、それでも免除することにしました。給料が減った家の子どもたちからお金を取れるのか、また働きながら試合をしている1種年代の選手も自分のお店が潰れそうという話もある中、そうしたところからお金を取れるのかという話です。むしろそういった人たちにこそ、サッカーをしてほしいし、サッカーで元気になってほしい。登録料も大した額だとは思っていませんが、免除には象徴的な意味合いもあります。まずはこれを決めるぞということで、他の取り組みがついてくると考えました。みんなでサポートするぞ、みんなでサッカー界が一枚岩になって、この難局を乗り切ろうというメッセージになると思っています」

—有料試合の納付金の免除は、Jリーグなど大規模組織にも助けになる施策ですね。
「協会納付金については、もともといろんな議論がありました。1993〜96年は逆に5〜7%をいただいて、代表チームの強化にたくさんのお金を使えていた時期もありました。いまも持ちつ持たれつの関係ですが、世界的に見ても3%というのがおおむね標準です。なので平時であればいただくのが普通だと思っています。ただ、こういう時には『できることからすぐにやる』というのが一つのスイッチになります。まずトリガーを引いて、これをやるならこれも、これも……と進んでいっていくための一つのメッセージだと考えました」

—まずは登録料免除などで全体を助け、次に今回の第一次支援でとくに困っているところを救い、さらに今後は……という流れですね。現時点で次なる支援の見通しはいかがですか?
「第一次支援では5億円の予算を確保し、街クラブとスクールを支えていきます。ただ、今回は融資という形です。先ほど申し上げたように、政府の雇用調整助成金が2か月かかるので、それを待っていたらクラブは潰れてしまいます。なので5月の給料日に間に合うように助成するため、5月7日から仮申請の受付を始め、すでに審査を行っています。そして今回、理事会での承認を受けて、次々に融資額を決めています。この後、WEB契約を完了すれば、翌週には振り込まれるという圧倒的なスピード感で融資ができると思っています。まずはスピードを最優先にして、5月22日までに振り込めれば給料が払えるだろうと考えました。ただ今回は融資なので、10年間無利子・無担保とは言っても借金は借金です。やはりクラブとしては躊躇する方もいらっしゃると思います。『これをやってくれてありがとう』という感謝の電話が多くあったという報告を受けていますが、中には『できれば給付にしてくれませんか?』という声もありました。今後は(新設の寄付金口座で)寄付金も集めますし、さまざまなことをやりながら、給付できるようなシステムを第二次以降でやっていければと思います」

—発表資料や別媒体での発言を拝見した限りだと、今後はより長い目で、スポーツ界全体を見据えた支援を行う形になりそうですね。
「もちろん他競技団体に直接支援するということではないんですが、まずはJリーグを絶対的にサポートしていきます。Jリーグはtotoの財源ベースですから、totoくじの収益は各競技団体の強化資金に回ります。日本スポーツ振興センター、JOC(日本オリンピック委員会)やJSPO(日本スポーツ協会)にも回るわけです。したがってまずはJリーグをしっかり安全に再開させることをフルにサポートしていきたいと考えています」

—それが間接的に幅広いスポーツ支援につながるということですね。
「そうですね。あとは選手たち自身が医療従事者への感謝の気持ちを示すなど、さまざまなことをいち早くサッカー界からやってくれました。われわれはそこに『Sports assist you~いま、スポーツにできること~』というタイトルをつけて取り組みを始めたんですが、これに陸上などさまざまなスポーツ種目の選手も乗ってきてくれています。そういう意味ではサッカー界というより、われわれサッカー界が持っているプラットフォームでみなさん一緒にやりましょうという形で、さまざまな種目とも手を取り合ってやっていきたいと考えています」

—こうした話を聞いていると、やはり気になるのは予算です。JFA自体も主催試合を組むことができず、資金を確保できる手段がなかなかない中で、こうした意思決定をするのは難しかったと思います。そのあたりの見通しはいかがですか?
「まずは私たちが職員を抱えているわけですし、47都道府県に協会があるわけで、そこが困窮してしまったら本当に大変なことです。まずはそこに対するサポート、キャッシュフローの蓄えをしていくことが最優先になるのは事実です。ただ幸いにも先輩方がさまざまなことで蓄えてきてくれた特定預金があります。違う名目にはなりますが、今回のは大災害ですよね。そういうものに使うことは許されるだろうと考えています。またそれ以上にもっと大きなお金が必要なのであれば、さらに特定預金を取り崩しながらやっていきたいと考えています」。

—そういった意味では今後の収入源の確保も必要になると思います。田嶋会長は国際的なネットワークを通じて財政状況の把握なども進めていることと思いますが、そのあたりはどのように捉えていますか?
「まずFIFA(国際サッカー連盟)が各国協会に対してサポートをすると言ってくれています。日本にどれだけ回ってくるかわかりませんが、そういった支援はしっかりと受けたいと思っています。その上で日本協会がしっかりと地盤を支えていこうと思っています」。

—その一方、国内を見渡せばグラスルーツで見えない苦労をしている団体もあると思います。今回の支援制度では男女を区別していませんでしたが、たとえばより厳しい環境にあるとされる女子サッカーの支援で前向きに動いていることはありますか?
「女子サッカーからはもっともっとサポートしてくれという声が多く来ると予想していましたが、残念ながら申請があったのは数チームでした。男女が一緒にやっているチームも多いので、もっと来ているとも言えますが、もっと支援をしていけるというアピールをしていきたいです。またこれは難しいのですが、小さいクラブでボランティアで指導しているチームは(流行前に比べて)被害が少なく、人を雇っていて固定給があるほうが被害が大きいとも言えます。これは残念なことでもあるのですが、女子はまだそういう基盤を持っているチームが少ないこともあるかもしれません。いまの申請状況は割合で言えば男子のほうが多いです」

—まさにいまおっしゃられたように女子は指導者の善意で成り立っているクラブが多いと聞きます。ただ、ここで支援がなければ簡単にチームがなくなってしまうという状況になることが恐ろしく思います。
「そういうところを絶対につぶさないようにしたいと思います。つぶしてしまう前にまず、ぜひとも私たちの支援事業に目を通してくださいと伝えたいです」

—協会がニーズを把握するという点でも、まずは相談をしたほうがいいですよね。
「おっしゃる通りです。われわれも全体を把握しようということでウェブでのアンケートを行ったり、クラブに送付したりしていますが、残念ながら返ってくるのは数%です。まだ全体のことを把握できていないこともあります」

—今回の融資の対象外だとしても、ニーズの把握が進めばそれが二次、三次の支援に活かされると捉えて大丈夫ですか?
「そうですね。また、われわれのファミリーで重要な役割を担っている登録チームはさまざまな支援を受けることに問題はありません。ただ3種、4種では登録したくてもできないチームもあります。そのほかスクールも登録制度に乗っていません。ただ、われわれはそういった登録に入っていないところも同じサッカーファミリーとして救おうと考えています」

—最後に『ゲキサカ』読者には中高生も多いのですが、大会がなく不安に思っている選手がたくさんいます。クラブ支援、指導者支援が結果的にプレーヤー支援につながるという側面は承知していますが、このあたりの選手たちのサポートについて新たな取り組みや議論を進めていく見通しはありますか?
「まず今回の申請で一番多かったのは3種年代、中学生年代のクラブでした。そこのところを絶対につぶさないよう、僕たちはサポートしていかないといけません。Jクラブのアカデミーであればまだ良いかもしれませんが、街で頑張ってやっている3種クラブが一番悲鳴を上げています。これはそういった読者の方々にも影響するところです。あのクラブがなくなってしまったということは絶対に起きないようにしたいです。ただでさえサッカーをやりたい子が入れるクラブがそんなに多いわけではないので、それを残していかないといけないと思っています。今回、第一生命の『子どもたちがなりたい職業』でサッカー選手が久しぶりに1位になったんです。僕は1日1回、散歩や自転車で近所を回るんですが、一人でリフティングをしている子がすごく多いです。われわれは『めざせ!ファンタジスタ』JFAチャレンジゲームという企画を行っていますが、中学生で最高の20級まで行っている子もすごく多いです。そういう方には代表ユニフォームをあげています。そして送られてくる動画を見るとすごく上手いですよね。いまはそういった一人でできる活動が求められているので、あのシステムを残しておいて良かったなと思っています。そういう意味では読者の方もぜひ『めざせファンタジスタ』やってください。自分の家の前でもできますし、賞品としてユニフォームを差し上げています。もっとすごい賞品を出したいと思っているくらいです。一人でもできますし、ボールが一つあればできます」

—なかなか大会開催の見通しが立たない中で、動画で輝ける場所があるのは良いですね。ただ一方、子どもたちはやはり出場する大会を求めている部分があると思います。とくに田嶋会長は世代別代表の監督として「一つの大会に向かう選手の成長」を誰よりも感じてこられたと思います。そのあたりの環境を今後、作っていくという見通しはいかがですか?
「まずサッカー自体が再開できるようになってもらわないといけません。そうでなければ大会、対外試合はあり得ません。全国的に新型コロナウイルスが制圧されていなければ全国大会はできない。だからまずは打ち勝つために一市民として協力していくことが大事です。サッカーの大会が来るのはその後ですね。ただ、いまの小学校6年生、中学3年生、高校3年生、大学4年生に対しては、なんとか卒業するまでに大会をどこかでやれるようにしてあげたいと思っています。いまは9月入学の話もありますが、ワクチンができた後にでも来年、本当に素晴らしい大会をそれぞれやってもいいんじゃないかと思っています」

—特に育成年代の選手においては、空白期間を作らないことが日本代表強化という文脈でも大事になると思います。そうした未来の日本代表を支える選手たちにメッセージを頂ければと思います。
「まずこれはいま世界中で起きていることです。日本だけではありません。この後、どんなふうに世界が変わっていくのか、サッカー界もそれに適応しなければなりません。だからこそ、まずは皆さんもこの現状をなんとか耐えましょう。そして自分一人でできること、走ったり、階段を登ったり、ボール扱いを簡単なものにしたり、できることをしっかりやって、サッカーがまたできるようになった時にそれをどんどん活かしてください。そうなった時には皆さんの要望に応えられるような大会をやっても良いんじゃないかと考えています。それくらいの気持ちでいます」

*********

 第一次支援の申請は6月30日まで。相談は電話でも受け付けているが、原則的には申請・相談ともにWEBのみ。融資を受けたい、相談をしたいというクラブチームやスクールの担当者の方々はJFA特設サイトを確認してください。

(インタビュー・文 竹内達也)

TOP