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手紙に綴られた「このメンバーで最後まで戦いたい」。進学校・鎌倉のサッカー部員たちのRe-START(リスタート)

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鎌倉高のキャプテン、MF五十嵐壮介は「一緒にRe-START(リスタート)させて下さい!」

「僕はこのチーム、このメンバーで最後まで戦いたいです。今までの当たり前はもう有りません。今までの当たり前に感謝し、伝え、そして新しいカタチで再出発しましょう。一緒にRe-START(リスタート)させて下さい!」

 7月7日、神奈川県屈指の進学校、鎌倉高のサッカー部は約4か月ぶりとなる全体練習。その開始直前、キャプテンのMF五十嵐壮介(3年)は宮澤仁監督から時間を得て、仲間たちへの手紙を読み始めた。

 原稿用紙3枚にびっしりと書き込まれた言葉。全部員の前に立ち、新型コロナウイルスの活動休止期間に考えたことを伝えた。関東大会予選、インターハイ予選という活躍の場が奪われたことはもちろん悔しい。休校、活動自粛となり、一人で自主練習する日々。それでも、唯一良かったことがあるのだという。それは、「仲間の大切さを再確認できたこと」だった。

「今まで僕がサッカーを頑張ってこれたのは、ここにいる仲間のお陰だと強く感じました」

「仲間たちと一緒にサッカーができることがとても幸せだと思いました」

「一人で練習している時もみんなのことが頭に浮かびました」

 五十嵐の言葉にうっすらと涙を浮かべるチームメートも。1年の3分の1もの間、全体練習から遠ざかっていたのだ。サッカーに対する思いが薄れてもおかしくない。特に3年生は受験勉強を控えていたが、彼らはサッカーへの熱い思いと選手権まで続けるという覚悟を持って、全員が引退せずにこの日を迎えた。その仲間たちに対し、キャプテンは飾らない言葉で自分の思いを伝えた。

 技術、体力が落ちた部分があったのは間違いない。再開できたとは言え、練習は思い通りにいかないかもしれない。心が折れそうになるかもしれない。それでも、五十嵐は「一人でボールを蹴っていたあの日に比べれば、何倍も、何倍も楽だと思います。なぜなら、今は一緒に乗り越えてくれる仲間がいるからです」と言い切った。

 そして、「仲間と一緒にサッカーできる喜びを感じた僕たちは、もっともっと強くなれると思います」と宣言した。キャプテンの決意を聞き終えたチームメートたちは、大きな拍手。リーグ戦、そして最大の目標である選手権予選へ向けて、一緒に「Re-START(リスタート)」を切った。

 副キャプテンの一人、MF楯直大(3年)は五十嵐の手紙について、「自分も同じような思いは抱いていて、五十嵐と(もうひとりの副キャプテンGK石川蒼と)3人で話し合ったり、(宮澤)監督と連絡を取りながら『どうしたら前を向いてやっていけるか』と話していたりしていたので、ああいう風に考えてくれて、凄く嬉しかったです」と感想を口にする。

 各選手はやや感情が昂ぶった状態で全体練習をスタートした。初日のメニューは対面パス、1タッチのパス交換、4対2。1時間30分弱行われた練習は、普段であれば軽めのメニューだという。選手たちは時折キツそうな表情も見せていたが、それでも、それぞれが楽しそうにボールを蹴っていたことが印象的だった。好プレーがあれば、「肘タッチ」するシーンも。感染予防対策も意識しながら一歩を踏み出した。

 栃木SCでプレーした経歴を持つ宮澤監督は練習前に「また、みんなでサッカーできる喜びを感じて欲しい」と選手たちに言葉がけしていたが、「普段以上に楽しそうにやっていましたね」と微笑。また、GK石川蒼(3年)は「鎌高ってGK少なくてできるメニューが限られているんですけれども、できるメニューを前々から考えて臨んだりしてやって、楽しかったです。(みんなの顔を) 部活が終わった後に見ると清々しくて、こちらの気分も良くなりました」と笑顔を見せていた。

 鎌倉はかつて、全国高校選手権2回、インターハイにも3回出場している伝統校だ。宮澤監督から「1日の10分間を見直せ」「習慣を変えろ」と指摘されていることもあり、時間を有効活用しながら、勉強、サッカーに取り組んでいる。今春卒業したGK山田怜於は、U-16神奈川県選抜の一員として国体制覇を果たし、勉強面でも努力して早稲田大へ進学。彼のように文武両道を目指して入部してきた部員や、スキルは劣ってもサッカーを楽しみたい、上手くなりたいという部員など様々だ。それでも、鎌倉は各部員が自立心と主体性を持って努力。それぞれの頑張りを認め合い、一緒にサッカープレーヤー、人間として成長していく姿がある。

 そして、今回のコロナ禍によってその絆は深まった。五十嵐は「正直、みんながいないと、こんなにキツイのかと思って……。一人でやるサッカーもつまんなくはないんですけれども、全然違っていました。みんながいるっていうだけで何もしなくても凄く嬉しいし、それでサッカーすると、凄く満足というのがあって、ここからはそれをパワーに変えられたら良い」とコメント。どんなに苦しい状況と向かい合うことになっても、仲間との絆をパワーに変えて乗り越えていく。

 それぞれがチームのために戦うという決意を持っての「Re-START(リスタート)」。石川は「自分の強みがシュートストップなので、チームのピンチを救って流れを一気にこっちにもって来れるようにして、上に連れて行けるように。目標は(神奈川)ベスト4です」と語り、楯は「ベスト4という目標を立てているので、(選手権は)1次予選からという厳しい形ではありますが、そこを目指してチーム一丸となって頑張っていきたい。自分はパスと攻撃参加を強みに持っているので得点はもちろんですけれども、アシストなど攻撃面で活躍したい」と意気込んでいた。

 Re-START(リスタート)した選手たちへ向けて宮澤監督は、「今まで当たり前だったことが当たり前じゃなくなった時に、実は周りの色々な人が支えてくれたり、今まで恵まれていたんだなと感じて欲しいですし、サッカーができる喜びや仲間や親に感謝の気持ちを持って欲しいですね。コロナをマイナスに捉えるのではなく、プラスに捉えて欲しい。この経験はなかなかできることではないので。最後に、サッカーを全力で楽しんで欲しい。今まで以上にサッカーを楽しんで欲しいです。そして、この喜びを忘れないで欲しい」とエールを送った。

 鎌倉イレブンの物語は、ニューバランス社が動画で撮影。練習だけでなく、部室や帰宅シーン、教室の風景も収めていた。Re-START(リスタート)キャンペーンの動画コンテンツとして9月25日から配信されている。五十嵐は「めっちゃ緊張しました。常にカメラが向いていたので」と微笑んだが、この貴重な経験も彼らはこれから先の人生のプラスにしていく。

 宮澤監督は五十嵐の決意表明について「一番思いを込めてここに入学してきている子なので、飾らず素直な気持ちが伝わってきました」と目を細めていた。その五十嵐は、「選手権はできるだけ上まで行きたいと思っています。個人的にはテクニックとか、決定力というプレーヤーではなく、泥臭くチームを引っ張っているので、そこは引き続き、誰よりも身体を張って、誰よりも声を出して、チームを引っ張っていきたい」。全国各地域の高校の中でも特に遅いRe-START(リスタート)。それから2か月後、選手権神奈川県予選をスタートした鎌倉は綾瀬西高との初戦を4-0で制す。

 ブロック準決勝では選手権出場5回の歴史を持つ伝統校・旭高と対戦。3回戦屈指の好カードと目された一戦で鎌倉は前半に先制した。だが、後半に追いつかれてPK戦へ突入。鎌倉の各選手は仲間のことを思い、大事にシュートを決めていく。5人では決着がつかず、互いに決め続けて11人全員がキッカーを務めたほどの死闘。結果、鎌倉は11-12で敗れた。

 神奈川ベスト4という目標を仲間たちと実現することはできなかった。支えてくれた家族や恩師、仲間、後輩たちに勝ち上がる姿を見せられなかったことは本当に悔しい。もっと仲間たちと一緒に、全力でサッカーをしたかったという思いもある。だが、彼らはこの1年間で大事なものを再確認することができた。それは、仲間と一緒にサッカーすることの楽しさ、仲間との絆だ。これからの目標はそれぞれ。それでも、彼らはRe-START(リスタート)からの約2か月半でより深めた絆を持って、次の目標達成へ歩み続ける。
(取材・文 吉田太郎)
●【特設】高校選手権2020

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