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オランダ対ブラジル戦担当、西村主審&相樂副審インタビュー

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 西村雄一主審、相樂亨副審、ジョン・ヘサン副審の日韓トリオが2日の準々決勝・オランダ対ブラジル戦を担当する。西村主審のトリオはすでに11日のフランス対ウルグアイ、21日のスペイン対ホンジュラス、24日のパラグアイ対ニュージーランドの3試合を担当。日本人審判がW杯で4試合担当するのは史上初の快挙だ。

 日本代表チームは惜しくも決勝トーナメント1回戦で敗れたが、“もうひとつの日本代表”である西村主審トリオは“ベスト8進出”。しかもオランダ対ブラジルというビッグカードの担当となり、FIFAからも高く評価されていることを結果で証明した。

 西村主審のトリオを含め、W杯南アフリカ大会に参加している国際審判団は6月29日にプレトリアでメディア向けの公開トレーニングを行った。フルコート2面を使い、スピーカーからブブゼラの爆音が流れる中でのトレーニング。地元の学生が選手として参加し、実戦で起こるさまざまなパターンを確認していた。

 主審は、一方のペナルティーエリア付近から逆サイドへダッシュ。ハーフウェーラインに達するタイミングで笛を吹き、選手はクロスを上げる。ゴール前でセンタリングを待つ攻撃側選手と守備側選手の競り合いにファウルがあったか、ファウルならどちらのファウルか、カードは必要かを走りながら瞬時に判断するトレーニングを繰り返した。

 副審はオフサイド判定のトレーニング。パスを受ける攻撃側選手がゴール方向へダッシュし、守備側選手はオフサイドトラップをかけようと、向かい合う形で走ってくる中、2人がちょうどすれ違うタイミングで後方にいる攻撃側選手がロングボールを蹴る。副審はオフサイドラインを見極めるため守備側選手と並走し、ボールが蹴られた瞬間に攻撃側選手が前に出ているかどうか(オフサイドかどうか)を判断。これを5回連続で繰り返すと、すぐにピッチ横にあるモニターにリプレーが流れ、自分の判断が正しかったかどうかを即座に確認していた。

 練習後には審判団が報道陣の取材に対応。西村主審、相樂副審にそれぞれ話を聞いた。

西村雄一主審
―今日のようなトレーニングをいつも行っているのか?
「トレーニングは今日みたいに2つのピッチを使ってやりますが、試合の3日前からメニューは変わります。試合3日前のメニュー、2日前のメニュー、前日のメニューがあり、試合翌日のメニューもあります。試合2日後はレスト(休み)。それぞれの審判が自分のスケジュールに合わせてトレーニングを行っています」

―W杯前に「最初の試合が自分にとっての決勝」と話していたが、もう3試合を担当した。
「決勝を3試合やったら疲れました(笑)。僕だけでなく、すべての審判がそれぞれの試合に向けてベストに持っていく努力をしています。毎日が決勝です。自分に試合がなくても、周りの仲間が“今日決勝をやってるんだな”と思って日常生活を送っています」

―21日のスペイン対ホンジュラスと24日のパラグアイ対ニュージーランドの間は中2日しかなかったが?
「先ほど説明したトレーニングメニューでは中2日に合わないので、試合2日後のオフが移動になった。試合前日に(パラグアイ対ニュージーランドが行われた)ポロクワネに車で移動して、ポロクワネで軽く体を動かしました。日本人のメディカルスタッフもたくさんいるのですが、彼らの力がなければ中2日は難しかった。僕を含めて3、4人の審判が中2日でやりましたが、みんなパフォーマンスを落とさずにできたのはメディカルスタッフのおかげです」

―W杯に向けて普段と違う準備をしたことは?
「南アフリカに来る前に飛騨高山で高地トレーニングを1週間積んできました。その成果をこちらでも感じることができた。1試合目はケープタウンで標高0mでしたが、2試合目はエリスパークで1700m、3試合目のポロクワネが1300m。なんとかパフォーマンスを発揮することができたと思っています」

―高地の影響を感じたことは?
「後半30分くらいでいったんスタミナが切れる。もう一歩早いスピードに入れたいけど、入れられない。そのときにどうするかは、トレーニングの成果が出ていたと思います。後半30分過ぎになると、なんでこんなきついのかなというのはあります。笛を長く吹くつもりでも、途中で息がなくなって、短く切れることもあります。標高0mのケープタウンではそういうことはなかったのですが、2回ぐらい滑った。夜露が濡れてきて、氷の上でやってる感じで、ウルグアイの選手もフランスの選手もやりづらそうだった」

―ブブゼラの影響は?
「このごろは心地よくなってきました(笑)。トレーニングでもスピーカーから同じぐらいの音を出しています。それでずっとやっているんで、“鳴ってるな”というぐらいで。ただ、近い距離の声が聞こえないし、選手同士も声は届いていないと思う。コイントスのときも大変。単純な会話が大変です」

―選手に注意しようにも声が届かない?
「実際に声を出さなくても、姿勢だけで意思を伝えることはできます。エナジーエリアというのですが、“気”のようなものですね。エナジーエリアの先生は格闘家なんですが、選手との距離を縮めてエナジーエリアに入り、気を持って選手に自分の思いを伝えてゲームをコントロールする。言葉がなくても、腕や手の動きだけでもそれはできます」

―FIFAの審判プロジェクトがうまくいっている。
「テクニカル、フィジカル、メディカル、エナジー、サイコロジカルの5つのエリアからプロジェクトは成り立っていて、それぞれの先生からアドバイスを受けています」

―サイコロジカルの先生からはどんなアドバイスが?
「先生と一緒に試合に向けてイメージをつくって、頭の中で流していきます。ホテルを出て、バスに乗って、スタジアムに着いて、審判控室に入って、準備をして、打ち合わせをして、ボールを持ってピッチに入り、コイントスをして試合に入る。ハーフタイム、ここまではいい感じだ。後半も大丈夫。多少はもめても最後はハッピーエンドで、審判控室に戻ってみんなとよかったって。そういうイメージを30分ぐらいで流す。副審とも一緒にイメージを共有して、“こういうときはこういう言葉がほしい”と。オフサイドかなと思っても“ゴー!”という言葉がコミュニケーションシステムで耳に入ってくれば、振り返って副審の旗を確認する必要もなく、次のプレーにすぐにいける。そういう打ち合わせもします」

―グループリーグを3試合担当して、日本の審判のレベルが高いことも証明できたのでは?
「そう見てくれればありがたいですが、僕らは1試合終わって次の割り当てがあるかどうかも分からないですし、数をやればいいわけでもない。選手のために尽くして、結果として3試合になっただけだと思ってます」

―世界中からたくさんの審判団が南アフリカに来ている。
「3年間かけてつくってきたチーム。もう割り当てのない先輩方もいます。でも、早く帰りたいという態度は絶対に出さない。ピッチに立てる審判の責任感は強いです。彼らの代表でもあり、そして日本にいる22万の審判の代表でもあります」

―共同生活を送っている?
「プレトリアで平屋のバンガローのような宿泊施設に全員が泊まっています。1人1部屋ですが、4部屋で1棟になっていて、それが90棟あります。食事は一緒の時間なので、そのとき試合が行われていれば、みんなで試合を見ています」

―来る前に想像していたW杯と実際のW杯に違いは?
「U-17やU-20のFIFAの大会の雰囲気をそのまま持って来れている。特別な感覚はなく、いつもどおりできている。FIFAのプロジェクトがうまくいったのだと思います」

―グループリーグの3試合では素晴らしいゲームコントロールを見せていたが?
「幸運もいっぱいあったし、選手がフェアプレーに基づいてやってくれた。私のコントロールというより、選手が試合に集中してくれたおかげです」

―Jリーグとの違いは?
「フィジカルコンタクトの強さ、ぶつかる強さ、耐える強さには、それぞれの大陸の特色が出ていると思います。私が担当した試合でも、フランスのアネルカがホールディングされてもはねのけてボールを追ったのはすごいなと思いました。しかし、選手がぶつかられたのを利用して倒れるのはどこも一緒だなと」

―欧州と南米の違いは?
「南米の選手の方が、前に出るチャンスだと感じたとき、フィジカルコンタクトをしながら前に行く。欧州の選手は体を入れて、体で相手選手との間に壁をつくってキープする。欧州の選手はフィジカルコンタクトがあっても、相手を倒さないので笛が鳴らない。相手を倒さない程度に加減をしている。だから、危ないところでのファウルが少ない」

―FIFAのデータでは日本の被ファウル数の多さはトップクラスだった。
「そうなんですか。ファウルをもらえるスタイルなのかもしれない。日本の特色を出しているとも言えるのではないでしょうか」

―決勝を吹く可能性は?
「決勝で吹く審判が必ずしもいい審判とは限らないと思っています。決勝に進んだチームの国の審判は吹けないわけですから」

―決勝トーナメント1回戦では審判も批判を受けた。
「どんな審判にもミスはあります。私も同じような状況なら同じように判定していたかもしれない。見えないものは見えないし、分からないものは分からない。ただ、1試合の重みというのは感じています。私にもいくつかのミスはありました。運が良かっただけだと思います」

―周囲の人は映像をあとから見直して誤審だったと批判する。
「間違いを指摘されることは、間違いを直していくために必要なことだと思っています」

●相樂亨副審
―ぎりぎりのオフサイドをどうやって判定している?
「選手がスウィングするまでは目で見ていますが、オフサイドラインから出ているかどうかについては目から入ってくる情報はどうしても遅れるので、それはシャットアウトして、自分の体感を信じて、自分の体は出ていないと感じていれば、目から入ってくる情報では前に出ていても、旗は上げません。オフサイドラインに立って、蹴った瞬間はどこも見ていません。体全体で感じる。目を信じるから、あとから入った情報で間違った判断をしてしまう。“迷ったらセーフ(オンサイド)にしろ”とよく言うのは、体はセーフだと思っているから。迷うのは体と目の情報にギャップがあるから。絶対に目からの情報の方が遅い。だから、僕はそういうときは自分の体で感じたものを優先します。そのためにも必ずプレーに対して正対するようにしています。体の横ではそれを感じることができないからです」

―いつごろからそういう感覚を身に付けた?
「06年にJ1の担当になって、だんだんとですね。このやり方が自分に合っているなと。別にこのやり方が正しいとか、他の副審にもそうしろとか、そういう考えはまったくありません。副審はなんでもいいんです。最後の判断が合っていれば。W杯に来ている副審はそれぞれ自分のやり方というのを持っています。相談できる人はいないし、自分で開発するしかない。自分にとって大事なことは、選手がトップスピードで走っていても、サイドステップで常にプレーと正対していること。サイドステップのスピードには自信があります。横走り選手権でもあれば、たぶんオリンピックにも出れますね(笑)」

―W杯では微妙な判定があればすぐにリプレーが出て、今の判定が正しかったかどうか、みんながすぐに分かってしまう。
「Jリーグの放送ではオフサイドのリプレーがないんです。そういうのは普段からやってないと難しい。エラーか、エラーじゃないか。常に白黒はっきりさせたいんですが、リプレーが出ないから分からないこともある。(リプレーを流すのは)僕らも望むところで、国内でもどんどんやってほしいと思っているんです。それがあれば、間違いも確実に減ってくる。国内でももっと判定に厳しくしてくれて結構なんです。判定に関して物議が出るのはいいこと。議論すればするほど、審判がいかに難しいものなのか分かってもらえる。議論がないから単純に“なんで間違えるんだ”となってしまう。ディスカッションは重要です」

<写真>海外メディアの取材を受ける西村雄一主審
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(取材・文 西山紘平)

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