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「僕の目はウェブの目」、西村主審&相樂副審決勝前日インタビュー

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 西村雄一主審、相樂亨副審が11日の決勝、オランダ対スペイン戦でそれぞれ第4の審判員、リザーブ副審(第5の審判員)を務める。2人は決勝前日となった10日、決勝の笛を吹くハワード・ウェブ主審らイングランド人トリオとともにプレトリアでメディア向けの公開トレーニングを行った。ランニングやストレッチなど約45分間の軽めの最終調整を終えたあと、報道陣の取材に対応。日本人として初めてW杯決勝の舞台に臨む現在の心境を語った。

西村雄一主審
―決勝前日の心境は?
「光栄なことだと思っています。ただ、やることはいつもと同じ。落ち着いているし、4人と一緒にいい仕事をしたいなと思っています」

―日本人として初めてのW杯決勝だが?
「審判界だけでなく、日本のサッカー界全体が頑張ってきた結果、FIFAが与えてくれた大きな機会だと思っています。それをかみしめて頑張りたいと思っています」

―スペイン対オランダというカードだが?
「グループリーグ、準々決勝で両チームを実際にレフェリングしているので、両チームの良さが出るような試合になればいいなと思っています」

―全世界が注目する一戦だが、気負いやプレッシャーは?
「気負いはまったくありません。僕はすべての試合が決勝だと思ってやってきました。それが本当に決勝という名前になっただけだと思っていますし、ひとつひとつの仕事をやっていきたい」

―第4の審判員としての仕事は?
「第4の審判員にもやらないといけないことはたくさんあります。ベンチ前のコントロールや選手交代。試合が行われているとき、主審が見えない、気付かない部分もカバーする。気の抜けない仕事です」

―日本人として初めて4試合の笛を吹いた。
「数ではなく、ひとつひとつの仕事に対し誠心誠意尽くした結果、4試合という形になったと思っています」

―特に印象に残っている試合は?
「それぞれの試合が印象に残っています。自分のデビュー戦だったウルグアイ対フランス。なんとなくつかみかけて臨んだ2戦目のスペイン対ホンジュラス、3試合目のパラグアイ対ニュージーランド。そしてたくさんの方から応援してもらったオランダ対ブラジル。それぞれにいい思い出があります」

―オランダ対ブラジルの試合の評価も高かった。
「選手がどれだけプレーに集中できるか、そのことを考えて頑張りました。激しいメンタルの戦いが繰り広げられた試合で、それをコントロールするのは難しかったですが、この大会に参加しているすべての審判員たちの一部として担当したつもりです」

―日本代表チームはベスト16で敗退したが、審判チームは決勝まで残った。
「僕たちは決勝まで残ろうと思ってやっているわけではなく、与えられた試合に全力を尽くそうと思ってやっています。残るには運が必要で、幸運がなければなりません。残る、残らないにこだわってやっているわけではないのです」

―決勝に向けて意気込みは?
「多くの人の励ましに支えられて、ここまでやってきました。感謝の気持ちを込めて1試合1試合やってきました。その気持ちを持って、最後まで自分の仕事をまっとうしたいと思っています」

―練習中にハワード・ウェブ主審と話をしていたが?
「ウェブの第4の審判員として、僕の目はウェブの目になる。ウェブが求めるものはなんなのか、練習中だけでなく、日常生活からコミュニケーションを取って、いろんな要求を引き出していますし、彼も要求してきています」

―ブブゼラの影響は?
「トレーニングでスピーカーからブブゼラの音がずっと流れているので、最近は心地よくなっています(笑)。ピッチに立っても普通のことというか、試合に集中すると、ブブゼラは聞こえなくなります」

―前日練習は軽めだったが?
「腹八分目でやめておくと、明日マックスになるので。試合当日は軽く散歩とかはしますが、それぞれのレフェリーに任せられています」

―第4の審判員と主審とではまだ差がある?
「僕が感じているのは、(第4の審判員を)だれかがやらないといけない。その中で僕らのやることが第4と第5の審判員。それぐらいにしか思ってません」

―決勝のピッチに立ちたいという思いはあった?
「決勝に立つというより、1試合1試合を大事にすることにこだわってきました。すべての試合が決勝だと思っていましたし、決勝が4試合あったので、いい経験ができたと思っています」

―前回のW杯は上川主審が3位決定戦を吹いたので、それに続かないといけないというプレッシャーはあった?
「W杯のレフェリーに選ばれること自体が難しいので、それに続くことができたことにはホッとしています。これをさらに継続していくことが大事だと思っています」

―第4の審判員の役割も大きい?
「コミュニケーションシステムがあるので、細やかなやり取りができます。日本ではそれができないので、第4の審判員がどこまでサポートするかはそれぞれの状況を把握して、主審の要望に応えていくことが大事です。コミュニケーションシステムがないときはないときのやり方がありますし、基本的な役割は変わりません」

―決勝トーナメント1回戦では誤審が話題になり、その直後にブラジル対オランダというビッグカードを担当したが、プレッシャーはあった?
「映像を見たら、残念な判定と分かる事態があったのは確かです。ただ、技術的に落ち度があったわけではなく、運がなかった。同じことが自分に起きても、同じことになっただろうなと思っています。運が必要なんだなと。同じことにならないように祈るだけでした。もちろん、そうならないためにひとつひとつの判定に全力を尽くしましたし、プレッシャーなどはなく、両チームのいい面を引き出そうと努力しました」

―運を引き寄せるには?
「自分もその方法を知りたいですね(笑)。自分にできることをやって、正しいブロックを積み重ねていくことしかないと思っています」

―ハワード・ウェブ主審は選手に対して厳しい表情も見せるが、西村主審は笑顔が多い。
「それは個性ですね。僕のやり方、ウェブのやり方、それぞれのレフェリーのやり方があります。いろんなレフェリーの特徴を目の当たりにできて、いい勉強になりました。もしかしたら僕には厳しい表情が足りないのかもしれないですし、僕の柔らかい表情を見た他の国の審判が自分の国に帰って使うかもしれません」

―もしもウェブがケガをした場合に自分が主審を務めるイメージも持っている?
「もちろん持っています。いつ変更があってもいける準備ができています」

―W杯で受けたプレー面の印象は?
「W杯の試合における1秒1秒の重さを感じながらやっていました。トラップの精度、パススピードひとつを取っても、選手が1秒1秒を大切にしながらプレーしているのを肌で感じました。そこから出るプレーが大きな感動を生むのだと思います。我々も一瞬たりとも気は抜けません。90分やって、一番疲れたのは頭からもしれません」

―日本製の笛を使っている?
「そうです。今年、Jリーグの審判員全員に支給された笛です。僕の持ってきた笛が気に入って、吹きたいと言っている審判もいます。ウェブも日本製の笛を持っています。日本製の笛は音が通りやすいと、いろんなレフェリーが感じています。ブブゼラの音に負ける試合が何試合かありました。笛は選手に聞こえるだけでなく、自分の意思を伝えるツールでもあります。意思が伝わらないと困るのです」

―今回の経験を次にどう生かす?
「次のJリーグで当たった試合で選手のために一生懸命やる。すべてのレフェリーがそういう思いでやっていると伝わればいいなと思っています。ミスをしようと思ってやっているレフェリーはいません。でも、運悪くミスが出ることもあります。ただ、レフェリーがいないとサッカーができないのも確かなのです」

―日本でも大きな注目を集めている。
「僕の注目というより、レフェリーへの注目度が上がってもらえたらと思っています。レフェリーはサッカーの一部で、日本が強くなるための一部だと思ってくれれば。僕らは、日本が強くなるための一端を担っているという自負を持ってやっています」

―帰国したらしばらくは休める?
「休みというより、時差(ボケ)が直って、選手にちゃんと尽くせるような状態になったら(試合に)いこうと思っています。7月中にはあると思います。Jリーグが楽しみです。日本サッカー界が頑張ってきたことが間違っていなかったことを証明できたと思っています」

●相樂亨副審
―決勝前日の心境は?
「非常に光栄です。特別大きな仕事はないと思いますが、いい準備をして、いい結果にしたいと思っています」

―日本人審判が評価されて決勝まで残った。
「正直によかったなと思っています。大きなミスなく、4試合を過ごせた。無難に過ごせたのはよかったです」

―全世界が注目する一戦だが?
「フィフスオフィシャル(第5の審判員)にも重要な役割があります。主審、第4の審判員が見てないときにアドバイスできるので、全力でアピールしようと思っています」

―今大会で印象に残っている試合は?
「全体として普段味わえない雰囲気、難しさを感じました。自分が押されるような選手の気迫があり、強い気持ちを持たないと立っていられないような気迫を感じました。そういう経験ができたのはよかったです」

―プレーのスピードも早い?
「スピードも激しさもありますが、なんといっても気迫、気持ちの入り方が尋常じゃない。それが試合の中でプレーの激しさやスピードに表れているのだと思います」

―日本代表チームはベスト16で敗退したが、日本人審判は決勝まで残った。
「日本協会全体としてよかったと思っています。チームもグループリーグを突破しましたし、我々も普段通りのことができたからここまで残っているのだと思います」

―日本の審判の評価を高めることができた?
「そういうことになったんだと思います」

―決勝に向けて意気込みは?
「フィフスオフィシャルとしていい準備をして、私もいい試合になることを望んでいますし、フィフスオフィシャルとしてできることをやりたいと思っています」

―第5の審判員もメダルをもらえる?
「上川さんに聞いたら“あるはずだ”と言っていたのですが…。少なくとも西村さんは確定しているので、ついでに私も(表彰台に)上がれればうれしいなというのが正直な気持ちです(笑)」

―第4、第5の審判員と主審ら3人とでは違う?
「少し近づいたとは思いますが、ファーストとはまだ差があると思っています」

―W杯で新たに分かったことは?
「こっちに来て感覚的に気付いたことはあります。技術的なこと、メンタル的なこと。緊張が解けて試合に慣れて、技術的なことに気付くことができた。4試合やらせてもらえたから気付けたと思う。1試合では気付かない。2、3試合目で緊張が解けて、気付くことができた。感覚的なもので、オフサイドの見極めのタイミングなどで違いに気付いたことがありました。日本に帰ってJリーグで試してみたいという気持ちです。今回の経験をJリーグで発揮したいですし、日本の審判の全体の底上げを図りたいと思っています。だれがW杯に来ても決勝に行けるような全体の底上げができるように貢献していきたい」

―FIFAはテクノロジーの導入をあらためて検討するというようなことも示唆しているが?
「そういうことについては任せてあります。今後、審判界がどうしていくのかは彼らが決めることで、僕らは与えられた環境の中でできることをやるだけです」

<写真>決勝を担当するハワード・ウェブ主審(左から2人目)らと前日トレーニングを行った西村雄一主審(右から2人目)、相樂亨副審(右)

※西村主審や相樂副審が担当したJリーグの試合の判定や知られざる審判の“秘密”を解説した『サッカーを100倍楽しむための審判入門』も好評発売中

(取材・文 西山紘平)

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