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伝家の宝刀を封印したトルシエ氏、「直樹がいなければフラット3にする意味はない」

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[1.22 松田直樹メモリアルゲーム Naoki Friends 0-1 横浜F・マリノス・OB 日産ス]

 決して伝家の宝刀を抜くことはなかった。2002年の日韓W杯に出場した元代表選手を中心に構成された「Naoki Friends」。その監督を務めたフィリップ・トルシエ氏は代名詞の「フラット3」ではなく、4-4-2のシステムを採用した。

「フラット3、イコール(松田)直樹だった。直樹がいなければフラット3にする意味はない」

 故・松田直樹さんらを擁し、歴史的なW杯初勝利を飾り、初の決勝トーナメント進出を果たした日韓W杯から10年。当時のメンバーである宮本恒靖、森岡隆三、中田英寿らそうそうたる顔触れがそろっていても、最後まで4バックを崩すことはなかった。

「中田(浩二)、宮本、森岡、直樹。その4人しかフラット3を上手くできなかった。今日は中田浩二がケガをしていて、プレーできなかったし、フラット3を生かすには直樹が不可欠だった。今日、フラット3を使っていたら、昔のフラット3のイメージが台無しになると思った。今日は4バックでいくのが最適だった」

 松田さんとともに日本サッカーの歴史に刻み込んだ記録、ファン・サポーターの心に残る記憶。そして自分自身の思い出を大切にしたかった。

「元代表選手と一緒にバスに乗ったり、ホテルに泊まったり、日本でのW杯を思い出して、若返った気がした。直樹と一緒に日本のサッカー史上初めてW杯で勝ち点3を取れた素晴らしい経験だった。きっと直樹も今は一緒にいると思うし、彼も喜んでいたと思う」。かつて“赤鬼”とも呼ばれた元日本代表監督は優しい笑みを浮かべ、かつての戦友を偲んでいた。

(取材・文 西山紘平)

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