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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:1つの椅子(川崎フロンターレU-18・菊池悠斗)

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川崎フロンターレU-18の実力派GK菊池悠斗

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 そのポジションでスタメンに指名されるのは、たった1人だけ。ライバルの壁は高く、厚いけれど、やっぱり自分だって試合に出たい。仲間と一緒にゴールを守り抜く充実感も、その上で勝利を掴むことの喜びも、もう知ってしまっているからには、なおさらだ。

「まずは試合に出ること、スタメンを獲ることを、今は一番考えているところです。でも、そこからスタメンを獲った時にチームの中心になるというか、自分がいればみんなが安心できるような選手になることが目標なので、そこを目指して、これからもやっていければなと思います」。

 2人のハイレベルな守護神を揃える川崎フロンターレU-18の実力派。GK菊池悠斗(3年=川崎フロンターレU-15出身)は試合への渇望感をエネルギーに、もっと上手くなるための、もっと強くなるための日々を、最高のライバルであり、最高の仲間とともに過ごしていく。

 普段から練習でも使っているAnkerフロンタウン生田で行われたナイトゲーム。1人だけ違う色のユニフォームを纏い、ピッチに登場した16番は、とにかく意気込んでいた。「自分が出た昌平戦で負けたので、今日は勝たないといけないと思っていて、その中で自分も良いプレーをしようとは考えていました」。

 プレミアリーグEAST第6節の昌平高戦で今季初出場を果たした菊池だったが、試合には1-2で敗れ、チームはシーズン初黒星。その次の青森山田高戦では、再びスタメンの座を明け渡すことになる。

 昌平戦以外のリーグ戦でゴールマウスに立ち続けているのは、チームのキャプテンを任されているGK濱崎知康(3年)。昨シーズンから正守護神を務めており、今月5日からフランス遠征に臨むU-19日本代表にも選出されている、世代有数のゴールキーパーだ。

 今年の川崎F U-18を支えるストライカー、FW岡崎寅太郎(3年)の言葉が印象深い。「ハマが代表でもバリバリやっているので、どうしても目立つんですけど、菊池も凄いポテンシャルを持っていて、1対1のセービングはピカイチですし、練習でもフォワードとしては本当に嫌ですね。2人がいるとシュート練習でも『これ、行ったかな』と思ったシュートも止められるので、自信をなくします(笑)」。

 U-15時代から切磋琢磨し続けてきた濱崎の実力は、菊池ももちろん認めている。「競争はハイレベルだと思います。でも、そこを抜かさないといけないというプライド的なものもあるので、今はまだ全然試合には出られていないですけど、今後は勝てるようにしていかないといけないですし、ライバルであり仲間であって、良い関係ではあると感じているので、高め合っていければなと思います」。

 先週の水曜日に開催された第47回日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会関東予選1回戦。エスペランサSC戦では菊池がスタメンで出場し、8-0で勝利。その週末にアウェイで戦ったプレミアリーグの旭川実高戦では、濱崎が再び登場して、チームは9-0で大勝。公式戦連勝で迎えたこの日の関東予選2回戦。全国大会出場を懸けたジェフユナイテッド千葉U-18戦に、指揮官は菊池を送り出す。

「キーパーは練習のところから濱崎と菊池が本当に高いレベルで競争している中で、『間違いなく菊池だったらやってくれる』という自信の元に使っています」(長橋康弘監督)。さらに、その左腕には黄色いキャプテンマークも巻かれていたが、その理由は本人が笑ってこう明かす。

「他にいないからじゃないですか(笑)。自分の他にも由井(航太)、江原(叡志)、岡野一(恭平)も副キャプテンになっているので、その中で巻いているのが自分だというだけではありますけど、副キャプテンでは自分が一番キャプテンマークは似合うかなって思います(笑)」。

 試合は序盤こそ千葉U-18のクオリティの高い攻撃に押し込まれたものの、少しずつ川崎F U-18はリズムを取り戻すと、MF尾川丈(3年)の鮮やかなミドルシュートで先制。菊池も「攻め込まれる時間もあったんですけど、その中でも自分たちのサッカーはできましたし、自陣から回して攻撃に繋げることはできたかなと思います」と振り返ったように、ビルドアップにも積極的に参加しつつ、最後方からチームメイトに声を掛け続ける。

 今シーズンのチームが唯一負けた試合をピッチで経験していたからこそ、そこからグループが進化している部分も、やはりピッチに立ったがゆえに、はっきりと実感することができたという。

「昌平戦はひどかったイメージですけど、今日は自分たちがゲームの主導権を持って、自信を持ってやれていたのかなと。ミスしても周りの選手がフォローしてあげて、その中でやることによって自信を持ってプレーできるという、その良い循環は感じましたし、仲間が良いプレーをするために周りが動いてあげるという、チームとしてどうあるべきかということが今は良い流れなので、良い試合になっているなと思います」(菊池)。

 後半にも岡崎のゴールで1点を追加した川崎F U-18は2-0で勝利を収め、全国大会の出場権を獲得。「まだスタートラインに立ったという感じですけど、正直に嬉しく思います。今は雰囲気も良い感じですし、それが内容にも繋がっているのかなと。今日も90分集中して守り切れましたし、失点ゼロで行けたのは一番大きいかなと思います」と話した菊池も、ベンチから試合を見守った濱崎とこの日の勝利を喜び合った。

この日はアップエリアからピッチを見つめる川崎フロンターレU-18のキャプテン、GK濱崎知康


 U-12からフロンターレで研鑽を積んできた自身のゴールキーパーとしての特徴を問うと、すぐに答えが返ってくる。「まずはビルドアップの部分が特徴だと思います。パスを出す時は落ち着いたプレーを心掛けていますし、攻撃に繋がるようなロングボールも意識してやっています。守備に関してもシュートストップの部分は、『究極、全部止めればいい』と思っていて、“失点しないキーパー”を目指しているので、そこを考えながら毎日の練習をやっています」。

『究極、全部止めればいい』というフレーズに、本来持ち合わせている強気なメンタリティが見え隠れする。そんな菊池が参考にしているのは、日本代表にも復帰したポルトガルのポルティモネンセでプレーする中村航輔。「あのプレースタイルとシュートストップが好きですね」と浮かべた笑顔も実に爽やかだ。

 昨シーズンのプレミアリーグEAST第20節。ラスト3試合というタイミングで、FC東京U-18と保土ヶ谷で対峙したホームゲームには優勝が懸かっていたのだが、実はこの試合の川崎F U-18のゴールは菊池が守っていた。

 同時期に濱崎がU-17日本代表のクロアチア遠征に招集されたため、巡ってきた出場機会は菊池にとってのプレミアデビュー戦。だが、終始落ち着いたパフォーマンスを披露した2年生ゴールキーパーは、スコアレスで迎えた後半の決定的なピンチも冷静にファインセーブで対応し、先制を許さない。

 チームは終了間際に決勝点を挙げ、1-0で勝ち切って、見事リーグ制覇を達成した。歓喜に沸いたその大事な1試合の陰に、完封勝利に貢献した“初出場”のゴールキーパーの奮闘があったことは、改めて記しておく必要があるだろう。

「あの試合も出ましたけど、自分が結果を残すことが一番なので、ああいうことも良い経験になりました」と当時を振り返りながら、「練習から必死にやるということは自分の中で心掛けているので、いつ出てもいいように準備だけはできていました」と口にした菊池は改めて今、試合に出ることに対する自身の感情をこう紡いでいる。

「試合に出た時はやっぱり楽しいなと思いますし、緊張とかはあまりしないタイプなので、普通に楽しめているなと思います。でも、やっぱりもっと試合に出たいなという想いはありますね」。

 ゴールキーパーのポジション争いが、“1つの椅子”を巡ってしのぎを削る過酷な戦いであることは、わざわざ言うまでもないだろう。だが、その過程で生まれるライバル心や対抗心は、同志としての連帯感とイコールで結ばれ、小さくない絆となってのちのちの人生にまで息衝いていくことも、往々にしてあると聞く。

 濱崎という最高のライバルであり、最高の仲間とフロンタウンで重ねていく時間に加えて、2人で争い続けた末に辿り着くその“椅子”の感触は、菊池にとってもかけがえのない、この先も思い出す大事な記憶の1ページとして、心の奥の深いところに必ず刻まれていくはずだ。



■執筆者紹介:
土屋雅史
「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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