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山本昌邦のビッグデータ・フットボール by 山本昌邦

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第4回「ブラジルの日本代表を見通す」(後編)
by 山本昌邦

日本代表のブラジルW杯開幕戦となるコートジボワール戦まで、あと3日。決戦を前に指導者・解説者の山本昌邦が、データを基にサッカーを徹底分析する。
データ提供:Football LAB

 W杯ブラジル大会が目前に迫っている。5大会連続出場の日本代表は国際サッカー連盟(FIFA)への23人の出場登録を規定どおり6月2日済ませた。メンバーは5月12日に発表されたものから変更はなかった。攻撃的な人選にこめられたアルベルト・ザッケローニ監督の意図を過去の日本代表と比べながら考えてみた。

■選手交代から見えるもの

 W杯ブラジル大会に出場32チームが提出した23人リストの中にはジエゴ・コスタ(スペイン)のようなケガを抱えた選手が散見する。その当否を議論することは難しい。チームによってどこに目標を置いているかで回復を待つスパンも変わってくるからだ。1994年米国大会で準優勝のイタリアは大会中に膝を痛めたリベロのフランコ・バレージに手術をさせて復帰を待った。するとチームは決勝に進出、バレージも最後のブラジル戦に間に合って見事にDFラインを統率した。そういう発想や医療スタッフの力は大国ならではのものだろう。今回のジエゴ・コスタの取り扱いは監督がどこを目指しているかを逆に教えてくれる。

 さて、1998年フランス大会の初出場から、日本は延べ75人の選手がW杯のピッチに立ってきた(図4)。98年大会は22人中17人が出場し、試合に出られなかったのはGK小島伸幸、楢崎正剛、DF斉藤俊秀、服部年宏、MF伊東輝悦だった。

 2002年日韓大会は23人中20人が出場(西澤明訓は決勝トーナメントのみ出場)。不出場はGK川口能活、曽ケ端準、DF秋田豊の3人だけ。2006年ドイツ大会も23人中20人が出場。GK土肥洋一、楢崎、フィールドプレーヤーでは遠藤保仁だけがピッチに立てなかった。そして前回の南アフリカ大会はチーム編成が23人になってからは最少の18人。GK楢崎、川口、DF岩政大樹、内田篤人、FW森本貴幸の5人に出場の機会がなかった。

 GKはよほどのアクシデントがない限り、なかなか大会期間中に代わることはないが、これまでの日本も1つの大会を1人のGKで賄ってきたことがわかる。一方、フィールドプレーヤーで出られない選手の数は3人、1人、1人と減ってきて、前回で3人にまた戻った。選手を3人余したのが2度とも岡田武史監督だったのは偶然だろうか。

 フィールドプレーヤーを同じように20人使っても02年と06年はニュアンスが違うと思う。06年大会の時は1戦目のオーストラリア戦で衝撃の逆転負けを食らってからシステムを3-5-2から4-4-2に変更し、スタメンも変えるなどテコ入れが激しくなった。3戦目は主将の宮本恒靖が出場停止になったこともあり、スタメンを4人入れ替えた。酷暑で選手の消耗も予想以上に激しくなったのだろうが、初戦を落としてから迷走を続けた感は否めない。

 02年大会は受け身ではなく、フィリップ・トルシエ監督が積極的に仕掛けていく交代が多かったように思う。2戦目、稲本潤一のゴールでリードした後は鈴木隆行に代えて中山雅史を投入、ボールを追いかけさせてロシアにロングボールを蹴らせないようにした。3戦目、チュニジア戦のハーフタイムでの2枚替え(稲本→市川大祐、柳沢敦→森島寛晃)は代わって入った2人がゴールに絡んで神がかり的だった。

 今回はどうだろうか。

 私が心配するのは残り時間が15分を切った後の逃げ切りの要員の弱さだ。例えば、昨年11月のベルギー戦では1点差に追い上げられた直後の83分、香川真司に代えて細貝萌をMFに投入できた。終盤に増えることが予想される相手のパワープレーや強引な突破に対して、こぼれ球を精力的に拾い、体を張って止められる細貝は、いわば火消し役になれる存在だった。そういう手駒を今回手放した。

 それは、交代による中盤の守備力強化をある意味あきらめたわけだから、今回は攻め倒すW杯にするしかないように思う。過去のW杯で日本が1大会で挙げた最多得点は02年大会の5得点だが、それを上回る数字を挙げる必要があろう。

 私が交代要員にこだわるのは、フレッシュな選手の活用が今大会の日本の生命線になると確信するからだ。ザッケローニ監督は「インテンシティー(強度)」のあるサッカーを選手にさせたいとよく話す。それには切れの持続は必須だと私は考える。パワーより敏しょう性で勝負する日本は全員がきびきびと連動してこそインテンシティーを発揮できる。きびきびしとした連動性をキープするには選手交代をうまくやる必要があり、動きの鈍った選手を手も打たずに放置するとそこから水漏れが発生しインテンシティーそのものも失ってしまう。選手交代やターンオーバーをうまく使って、選手の切れ味を試合の中で、大会の中で、長く保たせることは監督の重大な責務である。

 交代で選手を休ませるのは簡単なようで難しい。選手というのは90分間フル出場しないと気がすまない種族だからだ。同じベンチに控えるのでもイエローカードやレッドカードで強制的に休む場合はモチベーションの低下は起こらない。とんでもないことをやらかさない限り、次があると前向きになれる。

 問題は23人に選ばれたが、先発組に勢いがあって出番が回ってくる気配がない、交代も状況に応じて出る選手のパターンが見えてきて自分にチャンスはないな、という空気が控え組に漂い始めた時だ。こういう時は早めにフォローして落ちていく選手を救い止められる、人間力のあるスタッフや選手が必要になる。

 02年大会ではその役目はベテランの中山、秋田が担った。前回の南アフリカ大会は川口や先発から外れた後も黙々と先発組のサポートを続けた中村俊輔、中村憲剛、稲本らベテランの存在がベスト16の進撃を支えた。今回の代表では故障の回復が長引いて心配されたが、監督の信頼も厚い長谷部誠が精神的支柱として選手を束ねてくれることだろう。

 ブラジル大会でザッケローニ監督が日本のいいところを出そうとするのはよくわかる。実際にいいところも出ると思う。しかし、だからこそできる穴もあると思っている。

 例えば、攻撃の要だからといって本田圭佑をアンタッチャブルにしてはいけない。残り10分になった、相手のボランチを厳しくマークしないと、どんどんボールを散らされて波状攻撃を受けることが予想された時、本田をトップ下のままでいいのか。むしろ、ボランチを猟犬のように追いかけ回せる大久保嘉人のような選手が交代で入った方が日本を楽にするのではないか。精神的な支柱として本田をどうしてもピッチに置いておきたいのなら1列目前に出すか、逆にボランチに下げることも考えていいだろう。そういう采配は結果を大きく左右する。

 また、W杯において交代で入ってゴールを決めた日本の選手は02年大会の森島と10年大会の岡崎慎司だけである。その2大会はともにベスト16まで進んだ。控え組の一発はチームを盛り上げる。先ほど述べた、控え組に漂うどんより感を一掃する力があるからだ。そういうヒーローの出現を私は心から待ち望んでいる。それがベスト8に進む鍵になると思っている。

やまもと・まさくに
1958年4月4日、静岡県生まれ。日本代表コーチとして2002年の日韓W杯を戦いベスト16進出に貢献。五輪には、コーチとしては1996年アトランタと2000年シドニー、監督としては2004年アテネを指揮し、その後は古巣であるジュビロ磐田の監督を務めた。現在は解説者として、書籍も多数刊行するなど精力的に活動を続けている。近著に武智幸徳との共著『深読みサッカー論』(日本経済新聞出版社)がある。

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