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山本昌邦のビッグデータ・フットボール by 山本昌邦

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第6回「ハリルホジッチの目指すもの」~攻撃編~
by 山本昌邦

3月に初陣を飾ったバヒド・ハリルホジッチ日本代表監督。新指揮官が目指すスタイルとは、いかなるものなのか。W杯アジア2次予選まで1か月あまりとなったいま、指導者・解説者の山本昌邦が、データを基に徹底分析する。今回は全3編に渡ってお送りする。
データ提供:Football LAB

 3月27日にチュニジア(○2-0)、同31日にウズベキスタン(○5-1)と対戦した際のデータを基に、日本代表が新しく迎えたバヒド・ハリルホジッチ監督が目指すものを解き明かしてみたい。

 1月のアジア杯を指揮したハビエル・アギーレ、昨夏のW杯ブラジル大会を戦ったアルベルト・ザッケローニ両監督との明確な違いを示すとしたら、それは「1タッチのイメージ」が濃厚に出てきたことだろう。

 表1はチュニジア、ウズベキスタン戦でのボール支配率、パスの総数と成功率、パスの中での1タッチパス、前方へのパスの割合をはじき出したものである。

 これを見ると一目瞭然だが、パスの総数はチュニジア、ウズベキスタン戦ともかなり減っている。2014年以降、日本代表は19試合を戦ってきたが、チュニジア戦のパス総数512本は10位、ウズベキスタン戦の404本にいたっては17位である。ウズベキスタン戦よりパスが少なかった試合といえば、腰が引けた試合をしてしまったW杯ブラジル大会のコートジボワール戦(369本、●1-2)、シンガポールでの親善試合で不可解にも“2軍”のメンバーを出し、けちょんけちょんにされたブラジル戦(380本、●0-4)だけである。どちらとも日本の良さを出せずに完敗した試合だった。

 それに比べるとウズベキスタン戦は5-1の鮮やかな勝利を収めた。違いは何か。コートジボワール戦やブラジル戦は相手にボールを支配され(日本のボール支配率はコートジボワール戦が41・6%、ブラジル戦が41・3%)、苦し紛れのパスを多発させたのに対し、ウズベキスタン戦はボール支配率44・8%とこちらも苦しげに見えながら、実は「狙って」そういう試合運びをしたということだろう。予想外や予想以上の苦境に立たされたとき、人間はあわてふためくものだが、自分たちの意志でセッティングしたものだと思えば、結構な苦境にも案外耐えられるものなのである。

 ウズベキスタン戦はそういう意味で日本が仕掛けたワナに相手をはめた感覚が選手はあったに違いない。パス成功率は69・3%と、14年以降では最悪の19位。コートジボワール戦(76・7%=14位)やブラジル戦(70・3%=18位)より悪かった。

 ところが、パス全体の中での1タッチパスの割合となると、ウズベキスタン戦は48・8%で14年以降の19試合の中でトップだった。前方へのパスの割合も41・3%で1位である。ウズベキスタン戦の後、ハリルホジッチ監督は「前半で1点リードできたので後半は自陣にブロックをつくって相手をおびき寄せる作戦に変えた」という趣旨の発言をした。相手にボールを支配されても、あわてることなく受け止め、ボールを奪ったら1タッチパスを多用して前へ、前へと、とにかくボールを運び、手際よくフィニッシュにつなげる。そういうプランで試合が遂行されたことはデータが裏付けている。

 これは、3月23日から始まった大分でのキャンプから、選手たちにミーティングでいろいろなビデオを見せながら練習にも工夫して「1タッチ」と「前」への意識を強く植えつけたからこそ、できた芸当だろう。

 監督の強い意志がチームに短時間で浸透したのはボールを止めてからパスやシュートに移行する時間の短縮にも表れている。1秒以内の割合は27・5%で3位、2秒以内の割合は72・5%で、これも19試合の中で1位である。

「パスを受けたらもたもたするな」「判断を速くしろ」「選択肢のプライオリティーは、まずは前へパスを出すこと」。ウズベキスタン戦はその見事な実践であったといえよう。

 1タッチのイメージが出てきたことは「世界」で勝つためにはいいことだろう。違う言い方をすれば「ダイレクトプレーの意識」が出てきた、ということ。ダイレクトプレーとは、ゴールから逆算して時間的にも距離的にも最短のコースを狙っていくプレーのことである。攻める側が最短コースを採れれば、守る側にマークの確認やラインを整える暇を与えないことにつながるわけだから、どうしたってゴールチャンスは膨らむ。ハリルホジッチ監督の狙いもそこにある。

 ブラジルのW杯で、日本はボール支配率を重視した戦い方で臨んだが、実効ある攻撃はできなかった。前線に強烈な個の力があれば、その選手が複数のマーカーを引き連れながら突破を図ることも、周りの選手が間隙を突くこともできる。しかし、前線にリオネル・メッシ (アルゼンチン)、クリスティアーノ・ロナルド (ポルトガル)、アリエン・ロッベン (オランダ代表)のような強力なタレントがいない日本はボールポゼッションで相手を上回ったとしても最後のアタッキングサードのところで攻撃は行き詰まってしまう。

 選手たちの希望に軸足を置いて戦ったように思われるザッケローニ、アギーレ両監督の、そんな負けざまを分析しながら、ハリルホジッチ監督は結果が出なかった両代表の上を行こうとして、縦の意識を強調しているのだと思う。まずは縦、ダイレクトプレーを志向して、それがダメならポゼッション、それもダメなら仕掛けてセットプレーをもらう、というふうにゴールを陥れるためのプライオリティーを変えてきたわけである。

 日本に傑出したタレントはいないのだから、グループによるカウンターをまずは最優先とするのは当然のことだろう。

 チュニジア、ウズベキスタンの2戦を通じて、招集したフィールドプレーヤーは全員使い切った。出場できなかったのはGKの東口順昭 (G大阪)、西川周作 (浦和)だけ。スタメンを固定せず、選手に平等にチャンスを与えるかのようなマネジメントにも一流の監督のにおいがする。ウズベキスタン戦で「点を取ると約束するなら出すぞ」と宇佐美貴史 (G大阪)に語りかけ、実際に代表初ゴールを決めさせたあたりの、選手のやる気をくすぐる操縦術も見事なものだった。

※「選手編」はこちら
※「守備編」はこちら


やまもと・まさくに
1958年4月4日、静岡県生まれ。日本代表コーチとして2002年の日韓W杯を戦いベスト16進出に貢献。五輪には、コーチとしては1996年アトランタと2000年シドニー、監督としては2004年アテネを指揮し、その後は古巣であるジュビロ磐田の監督を務めた。現在は解説者として、書籍も多数刊行するなど精力的に活動を続けている。近著に武智幸徳氏との共著『深読みサッカー論』(日本経済新聞出版社)がある。

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