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山本昌邦のビッグデータ・フットボール by 山本昌邦

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第6回「ハリルホジッチの目指すもの」~選手編~
by 山本昌邦

3月に初陣を飾ったバヒド・ハリルホジッチ日本代表監督。新指揮官が目指すスタイルとは、いかなるものなのか。W杯アジア2次予選まで1か月あまりとなったいま、指導者・解説者の山本昌邦が、データを基に徹底分析する。今回は全3編に渡ってお送りする。
データ提供:Football LAB
※攻撃編はこちら

 日本代表監督就任最初の試合ということで、バヒド・ハリルホジッチ監督は選手をいろいろ試したけれど、今後どういう選手が生き残りそうか。あるいは、選手はどう適応して生き残りを図るべきかを考えてみたい。

 世界を舞台に日本を勝利に導く形が監督には、はっきり見えている。その形にマッチする選手の能力をこれからどれだけ引き出せるか、そこが勝負だとハリルホジッチ監督は思っているはずだ。そういう意味で監督はポテンシャルを秘めた選手の開発に最初は着手するとにらんでいる。粗削りではあるが、永井謙佑川又堅碁 (ともに名古屋)を招集したのも永井のスピードや川又の高さに、やはり着目したのだろう。世界に通じる、特長的な武器を秘めている選手は今後も試される可能性は高いように思う。

 中盤では1タッチパスの処理がうまい選手が重用されそうだ。守から攻へ切り替えたとき、最優先されるのは「前への速さ」なのだから、シンプルで正確な前方へのつなぎを、手数を省略した上でできないと話にならない。

 表2はハリルホジッチ体制になった2試合での、選手レベルでの1タッチパスの比率を示したもの。断トツの1位が88%の青山敏弘 (広島)で25本のパスのうち、22本が1タッチパスだった。2位はC大阪の山口蛍 (70・8%)。アジア杯に出られなかった国内屈指のボランチである2人は、新監督が目指す方向性をしっかり体現することで居場所を確保しようと必死だったのではないか。この数字にはそんな2人の代表に懸ける強い気持ちが表れているように思う。

 一方、代表の新しい流れに戸惑いを見せているのが本田圭佑 (ミラン)だったように思う。

 表3はウズベキスタン戦のパス受け数をランキングにしたものだ。本田のパス受け数は20本で7位タイ。72分の本田より、62分と出場時間の短かった乾貴士 (フランクフルト)よりも1本少なかった。

 ウズベキスタン戦で本田のパス受け数が香川真司 (ドルトムント)、岡崎慎司 (マインツ)より少なかったのはハイスピード化した試合の流れにうまく乗りきれなかったからだろう。

 もともと本田は細かくステップワークしながら流れにうまく乗ってパスを引き出すというタイプではない。止まって受けてマーカーに標的にされながら、それでも体の強さを生かしてボールをキープして、それがチームにとっては仲間を移動させるタメになって、ありがとうと感謝されてきた。本田自身も体の強さを生かしてシュートまで持ち込むこともできた。

 表4はアギーレ体制でのシュートに関わった回数をランキング化したもの。本田はアギーレ体制では堂々の1位で、本田を経由することが日本の得点機を広げる最大のルートだったことがわかる。

 ハリルホジッチ体制ではそれが様変わりした。シュートへの関わり具合で本田の回数は香川の半分でしかない。2位は岡崎。つまり、本田を経由しない、香川、岡崎ルートの攻撃が新体制では活性化しているわけである。

 中盤の真ん中にいる香川はダイレクトプレーで最短コースを採ろうとすれば経由地点になりやすい。岡崎には25本のパス受け数のうち、22本が縦パスを引き取ったものというデータもある。縦を意識するということはトップの位置を常に気にかけるということだから、動き出しのいい岡崎に縦パスが入る回数が増えるのは理の当然だろう。

 ドイツのブンデスリーガにいる岡崎、香川は自分のチームでも縦にシビアなサッカーをしているから、代表に来てもプレーに違和感がないのだと思う。

 その点、本田は代表では右サイドに置かれるのが常の姿になっている。カウンターアタックを仕掛ける際、守から攻への切り替えにもっとメリハリをつけて、足元ではなく、ギューンと前線に飛び出して受けるような動きをしないと、ボールはなかなか出てこないだろう。

 ただし、チュニジア、ウズベキスタン戦をもって、ハリルホジッチ体制では攻撃面で香川、岡崎ルートの拡大が進み、本田ルートが相対的に低下すると決めつけるのは早計だと思う。

 本田というのは非常に適応力が高い選手。それほど才能に恵まれているわけでもないのに、代表でも欧州でも地歩を固めてこられたのは、難局に立たされたときほど、それをバネにより一層の成長を遂げてきたからである。そういう意味で本田がウズベキスタン戦の後に「自分から変わっていくしかない」とコメントしているのはすごいと思う。

 本田はすでに代表の変化に気づいている。その変化に適応しなければ、自分が生き残れないことも。その気づきと克服するための実践力が本田を本田たらしてめいる。
まだまだ目が離せない選手である。

※「守備編」はこちら


やまもと・まさくに
1958年4月4日、静岡県生まれ。日本代表コーチとして2002年の日韓W杯を戦いベスト16進出に貢献。五輪には、コーチとしては1996年アトランタと2000年シドニー、監督としては2004年アテネを指揮し、その後は古巣であるジュビロ磐田の監督を務めた。現在は解説者として、書籍も多数刊行するなど精力的に活動を続けている。近著に武智幸徳氏との共著『深読みサッカー論』(日本経済新聞出版社)がある。

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