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「ユース教授」安藤隆人の「高校サッカー新名将列伝」 by 安藤隆人

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“ユース教授”安藤隆人の「高校サッカー新名将列伝」第7回:米澤一成監督(京都橘高)
by 安藤隆人

 名将列伝第7回は、京都の若き将・米澤一成監督(京都橘高)に直撃です。京都橘と言えば、3年前にFW小屋松知哉(現名古屋)、仙頭啓矢(現東洋大)、GK永井建成(現熊本)らを擁し、選手権準優勝を達成。一昨年度は選手権ベスト4、昨年度は選手権ベスト8と、「年々順位が一つずつ下がっている(笑)」と米澤監督は笑うが、今年は2年連続でプレミアリーグWESTに参戦するなど、全国での躍進目覚ましい躍進を続けている。

 この躍進は決して一過性のものではなく、米澤監督が15年前に京都橘高校サッカー部の監督にした就任当初から、コツコツと積み上げてきた賜物だった。実際に3年前のチームに匹敵するチームは、それ以前の代でもあったが、この時は結果がついてこなかった。試行錯誤、紆余曲折を経て花開いたチームだからこそ、価値があるし、米澤監督の言葉にも重みがある。

 温厚な人柄で、理論的で時には優しく、時には厳しい。そんな若き将と、京都の桃山城を臨むグラウンドで話を聞いた。

―京都橘での指導歴は15年になります。就任当初はどのような状況だったのでしょうか?
「(来た初めの年は)3年生は女子しかいなくて、1、2年生は共学になったのですが、各学年30人ぐらいしか男子がいない状況でした。共学化して、サッカー部を作る事になったので、僕が赴任したのですが、最初は1、2年生だけで部員は12人でした」

―サッカー部を全国レベルにするために、学校側は米澤監督を呼んだのでしょうか?
「学校的には全国に『共学になりましたよ』ということを、アピール出来ればいいねという感じでした(笑)。

―そこからどうやってサッカー部を作っていったのでしょうか?
「まずは、人数がもう少し必要だったので学内でのスカウトをしました。就任して3年後に全てのコースが共学になって、それまでは特進コース以外は共学ではなかったので、そこからようやく選手を取れるようになりました。サッカー部経験者がここから入って来るようになりましたね」

―米澤監督の指導理念というか、ベースとなっているものは何ですか?
「僕の指導のルーツはオランダ人監督にあるんです。僕が日体大の3、4年時代にオランダ人のアーリ・スカンズ氏(元大分ヘッドコーチ、ナミビア代表監督などを歴任)がヘッドコーチとしてやってきて、本当に大きな衝撃を受けたんです。練習のスタイル全然違って、体が疲れるのと同時に、頭も疲れていましたね。あとは、当時のサッカーは中盤の選手を経由せずにやることが多かったのですが、アーリ・スカンズのサッカーはそうではなかったので、面白いなと思いました」

―オランダ式の最新メソッドを選手として経験した事で、サッカーに対する概念が変わったんでしょうね。
「大きく変わりましたね。ボールを繋ぐトレーニングなど、すべてが総合的なトレーニングをやっていたので、そこは今の指導に生きています。さらにスカンズは指導をする中で選手を大事にするという感覚があったので、それは僕も見習って、Aチームであろうが、Bチームであろうが、大事にする事を意識しています」

―京都と言えば、伝統校・山城からはじまり、洛北、洛南、東山、久御山、城陽、立命館宇治、伏見工などのライバルがたくさんいたと思うのですが、どうやって新興勢力から頭角を現すまでにいったのでしょうか。
「最初は選手も来てくれないし、そもそも認知がされていなかった。『京都橘=女子校』というのが京都の中では強かったので、女子校ではなくてサッカー部もあるというのを知ってもらわないといけなかった。その中で、面倒を見てもらうためだけに来る生徒ではだめなので、勝つためにこんな面白いことをやっているという打ち出しが必要でした。なので、ダッチ(オランダ)ビジョンというのを僕がやって宣伝をしました。そうすることでオランダ式のサッカーを掲げて、そこに共感をしてくれる選手が徐々に来てくれるようになったのです」

―初の全国は7年前の選手権。そして、しばらく遠ざかってから、91回大会の準優勝。全国的には一気に駆け上がってきた印象がありますが、力があっても全国に出られない時代も多くありましたね。
「当時、体格の良い選手を中心にしたり、スキルが高い選手を中心にしてみたりと、その年ごとにトライをした年代があったんですね。それを仙頭や小屋松の時には、そうじゃなくて気持ちの強さを軸にしてやらないといけないと思って、もう1回原点回帰というか、就任当初と同じように、メンタル面を強調したことをやりました。逆にそれまでは、『もう1ランク上にいくためには』ということで試行錯誤をしていた。そこは当時の選手に申し訳なかったと思います。でも、それから抜け出せて、『基本に立ち返るのが大事や』というのを教えてもらったのが91回大会だったのかなと思います」

―僕はその試行錯誤していた時のサッカーは好きでしたけどね。高さがあって、単純に繋ぐだけではなくて強さと速さがあるサッカーでした。
「今でも僕的には良いトライだったとは思うのですが、結果を出せませんでしたね」

―準優勝以降、変わったことはありますでしょうか。良いも悪いもあると思うのですが・・・・・・。
「色んな方に注目してもらえるし、その分、厳しい目も多くなった。そこからが重要だなと思いましたね。この大会だけで終わったら、『本当の強豪にならないで中途半端なことをしている』と叩かれるだけなので」

―そのような意味では、今も試されている時期が続いていると思います。厳しい環境であると同時に、物凄くやりがいはありますよね。
「そうですね、僕は毎年、新しいことだと思っています。選手もそうですし、周りの見られ方も含めて。もう周りは『全国大会に出て良かったね』とはならない。『出て当然』というのがあるので、その中でどれくらいやれるのか。なので、自分も考え方や感覚を変えないといけないなと思います。本当に全国の名門高校の監督の人たちは大変だなと感じましたね。でも、みなさんこうやってやられてきたんだなと思いましたね」

―全国の結果を出し続けている名将たちは大変だなと改めて痛感したんですね。
「それは本当に思います」

―勝って当たり前になると怖いですよね。結果が出なかったら、一気に非難の対象になりますから。
「でもそれだけですよ。叩かれるだけ。そこはもう受け入れています(笑)」

―褒められなくなりますから、そこは大変ですよね。プレミアも我慢の戦いですもんね。
「もう毎週屈辱ですよ(笑)。でもその中で選手達は本当に良くなりました」

―U-18日本代表のFW岩崎悠人、CB小川礼太、GK矢田貝壮貴と軸となる選手がいますし、これからが楽しみなチームですよね。プレミア残留、そして選手権に向けて、チームの成長を楽しみにしています!今日はありがとうございます!
「こちらこそありがとうございます!初心を忘れないで、しっかりチーム作りをしていこうと思います!」

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