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山本昌邦のビッグデータ・フットボール by 山本昌邦

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第8回「次の段階へ移行しはじめた日本代表」(前編)
by 山本昌邦

9月のロシアW杯予選で連勝をおさめた、バヒド・ハリルホジッチ監督率いる日本代表。低調なできに終わった、6月のシンガポール戦から復調の兆しを見せている。10月の連戦を前に、指導者・解説者の山本昌邦が、データを基にハリルジャパンを徹底分析する。
データ提供:Football LAB

最も危険な存在だった香川

 W杯ロシア大会アジア2次予選に突入してから、もたつきが目立った日本代表が9月8日のアフガニスタンとの予選第3戦を6-0と快勝した。スコアレスの引き分けに終わった6月のホームのシンガポール戦、攻めあぐんだ9月3日のカンボジア戦(○3-0)と何が変わったのか。データを元に検証してみたい。

 中立地のイラン・テヘランで行われたアフガニスタン戦で最も輝いた選手に香川真司(ドルトムント)を挙げても異論を唱える人は少ないだろう。試合開始10分の先制点と後半最初のゴール(後半4分)で、チームを見事に大量得点のレールに乗せてみせた。

 先制点は、ドリブルで切れ込んだ原口元気(ヘルタ・ベルリン)のパスを受け取り、原口に戻すと見せかけて逆方向に反転してマーカーを振り切り、ペナルティーエリア(PA)の外から低く抑えた弾丸シュートでGKを打ち抜いた。一連の滑らかな動作を見たとき、私は「カンボジア戦のゴールが効いたな」と思った。

 アフガニスタン戦の5日前、香川はホームの埼玉で非常に波のあるプレーをした。決定的な得点機にシュートをGKに“バックパス”したシーンは、代表に来ると本来の力を出せない香川を象徴するかのようだった。

 チームも後半5分までに本田圭佑(ミラン)、吉田麻也(サウサンプトン)のミドルシュートで2得点するのがやっと。そんな展開の中で後半16分に香川が混戦からのこぼれ球を右足のインサイドで冷静に決めた待望のゴール。形はどうあれ、香川にとっては2次予選の初得点であり、代表戦では今年1月20日のアジア杯のヨルダン戦以来のゴールだった。3月にハリルホジッチ体勢がスタートしてから不発が続いていだだけに、ここで大きな荷物を肩から降ろしたと見ても的外れではないだろう。

 図1はシンガポール、カンボジア、アフガニスタンとの3試合で「3プレー以内にシュート、またはPA内に侵入に至ったパス数の、日本選手のランキング」である。これを見るとチーム全体の中で9位、5位タイにとどまっていた香川が3試合目のアフガニスタン戦でトップタイに躍り出たことがわかる。9回で並ぶ長友佑都(インテル)、原口のフル出場組より、ピッチに居た時間は香川の方が14分短いから、実質的にはこの試合、香川が最も相手にとって「危険な選手」だったといっても差し支えないだろう。トップ下である香川がボールに多く触り、相手の嫌なところ、嫌なところにパスを送り込んで攻撃をけん引できたのは、周りも適切に動いたからだろう。

日本の宝は周りを生かし、周りに生かされる

 図2では、香川の活躍を可能にしたチーム全体のバランスの改善に注目した。2次予選3試合の先発メンバーの平均位置を示す、この図を見ると、アフガニスタン戦は岡崎慎司(レスター・シティ)が1トップとして最前線に張り、攻撃に「深み」をもたらしていたことがわかる。また、左の原口と右の酒井宏樹 (ハノーファー)の位置を見ると、過去2戦と比べてサイドの選手が、より開いた位置を取り「幅」を意識していたことも一目瞭然だろう。

 シンガポール、カンボジアとの2戦を通じて「引いた相手を崩すのはスペースがないから難しい」という論調が目立ったが、スペースがないならないで、自分たちでつくる工夫をするのがサッカーというものである。その工夫の跡がアフガニスタン戦は岡崎の「深み」であり、原口、酒井の「幅」であったのだ。

 おそらく、シンガポール戦とカンボジア戦の反省を受けて、テヘランへの旅の途上でも宿舎でも選手同士でいろいろなことを話し合ったに違いない。攻撃の選手が早めに前線に入り込むことの拙さ、両サイドの選手が早めに中に絞り込むことのデメリット……。何のことはない。攻め入るための有効なスペースをゴール欲しさに我先に埋めていたのは自分たちだったのである。味方が味方の邪魔をしていたのである。

 香川の先制点の場面をもう一度、振り返ってみる。なぜなら、あの場面も幅と深みの産物だと思うからだ。

 左サイドに張った原口がボールを受けたとき、右サイドの本田は右のタッチライン際にポジションを取っていた。相手のDFラインを横に引き伸ばす意識の表れだろう。

 原口が起点になった瞬間、ボランチの山口蛍(C大阪)が深くサポートに入って、長友とともにトライアングルをつくる。そうやって相手守備の人も意識も左サイドに寄せたところで原口は中にドリブルを開始。原口がその過程でルックアップしたとき、岡崎はDFの背後を取ろうとゴール方向に向かってプルアウェーの動きを見せる。これにつられてCBが3メートルはラインを下げた。原口からのパスを受けた香川が彼独特のターンで振り向いたとき、岡崎がラインを下げてくれた分だけ、シュートエリアを広く感じたはずである。普段、ブンデスリーガでもっと狭いスペースの中でプレーしている香川にすれば、バイタルエリアにぽっかり穴が開いている気がしたのではないか。それが香川にしては珍しい、積極果敢なミドルシュートを放つことにつながったように思う。

 香川はリオネル・メッシ(バルセロナ)やクリスティアーノ・ロナウド(レアル・マドリー)のように独力で突破を仕掛け、ゴールを生み出せる選手ではない。しかし、アフガニスタン戦のような幅と深みを下敷きに、全選手が程良い距離感でパスの角度や選択肢をつくってやれば、周りを巧みに生かせる選手である。周りを生かし、周りに生かされて自分も輝くのが香川という選手の本質だろう。選択肢を増やしてやればやるほど彼の頭脳は、守る相手の意表を突く方法を探してフル回転する。そういう意味では間違いなく日本の宝なのである。

 外から見ての意見だから、見当違いかもしれないが、私は香川を、ユース代表からフル代表まで私と苦楽をともにした柳沢敦 (現鹿島コーチ)に重ねることがある。柳沢はどれだけ素晴らしいプレーをしても決して満足しない男で、それゆえにうまくプレーできなかったときに自分を責めることは人一倍だった。香川にも私はそういう匂いを感じる。何も考えてないでダメなのではなく、いろいろなことを考えすぎて過緊張になって自分を縛ってしまうというか。香川には、このアフガニスタン戦がそうしたもやもやしたものを吹っ切る、いい機会になってくれるといい。

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