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山本昌邦のビッグデータ・フットボール by 山本昌邦

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第8回「次の段階へ移行しはじめた日本代表」(後編)
by 山本昌邦

9月のロシアW杯予選で連勝をおさめた、バヒド・ハリルホジッチ監督率いる日本代表。低調なできに終わった、6月のシンガポール戦から復調の兆しを見せている。10月の連戦を前に、指導者・解説者の山本昌邦が、データを基にハリルジャパンを徹底分析する。
データ提供:Football LAB
※前編はこちら

原口、宇佐美、武藤…それぞれの特徴

 9月8日のアフガニスタン戦は香川真司(ドルトムント)以外にもポジティブな要素が多かった。例えば、原口元気(ヘルタ・ベルリン)のドリブルも日本の攻めを活性化したように思う。

 左サイドのアタッカーとして武藤嘉紀(マインツ)、宇佐美貴史(G大阪)と競争関係にある原口の武器はボールを運ぶ力にある。ドリブルで多少強引にでもDFの網の中に入っていけるので、自分だけでなく、ほかの選手に付いているマーカーもひきはがすことができる。うまくすれば、DFのマークのずれを次々に誘発し、フリーの味方を増やすことができる。守備のブロック全体を下げてスペースを消して守ろうとする相手には非常に有効なタイプ。ペナルティーエリア(PA)の内外でファウルを誘ってFKやPKもゲットしやすい。実際、アフガニスタン戦の原口はこの試合最多の4回のファウルを受け、うち3回はアタッキングサードで被ったものだった。

「ボールを運ぶのは武藤も宇佐美もできる」という意見が聞こえてきそうだが、宇佐美と原口では微妙にタイプが異なる。宇佐美はドリブルの緩急でマーカーを翻弄するが、それを可能にする繊細なボールタッチを、テヘランのアザディ・スタジアムのような凹凸のあるピッチでは表現しにくい。

 一方、原口は宇佐美ほどの繊細さはドリブルにないが、その代わり馬力でボールを持っていける。多少ピッチのコンディションが悪くても、威力が損なわれるパーセンテージは宇佐美より小さい。ハリルホジッチ監督はそんな両者の違いも計算に入れた上で原口を先発させたのではないか。周りとうまく絡める能力は宇佐美の方が高いが、アジア予選のアウェーは良質なピッチで戦えることはほとんどない。となれば、原口の出番は今後も増えそうな気がする。

 武藤は宇佐美、原口ほどの細かなテクニックはないが、スピードでは2人を上回る。マインツでFWとして使われているのも豊かなスピードと守備の献身性を評価されてのことだろう。しかし、ハリルホジッチ監督のガイダンスが悪いのか、サイドで使われる代表の武藤は、マインツのように1トップや2トップの意識で中へ中へと入ってきてしまい、前回詳述した日本の攻撃にあるべき「幅」を消してしまうことが多い。このあたり、改善の余地がたっぷりとある。

引いた相手に対するビルドアップの担い手

 それはさておいて、アフガニスタン戦の各種データの中に、パス出しをめぐる大きな変化があったことを今回は触れたい。図3は6月のシンガポール戦、9月のカンボジア戦、アフガニスタン戦のパス本数を個人別にランキングしたもの。これによるとアフガニスタン戦で最も多くパスを出したのは102本の森重真人(F東京)、89本の吉田麻也(サウサンプトン)というセンターバックのコンビ(※図3黄色部分)だった。

 その一つ前のカンボジア戦の1位、2位は132本の長谷部誠(フランクフルト)、108本の山口蛍(C大阪)のボランチ・コンビ(※図3オレンジ部分)だった。パス供給のステーションがボランチからCBに1列下がったこと。この変化の意味するところは何だろう。

 私の解釈は、引いた相手に対するビルドアップの役割分担が3試合を通じて確実に整理されていった証しに思うのだ。

 引いた相手に対して、それも極端に引いた相手に対して、自分たちは何をすべきかについてCBとボランチの間で実りあるディスカッションが長谷部を中心にあったのだろう。そして球出しの起点はCBが引き受け、ボランチはパスの出し手よりもレシーバーとして、より機能するという結論に達したのだろう。アフガニスタン戦の長谷部と山口はパスの出し手としての順位を8位(33本)と9位(32本)にまで下げている。

 この試合、山口と長谷部は横並びではなく臨機応変に縦関係のポジションを取り、攻めに変化をつける仕事を積極的にこなした。特に目についたのが自分より前にいる選手を追い越す動き。横にドリブルする香川を追い越してスルーパスを受けた山口が岡崎慎司(レスター・シティ)の1点目を演出した後半12分のゴールは、その象徴的な例だった。これ以外にも長谷部がPA内に入ってラストパスを待つシーンもあった。ミドルシュートを打つ意識はカンボジア戦でも長谷部、山口に見られたが、アフガニスタン戦ではラストパスに絡んでいくフィニッシャーとしての意識も併せて持っていたように思う。

 もっとも、CBがパスを差配してゲームを組み立てることに問題がなかったわけではない。一番の問題は精度だ。この試合、PA内またはPA脇に出した、30メートル以上の縦方向のロングパスはチーム全体で21本もあった。シンガポール戦の6本、カンボジア戦の10本に比べたら格段に増えたわけである。1トップの岡崎が深みをつくる一方で、両サイドの選手は前線に早く入り込むことをやめてスペースを空けておき、タイミング良くロングパスに合わせて飛び出そうと思っていたのだろう。

 しかし、右サイドバックの酒井宏樹 (ハノーファー)が頻繁に敵陣深くに出張っても、そこをめがけた森重のパスの距離が合わないことが目についた。アフガニスタン戦はCBからの30メートル以上のロングパスが14本もあった。攻撃の組み立てにロングパスを使うのであれば、キック自体の精度を上げ、キックの種類も増やす必要がある。

 6-0で大勝したアフガニスタン戦でもう一つ気になったのは自陣内での空中戦の勝率の低さ。52.9%ということは、まさに勝ったり負けたりで、アフガニスタン相手でこれでは、11月のシリア戦はどうなることか。ましてや最終予選に進んで韓国や中国、オーストラリア、イランあたりと真剣勝負になったとき、ゴール前の制空権を握られるかもしれない。

 3試合を通じて改善されたポイントにクロスがリリースされる位置がある(図4)。2次予選最初の試合、シンガポール戦ではアーリークロスを乱発しては跳ね返された。監督がいろいろと注文をつけたがるタイプなので、そのオーダーに先発した左サイドバックの太田宏介(F東京)も縛られてしまったのだろう。

 そのクロスの総数はシンガポール戦の42本(成功率16・7%)、カンボジア戦の52本(同30・8%)から、アフガニスタン戦は25本(同32%)に激減した。本数は減らす一方でクロスがリリースされる位置は確実に深くなった。カンボジアとアフガニスタン戦に先発した長友佑都(インテル)は前の選手と絡んで相手陣内の深い位置まで入り込めるから、自然にクロスの位置も深くなったのだろう。過去2戦の反省を踏まえ、長友も自分なりに工夫したのだろう。

 カンボジア戦で決めた吉田のミドルシュートもCBがPA近くまで顔をのぞかせるというところに意外性があった。クロスの本数を減らしたのはサイド攻撃一辺倒では中央を固められて跳ね返されることの繰り返しになるとさすがに悟り、中を大胆に崩すトライも織り交ぜることしたからだろう。そういういろいろなチャレンジが個人レベルでもチームレベルでもようやく出てきたのは明るい。

 ハリルホジッチ監督に言われたことばかりやっていた段階から、自分たちで臨機応変にアレンジしてやる段階へ。チームは少しずつではあるが、移行しているように思う。


やまもと・まさくに
1958年4月4日、静岡県生まれ。日本代表コーチとして2002年の日韓W杯を戦いベスト16進出に貢献。五輪には、コーチとしては1996年アトランタと2000年シドニー、監督としては2004年アテネを指揮し、その後は古巣であるジュビロ磐田の監督を務めた。現在は解説者として、書籍も多数刊行するなど精力的に活動を続けている。近著に武智幸徳氏との共著『深読みサッカー論』(日本経済新聞出版社)がある。

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