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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:また逢う日まで(琉球・富樫佑太)
by 土屋雅史

「もう人間も時間も“フリー”なのでのんびりしていて、ストレスがまったく溜まらない生活を送っています。楽しくやっていますよ」。沖縄での日々を問われ、そう答えたのはFC琉球で今シーズンから9番を背負う富樫佑太。スペイン経由で辿り着いた日本最南端に本拠を置くJリーグのクラブで、21歳の青年はただひたすらに前だけを見据えて、自らと向き合っている。

 全国デビューは高校選手権の開幕戦。1年生ながら國學院久我山高の9番を託された富樫は、いきなり開始早々にヘディングで国立競技場のゴールネットを揺らす。「今までもヘディングでのゴールはほとんどないのでたまたまです」と笑顔で話した1年生ストライカーは、「都大会の西が丘は緊張しましたけど、今日はそれほど緊張しなかったです」という言葉に続けて、「でも、ナツ(渡辺夏彦・慶應義塾大)は緊張しやすいんですよ」と同い年のチームメイトをイジって、報道陣の笑いを誘う。堂々たるプレーぶりはもちろんのこと、大人としっかり会話できる姿を見て、「面白い子だな」と感じたのを記憶している。

 富樫、渡辺、平野佑一(国士舘大)と1年生から主力を担ってきた3人のタレントを擁し、全国レベルの好チームとも評されていた3年時の彼らは、再び国立競技場の開幕戦に帰還する。先制される苦しい展開の中、残り10分で富樫は強烈な同点弾を叩き込み、1万7千を超える観衆にその実力の一端を見せ付けたが、チームは後半アディショナルタイムの失点でまさかの初戦敗退を喫し、日本一の夢は早々に霧散。そして、2度までも“聖地”でゴールを奪った彼の名前は、国内のサッカーシーンからしばらく姿を消すこととなる。

 国立での歓喜と涙から2か月後。富樫は海を渡っていた。「トータルで大学4年を卒業した時に自分がどうなっているかということを考えると、大学に行っても1、2年は試合に出られないこともあると考えていたし、『試合に出たい』という気持ちが自分の中で一番にあったので、試合にコンスタントに出場できて、自分が成長できることを求めていた」彼は既に高校2年を迎える頃、大学進学という選択肢を消してプロ志望を固めており、Jクラブからのオファーが本人へ届かなかったこともあって、やはり高校2年時に短期留学で大きな刺激を受けたスペインへの挑戦を決断する。

 慣れない異国の地で得たものとして、富樫は印象的な2つを挙げる。1つはコミュニケーションの重要性。「本当にうるさいヤツばっかりでした」と苦笑するチームメイトとの関係性を構築するため、日本にいた時は「あまり自分から話しかけるタイプではなかった」が、自ら会話へ参加するように心掛けたことで、集団に溶け込む能力が付いたという。もう1つは守備に対する考え方。「取られた瞬間に切り替えて、とりあえず走り回っていればOKみたいな感じ(笑)」だった守備への意識が、「『どこに立つのか』というのがある程度わかるようになった」ために、試合中の攻守におけるペース配分にも明らかな好影響がもたらされてきたそうだ。とかく攻撃面がクローズアップされがちなスペインで、守備の考え方が整理されたことは興味深い。

 ただ、ビザの都合もあって、なかなかトップチームの公式戦出場は叶わない。国内3部相当のリーグを戦うトップチームの練習に参加しながら、カテゴリーの落ちるBチームでしか実戦経験を積めない日々が続く。渡西して約1年が経とうとしていた2015年1月。そのタイミングでも必要な労働ビザの申請が通らず、また夏までプロ契約が持ち越されることになった状況を受け、「試合にも出たいし、このまま練習ばかりしていても…」と感じていた時に、國學院久我山時代の恩師でもあり、当時はアカデミーダイレクターを務めていた李済華・現GMからの誘いを受ける形で、練習参加した琉球への加入が決定した。

 1年目は出場機会が限られ、2年目となった昨シーズンは18試合で4ゴールを記録。前述したように、ストライカーナンバーの9番が与えられた今シーズンは、ここまで7試合で2ゴールをマークしているが、本人はまったく納得が行っていない。「チームを助ける仕事はできていないと思います。去年の7番の田中恵太(水戸)くんはチームが劣勢の時に点を取っていたので、今は自分がエースストライカーというポジションなんですけど、結果は出せていないです。まだまだ全然ですね」。求められる役割も以前と異なる部分が多い。「今までは“人に使われる”という経験をあまりしてこなかったんですよね。自分が誰かを使ったり、自分が何かをしたりというのが多かったので、今は味方のプレースタイルや、味方が『どうしたいのか』ということを汲みながらプレーを考えている途中で、自分の出したいプレーは出し切れていないかなと思います」。それでも自らの向かうべき方向は明確だ。「やりたいこととやらなきゃいけないことのバランスを取りながら、しっかり結果を出していくのが僕の仕事だと思いますし、結果が付いてくるようになれば周りもパスを出してくれるようになると思うので、そこは自分から改善していければなと思います」。

 沖縄での生活も3年目を迎える。「夏はとにかく暑いです。日中は練習もしたくないぐらい陽射しが強いですし、そういう所は厳しいですけど、楽しくやっています」という彼に、「どういう所が楽しい?」と尋ねると、「もう人間も時間も“フリー”なのでのんびりしていて、ストレスがまったく溜まらない生活を送っています」という答えが返ってきた。自身の性格にも変化を感じているようだ。「自分でもちょっと穏やかになったかなと思います。昔はもっとツンツンしていて、先輩が苦手だったんですけど、そんなこともなくなってきたかなと(笑) 周囲が良い人たちばかりなので」。以前はもっと早口な印象があった話し方も、心なしか少しゆったりしていたように感じた。

 さらに、今シーズンは高校の後輩に当たる名倉巧もチームに加わった。「自分はナツくんや富樫くんたちのサッカーを見て『久我山に入りたい』と思いましたし、琉球に入る時も富樫くんがニューイヤーカップで凄く活躍しているのを見て、『自分も一緒にやりたいな』と思ったので凄く心強いです」と語る“後輩”に、「普通にタメ語で話しかけてくるので、先輩後輩という意識はないですね(笑) でも、全然僕も気にしていないですし、そういう部分は『久我山らしいな』と思います」と“先輩”は苦笑したが、既にここまで3ゴールを挙げている後輩への優しい視線は、間違いなく先輩のそれだった。変わったのは高校時代より長く伸びた髪型ばかりではない。東京で生まれ、東京で育った青年は、スペインと沖縄という『太陽の恵み』を受ける土地での経験を得て、人間としての幅も着実に広げつつある。

 高校時代の同級生は今年で大学4年生になった。そのことについて、「そんなに意識はしていないですね。自分らしくやっていければいいなと思います」と話したものの、富樫にとっては高校を卒業して4年目となる今シーズンが、自らで決断し、歩んできた道の正しさを証明すべき1年になることは間違いないだろう。「ナツとはまだ話していないですけど、佑一はプロになるって決めているみたいなので、『琉球に来いよ』というのはずっと話しているんですけどね。できれば一緒のチームでやりたいですし、楽しみではあります」。再会するのは沖縄の地か、あるいはどこかのスタジアムのピッチ上か。迫りつつある未来のことは定かではないが、そのタイミングが訪れた時、ただひたすらに前だけを見据えてきた自らの4年間に胸を張って彼らと逢うため、富樫は今日もきっと灼熱の色を帯び始めている太陽の下でボールを追い掛けている。

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