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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:205センチという“個性”(鳥取・畑中槙人)
by 土屋雅史

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 遥か頭上へと視線を送りながら話を聞く、あの夏の日と変わらないやり取りに抱いた既視感は、しかし会話が進むにつれて、逆に少しずつ、少しずつ消えていく。それはさらに2センチほど伸びた身長のせいではないだろう。

「周りにはもうサッカーをやっていない友達も結構いる中で、こういうふうに毎試合メンバーに入れるか入らんか、試合に出れるか出れんかみたいな、そういうドキドキで人生懸けてやっている感じは、誰にでも味わわられへんやろうなって。今それができるのは幸せだなって思ってやってますね」。その高さ、205センチ。日本サッカー史上類を見ない“個性”を有する畑中槙人は今、本当の意味でプロフットボーラーとしての道を歩み始めている。

 2013年の夏。17歳だった畑中は、ガイナーレ鳥取U-18の一員として群馬の地で全国デビューを飾る。当時のメンバー表に記載されていた身長は203センチ。ハイボールに競り合う相手とは、時に30センチ近い身長差が生じることもあった。関根貴大茂木力也を擁する浦和ユースに敗れた試合後。本人に話を聞いてみると、決して言葉数が多いタイプではないが、1つ1つの質問へ丁寧に答えていく。

「強い相手とできるので、全国はやっていて楽しいです」と話した後に好きな選手を問われ、「昔はシェフチェンコが好きだったんですけどね。こんな身長が伸びると思っていなかったので(笑) 今はクラウチとかイブラヒモビッチを見ています」と笑いも取りにくるあたりに、関西出身の気質が滲んだ。ただ、自分の身体とそれを動かす感覚の違和が拭えず、プレーにはその不安が潜んでいるような印象を受けた。

 2014年の夏。18歳になった畑中は、再び全国の舞台に帰ってくる。大会直前の体調不良により、千葉U-18と対戦した初戦は終盤のみの出場となったが、1年前より身体の使い方も整理され、足元の技術も向上しているように見えた。

「今は身長だけで目立っていると思っているので、もっとプレーで見せたいですし、ヘディングも去年はたまに負けたりしていましたけど、この1年は絶対負けちゃいけないと思うので、『絶対コイツには勝てない』と思わせるぐらいのプレーをしたいです」。

 1年前より言葉の端々にも力が宿る。今後の進路を尋ねると、「どこに行くかはっきり決まってはいないんですけど、大学でサッカーして、もっと上の舞台でやるのが夢ですね」とのことだった。2年で2度交わした短い時間の会話からでも、性格の良さは十分に窺えた。その規格外のサイズがゆえに待ち受けているかもしれない困難も想いつつ、彼の成功を祈りながら別れたことを記憶している。

 フットボーラーとしての運命が大きく動き出したのは、その直後だったそうだ。「俺はトップの練習に1回も行っていなくて、昇格という話も全然出なかったですし、大学で声が掛かっている所があるからと聞いて、『じゃあ俺は大学か』と思っていたんですけど、クラブユース選手権が終わった次の週くらいにいきなり『トップに上がるから』と言われて『えっ?』みたいな(笑) ホントビックリしました」と当時を振り返る畑中。突然の出来事に悩んだものの、「大学で4年間頑張ってプロという道もあるかなと思ったんですけど、早めにプロで揉まれた方が成長できるのかなと、自分的には最後に考えが落ち着いて」、トップへの昇格を決断する。23年を積み重ねていたJリーグの歴史の中でも、日本人最長身となる203センチのフォワードは、ガイナーレ鳥取でそのプロキャリアをスタートさせた。

 2015年の春。ルーキーイヤーの開幕から1か月が過ぎた頃。畑中は単身で東京へ向かっていた。行先は国立スポーツ科学センター。 通称“JISS”。国内トップレベルの施設を有するこの場所で、彼は自らの身体と向き合う日々を過ごすこととなる。それはトップチームへの昇格を打診された時から、既に決まっていたプランでもあった。併設されている宿泊施設に泊まり込み、筋トレはもちろんのこと、体幹も含めた基礎的なトレーニングを重ねる中で、とりわけ畑中の意識が変わったのは食事面だという。

「サッカー選手がJISSに行くと、普通はサッカーに関わっている方に見てもらうんですけど、俺はラグビーの方に預けられたんですよ。あまりにも線が細いからって(笑) それで一緒にトレーニングをやる人もラグビーの人だったんですけど、かなりガタイの良い人も野菜をメッチャ食ってるのを見て、『肉を食うのも大事やけど、野菜食うのもメッチャ大事なんや』って。それで、元々あんまり好きじゃなかったんですけど、野菜をメッチャ食べるようになりました」。

 栄養士の方から個別に栄養学を教えてもらい、食事に対する考え方も大きく変化した。夏場は体重が落ちやすいため、今でもその栄養士の方に相談してアドバイスをもらっている。また、滞在期間中には三幸秀稔福田健介といった他クラブの選手とも時間を共有し、最後の2週間では当時ドイツでプレーしていた清武弘嗣内田篤人と会う機会にも恵まれ、大きな刺激を受けた。「あの2か月半は相当大きいですね。プロになってからの軸だと思います」。当時の貴重な経験が、今の彼を支えていると言っても過言ではない。

 それでも鳥取へ帰った畑中に、試合出場の機会は訪れない。1年目の公式戦出場はゼロ。2年目の出場時間も記録上はリーグ戦1試合の1分のみ。「結構調子が良くてもメンバーにも入れてもらえなかった時もあって、本当にキツいなと思っていた」ものの、「メンバー外で出てないヤツが腐ったら完全に終わりなので、そこは本当に見返す気持ちでずっとコツコツやり続けてきた」そうだ。

 声を掛けてくれるチームメイトの存在もありがたかった。「『もっとこうしたら試合に絡めるんじゃない?」みたいに結構周りも気にしてくれましたし、自分も溜め込む方じゃないので、1週間終わって試合に出れなくて、でもすぐ気持ちを切り替えて、みたいなことをずっと繰り返していた中で、悔しさだけは持っていて、『必ず試合に出てやろう』と思っていました」。勝負の3年目。春が過ぎ、夏を迎えようとしていたタイミングで、変化の時が到来する。

「練習が終わってからも、チームメイトにクロスをずっと上げてもらって、監督やヘッドコーチにつきっきりでクロスの入り方とかヘディングを見てもらって、ひたすらそればっかりやってきた中で、シーズンが始まった頃よりヘディングで叩ける回数が増えてきて、チーム内では競り負けることもほぼなくなってきた」畑中が、今シーズン初めてリーグ戦のベンチに入った第11節の鹿児島戦。森岡隆三監督は1点ビハインドの最終盤に彼をピッチヘ送り込むと、第13節から第20節までは8試合続けて途中出場で起用する。

「去年は1試合しか出ていなかったですけど、今年は徐々に出してもらって、お客さんがいる中での雰囲気を楽しみながらも、結構周りが見えたりした部分もあったので、経験的には掴んできたのかなと思います」。あとは結果を残すのみだ。

 9月3日。JISSで知り合ったアルペンスキーの選手たちも応援に駆け付けた第21節の長野戦。ベンチの横でアップを続けていた畑中に、最後まで声は掛からなかった。試合後。ミックスゾーンに出てきた彼と久々に再会する。「今日は0-3で負けて悔しいですけど、ピッチに立てなかったことが一番悔しいです。まだ悔しさのレベルも、ピッチに出ていた人たちよりも全然足りてないかなと思いますし、まだまだ僕の動きの質もどんどん使われるようなレベルじゃないので、実力不足という感じですね」。第一声から3年前とは明らかに違っていた。

「もっともっとチームメイトに『クロスを上げてくれ』と要求しているので、ゴールは近付いてきているとは思いますけど、自分がここからまたレベルアップするにはそこを決めていかないとダメなので、チームのためでもあるんですけど、自分がレベルアップするために、そこをずっと持っていきたいなと思います」。やはり以前とは明らかに違う。聞けばここ最近はインタビューされる回数も増えてきたそうだ。「最近は喋るのも大事かなと思ってますね」。日焼けした精悍な顔が逞しい。

 プロの世界では、いかに自分だけの“個性”を有し、それを磨き上げられるかが何よりも重要であることは言うまでもない。高校生の頃の畑中は、その“個性”があまりにも突出していたために、あえてそれ以外の部分にも目を向けようとしていたように映った。だからこそ、一番聞いてみたかったことを聞いてみた。「プロに入る前と入ってからで、自分の“身長”に対する意識は変わった?」と。

「高校の時はヘディングだけできてたら、『やっぱコイツデカいだけや』みたいに言われるのがちょっとイヤやなあと思う所もあったんですけど、今は役割がハッキリしているので、ヘディングは絶対に負けないのが当たり前で、お客さんも俺のヘディングを見に来てくれていて、みたいな部分はやっぱり感じていて、今はそれにプラスアルファで『おっ、意外と足下もあるな』みたいに思われればいいかな、というふうにちょっと変わりました。だから、自分の武器はヘディングですよね。クロスからバチーンと決めて、『これを見に来たんだよ』みたいに、サポーターに思わせてあげたいなと思っています」。

 答えは明確だった。それはすなわち覚悟とも言い換えられる。“身長”と“ヘディング”。この“個性”を携えてプロの世界で生きていこうと、21歳の青年は腹を括っている。ちなみに、いつの間にか2センチ伸びていた身長はJISSで測った時のそれ。「高2の時に『やっと身長止まりました』って言ってたのにね」と水を向けられ、「1回止まった感じがあったんですけど、全然止まってなかったですね(笑) 今もひょっとしたらわからないですけど」と浮かべた笑顔は、3年前とまったく変わっていなかった。

「周りにはもうサッカーをやっていない友達も結構いる中で、こういうふうに毎試合メンバーに入れるか入らんか、試合に出れるか出れんかみたいな、そういうドキドキで人生懸けてやっている感じは、誰にでも味わわられへんやろうなって。今それができるのは幸せだなって思ってやってますね」。その高さ、205センチ。日本サッカー史上類を見ない“個性”を有する畑中槙人は今、本当の意味でプロフットボーラーとしての道を歩み始めている。



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