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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』 :感謝(FC東京U-18・品田愛斗)
by 土屋雅史

 コーナーキックを直接ゴールに叩き込んだ、その瞬間。いつもはクールな男が吠えた。「今日の試合に懸ける想いというのが、自分以外の選手も含めて強かったので、自分も本当に得点は嬉しかったですし、みんなが駆け寄ってきた時もとにかく嬉しさが伝わってきました」。青森山田高と対峙した、プレミアリーグEASTの覇権を巡る大一番で1ゴール1アシスト。最後の最後でようやくメインキャストに躍り出た品田愛斗(FC東京U-18)は今、数々の感謝の念を抱きつつ、再びサッカーを楽しむ日々を過ごしている。

 小学生の頃からFC東京のスクールに通い、U-15深川在籍時は10番を背負って日本一も経験。将来を嘱望されながらU-18への昇格も果たし、1年の4月から同学年でもただ1人だけプレミアリーグでの出場機会を得るなど、順調にキャリアを築いていた品田だったが、少しずつ自らの思い描いていた理想と現実にギャップが生じ始める。

「『もっとやれる』と思ったし、『やらなきゃいけない』と思っていた中で、だんだん他の1年生にもチャンスが出ていくのが本当に悔しかった」と当時を振り返ったように、夏のクラブユース選手権ではスタメン起用を勝ち獲ったものの、リーグ戦では小林真鷹や吉田和拓がベンチに入り出し、今年のキャプテンを務める岡庭愁人は先発出場を果たしていく中で、品田も短い時間の出番は得るものの、定位置を掴むまでには至らない。

 迎えた2年時も主戦場はBチームで参戦するT1リーグ。プレミアリーグでは途中出場が続く。加えて1学年下の平川怜が台頭してきたことにより、ますますレギュラーの座は遠のいていく。日本一に輝いたクラブユース選手権でも、役回りは終盤に登場するクローザー。「去年に関しては平川選手と久保(建英)選手が来た中で、全然自分にチャンスが来ないことがあって、落ち込んでいたことはありました」と正直な気持ちを明かした品田。ただ、「自分も『もっとやれるな』とは感じたんですけど、フィジカル的な部分では本当に課題が多かった」と自己分析はハッキリしていた。

 佐藤一樹監督も2年生までの品田について、こう言及する。「絶対的な体の強さが今のサッカーでは求められているので、本当に天才肌でインテリジェンス溢れるパサーみたいな選手が評価されづらくなっている部分があると思うんです。僕自身もやっぱり守備の部分で相手の攻撃を制限するとか、奪ってしまうとか、そういうことができる愛斗であって欲しいと思ってきた中で、昨年までは先輩に比べたらそこの物足りなさはありましたね」。

 さらに長引くケガが彼を苦しめる。シーズンも佳境に入った昨年の11月中旬。その名前は公式戦のメンバーリストから消えた。共に優勝の懸かったJユースカップ決勝も、青森山田とのプレミアリーグ最終節も、ピッチ外からの観戦を余儀なくされる。ボールを蹴ることもままならない日々の辛さは察して余りあるが、そんな品田に2人のキーマンがヒントを与えてくれる。

 年末に長野で開催されたJリーグインターナショナルカップ。1、2年生だけで臨んだその大会にも帯同せず、小平に残ってトレーニングをこなしていた品田に、ある人物が寄り添う。その人とは2016年までFC東京の育成部部長を務め、現在は城西国際大学のサッカー部を率いている福井哲。小学生時代から見続けてきた品田のその頃を「一言で言うと『真っ暗』」と表現した福井はこう続ける。「なかなか自分の本来持っているパフォーマンスも含めて、出し切れなかった部分がある中で、『そういう部分は誰にでもあるから、そこでどれだけ良い準備をして、次のステップを踏むか、という自分の心の強さが今は必要な時だから頑張りなさい』という話はしたんじゃないかな」。

 もちろん品田もそのことは強く記憶に残っている。「自分の中で割り切っていた部分もありましたけど、なかなか元気に振る舞うことは難しかったと、今振り返れば思います。その中で福井さんにはいろいろな助けをもらっていたので、感謝の気持ちは大きかったですね」。また、福井は品田の母親から相談を受け、新たなリハビリの環境も紹介していた。それによって、ケガに対する知識が増えたことも、精神的な余裕の増幅に繋がる。自分のために奔走してくれた福井への感謝は尽きない。

 もう1人のキーマンは言うまでもなく佐藤監督だ。新シーズンを迎えるに当たり、あえて厳しい言葉を投げ掛ける。「プライドを捨てて、本当に今年はサッカーに没頭して、自分の足りないものに向き合わなかったら、もしかしたら上もないかもしれないよ」と。さらに「本当に危機感を持ってやれば可能性は十分あるから、やっぱり『品田愛斗を1回捨てる勇気』も必要なんじゃないか」と。

 経験豊富な指揮官には計算もあった。「賢いプレーヤーなのでいろいろなことに気付いてしまう、気付き過ぎてしまうがゆえに自分で“迷宮入り”することもありましたけど、それを見ていて、『自分で帰ってくることに意味があるんだろうな』という部分もありましたから。考えられない選手だったらすぐ『大丈夫か?』って行きますけど(笑)」。自らの可能性を信じてくれる2人のヒントを得て、品田はU-18で過ごす最後の1年間を歩み出す。

 印象深い試合がある。今年の2月11日。実質の新チーム立ち上げとなる東京都クラブユースサッカーU-17選手権。東京Vユースとの決勝に、3-1とリードした後半34分から途中出場した品田は、「まずはやるべきことをしっかりやって、ゲームをクローズできたらいいなと思っていましたけど、それプラス数字で結果を出せたらいいなと」ピッチへ走り出す。すると、アディショナルタイムに差し掛かった後半46分。今村涼一のミドルはGKに弾かれるも、そのこぼれへ反応した杉山伶央のシュートを、3列目から飛び出してきた品田は泥臭く押し込み、ゴールを奪ってみせる。

「あそこでゴール前まで入っていくというのは、ケガする前にはあまりなかったことだと思うので、『気持ちが入っていたんだろうな』というモノは感じました」と佐藤監督が話せば、本人も「自分でもちょっと珍しかったなと思います」という気合の一撃。胸のエンブレムを掴みながら、「ベンチの方に行こうというのは決めていました」と一目散に走り出した品田へ、苦しんできた日々をよく知るチームメイトたちが次々に駆け寄ってくる。

 試合後。「今日はスタートラインに立ったくらいかなと思っているので、まずはここでスタメンを取れるように頑張りたいと思います」と口にした彼に、「今日はサッカーを楽しめた?」と尋ねると、「だいぶやっていなかったので、まずはリラックスして楽しもうかなというのはありましたし、西が丘ということでスタンドからの応援があって気持ち良かったです」と少し笑顔が覗いた。改めて今から考えれば、あのゴールには彼の変わりたいと、変わろうとする意志が詰まっていたように思えてならない。

 今シーズンもすべてが順調だった訳ではない。18試合に出場したJ3との並行も、コンディション面を考えると負担は小さくなかった。ただ、その中で譲れなかったものもある。それは“自分のサッカー観”。「常に探求心というか、いろいろ勉強していることもあるので、その自分のサッカー観には自信を持っていますし、そこは絶対にブレさせたくない所です」。その軸を持ち続けることで、苦しい時期も懸命に乗り越えてきた。夏にはクラブユース選手権の2連覇に主力として貢献し、9月には念願のトップチーム昇格も決定する。「一樹さんが言うのは『戦えなきゃダメだ』というのが一番大きいですけど、そこはだいぶやれるようになった」という自信も付いた。そして12月10日。2位のFC東京U-18にとって、他会場次第ではあるが初優勝に向けて臨むプレミアリーグの最終節。相手は1年前と同じ青森山田。品田は慣れ親しんだ小平のピッチへ、スタメンとして足を踏み入れる。

 スコアレスで迎えた前半30分。左サイドでコーナーキックのチャンスを得る。キッカーは品田。「青森山田のウィークポイントを突こうという所で、原(大智)選手を相手のキーパーの前に立たせて、その頭を目掛けて蹴ろうと。でも、直接入っちゃったらラッキーみたいな感じ」で右足から繰り出した軌道は、そのままファーサイドのゴールネットへ吸い込まれる。その瞬間。いつもはクールな男が、渾身のガッツポーズと共に吠えた。

 衝撃的な先制弾は会場を大いに驚かせたが、観戦に訪れていた福井の感想はあっさりとしたものだ。「彼は中学の時からああいうコーナーキックやセットプレーで入れることはよくあったし、良い右足を持っているので、僕の中では特別凄いという程ではないですね」。本人もその言葉を引き取る。「ちょっと自分でも期待はしていました。何本か直接決めたこともありましたから」。ゴールの形より、この試合に懸ける想いの強さが自然と咆哮に繋がった。「自分も本当に得点は嬉しかったですし、みんなが駆け寄ってきた時もとにかく嬉しさが伝わってきました」。その後もお互いに点を取り合う熱戦は、3-2とFC東京U-18が1点をリードしたままで、タイムアップのホイッスルを聞いた。

 少しあってスタンドの一角が湧く。届いたのは小平の2チームと勝ち点1差で首位に立っていた清水エスパルスユース敗戦の報。奇跡は起きた。品田は優勝を手繰り寄せたことを知ると少しだけ泣いたという。「去年の最終節はケガでメンバーにも入れなかったんですけど、3年生の姿を見て『来年は自分たちが絶対勝たなきゃいけないな』と思って1年間やってきたので、今日は先輩も見に来てくれていた中で、本当に良い形が出せたと思います」。ピッチの外から見つめることしかできなかった1年前と同じ会場で、同じ相手を前に主役へ躍り出た品田の“シャー”とエンブレムを叩く姿が、彼の背景を知る青赤のサポーターの琴線を余計に揺さぶった。

「トップに上がるということを聞いた時には本当に嬉しかったし、彼は『家族を大切にしたい』という想いが一番強かったから、そういう意味では良かったですね」と話しながら、「プロになれたということは、ユニフォームを着た時から、今度はユニフォームを脱ぐ時のことを考えないといけないから、これからどれだけ長く安定してやれるかだけど、プロとしてもよりステップアップしてくれればなという想いはありますよね」と続けた言葉に、福井の品田へ対する小さくない期待が滲む。

「こうやって来るクオリティがあるというのは、もうわかっていましたから、なかなか辛い2年間だったと思いますけど、今もバンバン連続で行ったりとか、入ってきた時に比べたら数段上がってきていると思うんですよね」と語った佐藤監督も、あえて“迷宮”からの抜け出し方を提示しなかった日々を思い起こしつつ、「たぶんプロになってもそういう力は絶対に大事だと思うので、うまく行かない時にどう改善して、クリアにして行くかという力はだいぶ付いてきたんじゃないかなと思います」と品田の成長を認める。

「自分が活躍している所をなかなか見せてこれなかったので、本当に最後の最後で見せることができて良かったですし、今後もしっかり大きく成長していく姿を見せられたらなと思います」と“師”への感謝を口にした品田にとって、小学校から過ごしてきたFC東京の下部組織で戦う公式戦はわずかに1試合を残すのみとなった。「個人としては中学生の頃からFC東京でタイトルを獲り続けてきているので、その勝負強さというのを最後も見せることができたらいいなと思います」と力強く語った彼へ、最後に聞いてみた。「またサッカーが楽しくなってきてますか?」

 一瞬間を置いて、品田はこう返してくれた。「そうですね。だいぶ。去年は苦しかったので。今年は今年で難しいシチュエーションもあるんですけど、そこは自分の気持ちの強さでやって来れた所だと思います。楽しむことができている選手が上に行くと思いますし、そういう選手が多くいるチームが勝つと思うので、また1週間みんなと楽しくやりたいですね。こういう環境を与えてもらっていることに感謝しつつ、最後の試合も自分たちらしくプレーして、絶対に良い結果で終わりたいです」。

 最後の1試合は、自分を信じ続けてくれた周囲への感謝を形にするための舞台でもある。「いろいろな人の助けがあって」かつての自分を超えてみせた品田愛斗のサッカーを楽しむ“今”が、多くの見る者を惹き付けるだけのパワーと熱量を確実に帯びていることに疑いの余地はない。

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