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SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』: 一歩ずつ。一歩ずつ。(FC町田ゼルビアユース)
by 土屋雅史

 監督の竹中穣はきっぱりと言い切った。「僕個人の感情だけで言えば『ジャンプアップはねえな』って。やっぱり一歩一歩、一つひとつ積み上げるしかない作業なんだなって、6年やらせてもらって、改めて毎年感じます」。一歩ずつ。一歩ずつ。FC町田ゼルビアユースが丁寧に踏みしめてきた道は今、そこへ続こうとする者たちを彼らがイメージしてきた方向に導きつつある。

 2014年1月。新チームの“新人戦”に当たる東京都クラブユースU-17サッカー選手権大会で、決勝リーグまで勝ち上がったゼルビアユースは、FC東京U-18と好ゲームを演じる。アグレッシブな姿勢を打ち出し、前半にカウンターから先制点を奪取。最後は意地を見せた相手に、後半44分に失点を許して1-2と逆転負けを喫したものの、当時の立ち位置を考えれば、大善戦と言っていいような内容と結果だった。

 そんな印象を持って指揮官の竹中に話を聞くと、想像とは全く違う感想が次々に口を衝く。「僕らがゴールまで速く進むというのは、実際に顔を上げてプレーできていない証拠。ボールが動く距離とか、人が準備をしておくことは非常に怠けてしまっていたので、ああいう形になったのかなと思います」「スコアだけが収穫かなと。内容は散々というか、どっちかというとネガティブな捉え方しかしていないですね」。正直に言って面食らったのと同時に、結果に左右されない竹中の視点と明瞭な口調を強く記憶している。

 それから4年。彼らを取り巻く環境は着実に変化してきた。2014年には都内で上から5番目に属していたリーグ戦のカテゴリーも、一つずつピラミッドを駆け上がり、今シーズンは上から2番目のT2リーグへ参戦。加えて、2015年に夏のクラブユース選手権で初めて全国を経験すると、再び関東予選を勝ち抜いた昨年の同大会ではグループステージを突破し、全国ベスト16まで躍進した。

 迎えた今シーズンの“新人戦”。目標は竹中監督就任以降、まだ達成していない決勝リーグ突破。すなわち、3位決定戦と決勝の舞台となる西が丘で戦うこと。キャプテンを託された鈴木舜平も「グループを見た時に『西が丘に行けるな』と思いましたし、ゼルビアはもう決勝でやらなきゃいけないチームになってきていると思います」と力強い決意を口にする。
 
 1月21日。初戦の相手はFCトリプレッタユース。今年は同じT2リーグを戦う、実力伯仲のライバルだ。開始からインテンシティの高いバトルが繰り広げられ、1年生フォワードの前田陸斗は「今日みたいなバチバチした試合は好きなので、やっていてニヤニヤが止まらないくらい楽しかったですね」と笑顔を見せる。前半41分にPKを獲得したのは、同級生の橋村龍ジョセフのトップ帯同を受け、「最高学年のフォワードはもう自分しかいなくて、責任もあります」と話す齊藤滉。それを佐藤陸がきっちりと沈め、1点のリードを奪う。
 
 そのまま1-0で突入した試合終盤。ゼルビアユースはコーナーキックを手にすると、追加点を狙うより、コーナー付近で時間を潰す方を選択した。このことについて、竹中はこういう見解を示す。「去年は『勝利を追求する』というテーマで、それを継続することと、今年は『プロ意識を持って取り組む』というテーマを掲げている中で、彼らなりのジャッジがああいう表現だったのかなと、僕は非常に前向きに捉えています」。そのコーナーキックをショートで始めた野呂光希もこう口にする。「絶対に勝っておきたい試合で、勝てば少しでもこの後を有利に進められる所もあるので、『西が丘に必ず行きたい』というみんなの気持ちだったと思います」。そのまま“ウノゼロ”で勝ち切った彼らは貴重な勝利をもぎ取った。

『プロ意識を持って取り組む』という今年のテーマに関しては、前述した橋村の存在が一つのメルクマールになっている。「橋村が今年トップでやりますけど、それがスタンダードで、トップに登録されることではなくて、試合に出て、周りの方たちに評価していただけるかどうかだと。サッカーの世界でプレーヤーとして、人として評価を得るような立場になれるかどうかに基準値を持っているのは事実で、今年のコンセプトは“プロ意識”ですけど、『君の同級生にもプロの登録選手がいますよ』と。『いいんですか? もうこの時点で遅れてますよ』という投げ掛けはしています」と竹中。聞けばこの翌日から4人の選手がトップの練習に参加し、そのパフォーマンス次第ではキャンプにも招集されるとのこと。その中の一人に選ばれた前田は、「単純にサッカー選手として負けたくないので、ユースの選手というよりは一人のサッカー選手としてバチバチ勝負しに行きたいなと思っています」という言葉を残して、グラウンドを後にしていった。

 2月3日。2連勝を飾り、既に“西が丘”への切符を手に入れていたゼルビアユースは、決勝進出を懸けて、東京ヴェルディユースと対峙する。前田、佐藤、小山田賢信の3人はトップのキャンプ参加で不在。ただ、「彼らがいないのは、ここにいる子にとって凄くチャンスですし、自分の存在意義や立場を確立できるチャンスでもありますから」と指揮官。決勝への切符獲得に加え、さらなる意味合いを選手たちは投げ掛けられ、ゲームはスタートする。

 前半は「全然ボールも動かなくて、相手のペースに飲まれました」と鈴木舜平が話した通り、持ち味を出せずに先制点を献上した上、後半開始早々にはリードを2点に広げられる。ところが、追い込まれてからようやく彼らに火が付いた。「あんまりヘディングで決めることはないので、自分でもちょっとビックリしました」と笑った齊藤が完璧なヘディングで追撃の狼煙を上げると、後半42分にはフリーキックのチャンスから、鈴木舜平がここもヘディングを叩き込み、スコアを振り出しに引き戻す。「キャプテンなので悔しさは早く捨てて、チームの力によりなれるようにと思っていました」と語る鈴木舜平は、トップに練習参加した4人の中で唯一キャンプへ招集されず、この試合に臨んでいた。引き分けでもファイナルへと勝ち上がれる状況の中で、いろいろな想いを抱えたキャプテンが劇的な同点弾をマークする。シナリオは、完璧に整っていたはずだった。だが、後半アディショナルタイムに勝ち越しゴールを奪われたゼルビアユースは、あと一歩の所で決勝進出を逃してしまう。

 印象的だったのは試合終了直後。サポーターに挨拶を終えたばかりの選手とスタッフはベンチに帰らず、そのままピッチ中央でミーティングを始めた。「『悔しい』ということはまず共有しないといけないし、『何か足りないからこうなるんだよね』ということの“何か”をすぐ感じる必要はあって、試合に出ていた子だけに限らず、ここにユースの選手としていたことで、きっと感じたり成長したりすることがあると思うので、全員で共有する必要があったから、ピッチですぐ話しました」と明かした指揮官は、こう続けた。「そんな勝負は簡単ではないので、追い付いた所までは彼らが何か着実なモノを得ていると思いますけど、やっぱり“最善”は存在する訳ですし、ましてや勝っていない訳で、『これをきちっと持ち帰ろうね』ということは共有しています」。3人を欠いた90分間で、彼らの“最善”へ届かなかったゼルビアユースは、3位決定戦を戦うことになる。

 2月11日。西が丘。FC東京U-18に3点をリードされて帰ってきたハーフタイム。竹中の怒声がロッカールームへ響く。「負けたら自分たちより悔しがっているんじゃないかというぐらい、勝負にこだわる監督」(佐藤)の檄が効いたのか、後半はリズムを取り戻し、鈴木舜平のゴールで1点を返したものの、試合終盤にPKで加点され、終わってみれば1-4の完敗。「たぶん相手のユニフォームでビビっていたというのはありますね」と鈴木舜平が話せば、「まだ名前負けの部分はあると思います」と佐藤。最低限の目標は達成したものの、小さくない課題を手にする格好で、彼らの“新人戦”は幕を閉じた。

 クラブがアカデミーを重視する姿勢は、様々な施策からも窺える。昨年の夏にはアカデミースタッフの酒井良氏が1年間の研修を行っていたセルビアのFKヴォイヴォディナ・ノヴィサドというクラブに、前田と佐藤が短期留学を敢行した。「言葉も全然通じないから、最初の2日とか、俺もコミュニケーション取ろうとしているのに“ガン無視”されたんですけど、3日目に試合があって、スピードでガッと持っていったら『えっ?』『ブラボー!』みたいになって、そこから声を掛けられるようになって。結局世界はサッカーが基準なので、そこで認めてもらえるかどうかは、本当に面白かったですね」と当時を振り返るのは前田。2週間とはいえ、彼らが海外で得てきた経験は何物にも代え難い。

 ただ、同様にJクラブアカデミーの特権とも言える、トップチームとの連携の部分で、ユースの3選手のキャンプ参加を受け入れた相馬直樹監督は、「彼らを評価するのは竹中やアカデミーダイレクターで、僕の仕事ではないので、凄く頑張ってくれていたと思っています」と前置きしながら、こうも口にしている。「ただ、実際は遠慮して終わってしまった部分もあると感じています。変な話、『自分が同じ立場で行ったら、凄くギラギラしてるのにな』って。彼らが本当にプロになりたいとか、何か今と違う景色に飛び込んでいきたいというのであれば、そういうことが必要かなと思います。だから、僕が評価するというよりも、彼らにちゃんと振り返って欲しいなと。それが彼らの今後の一日一日になっていくと思うので」。

 それでも、第1次政権を含めればゼルビアでの指揮も6シーズン目を迎える相馬が、誰よりもアカデミーの成長に期待している一人であることは言うまでもない。「やっぱり僕は監督なので、出身地で選手を選ぶ訳でもないし、外国籍枠もあるし、いろいろな枠の中でやらなきゃいけないですけど……でも、町田の子が増えてくれたら嬉しいですよね。できればウチでプレーしてくれる選手に、そういう選手が増えてくれれば嬉しいと思っています」。ゼルビアに関わる人たちがゼルビアの話題を口にする時、本当に楽しそうに、生き生きと話す印象は常日頃感じていた。その筆頭が相馬だということも、また間違いのない所である。

 “西が丘”の試合後。竹中に話を聞く。「前半見ていただいた通りで、サッカーにならなかったです。ケツを叩いたからなのか、ほっといてもアレぐらいのことをしてくれたのか、まではわからないですけど、別のものが後半はあったと思うので、『毎週毎週僕がハーフタイムにケツを叩くんですか? プレーしているのは誰ですか?』という話をしましたけど」。想像通り、吐き出す言葉にはかなりの怒気が含まれていた。

 前述したように、竹中が監督に就任してからゼルビアユースの立場は大きく変わっている。T2リーグ参戦。全国ベスト16進出。一見“順調”に見える結果を残していく中で、周囲から見られるその変化と、竹中自身が感じる変化にはギャップがあるように、会話を積み重ねていく中で以前から感じていた。思ったそのままをぶつけると、「それは面白い話ですね」と少し笑った竹中の言葉は連なっていく。

「順調なんてこれっぽっちも思ったことはないですし、ましてや感じてもないですし、本当に足りない所だらけで、それは彼らに求める以上に僕自身がという所が付いて回ると思っています。やっぱり子供たちはごまかせないので、預かっている選手と僕の中での競争というか、僕がやっていることの一つひとつも上げていかないと、去年より成長はないと。僕がFC東京に凄くリスペクトがあるのは、あれだけの選手たちを抱えながら、きちんと結果を出し続けるということで、本当に僕らから見たらビッグクラブたる立ち振る舞いをしてくれてると思うので、やっぱりそこと僕らは対等にできるようになりたいし、僕らも横綱になりたい。だから、本当にFC東京とがっちり組んで、それでも『スキルが足りなかった』『僕のもたらす戦術が低かった』ということを感じたいし、いつもピッチの中で選手も気にしてもらいたいし、僕らが彼らに預ける瞬間も当然たくさんあるので、その中で『ああ、折れないでいいものが出たな』という、そういう所を『チームの共存と競争』と言っていますけど、自分も選手とそういう間柄でいたいなと思いますからね」。

 冒頭の言葉はヴェルディ戦の後に聞いたものだ。『ジャンプアップはねえな』というフレーズに、一際力が籠っていたことを思い出す。“慣性の法則”は、「外力が働かなければ、物体は静止または等速運動を永遠に続ける」というものである。これはある意味で組織の在り方をよく現していると思う。“慣性”と同義語が“惰性”だと聞けばわかりやすいだろうか。一歩ずつ。一歩ずつ。竹中の与える“外力”を得て、その歩みを前に進めてきたゼルビアユース。彼らがここからさらなるステップアップを遂げるためには、竹中と同じか、それを上回る“内力”が、きっと選手たちにも求められている。

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